駆け抜ける森

 疾風の森は大きな木々で溢れている。人の歴史など通り雨にも満たないほど、悠久の時を過ごした自然たちはただそこに存在していた。

 その自然と共存する動物たち。植物が支配するこの森においては、動物の方が人より賢いと言えるだろう。人は森に歩み寄らねばならない。


「ここは?」

 魔法陣を抜けると、三人は森の中に放り出された。辺りに人の気配はなく、日が昇り始めていた。

「恐らくは港町から疾風の国へ向かう途中の森だと思います」

 リリーが目を閉じながら答えた。ブラッドとの距離をはかっているらしい。

「だいぶ時間が経ってないか? もう、ブラちゃんは奴らの住処まで行っててもおかしくないよな」

「ええ。けど、ブラッドさんはまだ縛られて馬車の中にいます」

「とにかく、追うぞ!」

 ハヤブサが叫ぶ。彼の周りには大型の獣が集まっており、ハヤブサはその一匹に飛び乗った。

「ほら、早く!」

「いつの間に仕事したんだよ」

 勇者は呟き、「一人では……」と不安がるリリーと一緒に獣に乗る。

「すみません、勇者様」

 恥ずかしそうに俯くリリーの頭を撫でながら、勇者は前方を見た。

「案内は頼んだよ」

「はい!」

 リリーは杖を構え、水で作られた薄いガラスのようなものを召喚する。

「こちらです!」

 森は巨大な木々が並び立ち、地面には大きな根が張り巡らされていた。獣達はそれらを跨いで走って行く。獣達は想像以上に足が速かった。何かの視線、気配、感じるもの全てを振り切る程の速さで森を駆け抜ける。

「珍しく仕事してるな」

 勇者の煽りにハヤブサは笑顔で拳を握りしめて応えた。それを見て勇者は、人生楽しそうでいいなと考えていた。

「あんな風に育っちゃ駄目だからね」

 速さに怯え、勇者にしがみつくリリーに声を掛ける。

「すみません! 今は何も! わわ、落ちそう!」

「しっかりしがみついて!」

 勇者はリリーを抱き寄せ、獣に精一杯しがみついた。準備運動は終わった、とでも言わんばかりに獣の速さが上がって行く。

「ブラちゃん……」

 勇者は心配していた。主にさらった側の方ではあるが、魔法が使える相手では万が一という場合もある。

「ブラッドさんが近いです!」

「ああ、こいつらも気付いてる、人がたくさんいる匂いがするらしい、馬車だと思う!」

 ハヤブサは続ける。

「どうする? このまま追いつくか?」

「相手の数がわからない、少し手前までだ!」

「わかった!」

 ハヤブサは獣達に合図をした。

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