小さなヒビ
「人さらいか」
勇者は口に出した。父が自分を連れて行かなかったのはそれが原因なのかもしれない。
「色々聞いてみる必要がありそうだな」
ハヤブサは空を見上げていた。鳥を探しているらしいが、港町に入ってからは羽音さえ聞こえない。
「もし、モンスター相手に立ち回ってた奴らなら力のない人たちをさらうくらい訳ないよな」
勇者の言葉にブラッドがそうね、と頷いた。
「助けてくれ!」
近くで男の叫び声が聞こえた。その声の方向からは数人が逃げ出してくる。
「何があった?」
ハヤブサが逃げる一人を捕まえてたずねると、男は勇者たちの格好を見て安心したような顔を見せる。
「あんたら、旅の人だな、しかも武器もある。向こうでモンスターが出たんだ、頼む、退治してくれ!」
男は頭を下げると走り去っていった。勇者たちは騒ぎ声に向かって走り出す。
建物の角を曲がると、噴水のある広場が見えた。その噴水の前が騒ぎの中心だった。
人の倍はある大きさに大きな爪と牙。人型ではあるが、ゴブリンというよりは獣に近かった。
「メリル!」
男が一人、怪物の前に立ち塞がっていた。メリルと呼ばれたのは怪物の左手に抱えられている女のことだろう。ぐったりと首を垂れ、意識を失っている。
「離れてて!」
ブラッドは男に叫び、怪物の鼻先に飛び込んだ。飛び込む勢いで浴びせた膝蹴りが怪物をよろけさせる。
「ハヤブサ」
勇者は呼び掛けながら魔法陣から斧を取り出し、よろけた怪物の左肩に振り下ろす。斧は左肩に深く刺さり、勇者とメリルと呼ばれた女性は大きく飛ばされる。
ハヤブサは素早く駆け寄り、メリルを受け止める。一方吹き飛ばされた勇者はブラッドの両腕に抱えられる。
怪物は勇者たちから目を離し、左肩に刺さった斧を取ろうとしていた。
「皆さん、離れて!」
リリーは水の球を発射して怪物を吹き飛ばす。直撃した怪物は倒れたまま起き上がることはなかった。
「ちょっと、ブラちゃん、下ろして」
お姫様抱っこの状態で抵抗する勇者は、無理やりブラッドの手から落ちた。
「大丈夫だ、この女、生きてる。大した怪我もなさそうだ」
ハヤブサは女を男に渡しながら言った。
「ありがとうございます! ありがとうございます……!」
男は目に涙を浮かべながら何度も頭を下げた。
「モンスターが普通に出てくるなんてびっくりだな」
勇者は身体中についた土埃を払いながら言った。
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