静寂の洞窟

「おかしいです」

 少し進んだ先でリリーが立ち止まった。

「おかしい?」

 勇者が聞き返すと、リリーは頷いた。

「精霊が全く現れません。最初に炎の球を放った精霊も、敵意は感じませんでした……」

 考え込む二人に光の球は声をかける。

「魔王の一件があってから、皆慎重になっているんです。あの魔物は精霊を操ることができましたからね」

「たしかに……」

 リリーは片目を抑えた。光の球はふわふわと飛び大きく光った。

「試練を行いましょう! あの結晶に向かって魔法を打ち込んでください!」

 光の球が示した先には、大きな結晶が見える。リリーは頷いて杖を構え魔力を溜め始めた。水鏡の国だからか、先ほどと同様、水の球を作り出した。力を込めるリリーだったが、表情はまだ曇っていた。

「勇者様。やっぱりおかしい気がします。周りの精霊たちがざわつき始めました。それにさっきから、やられた目が……」

 リリーの言葉を受けて、勇者は周りを見た。たしかに違和感がある。歓迎されていないようなヒリヒリした空気。まるで試練をさせたくないかのような。

「魔法を止めた方がいい」

 勇者が言い、リリーが頷いた瞬間だった。光の球がリリーの杖に突進し、魔法が暴発した。

 暴発した魔法は吸い込まれるように結晶に飛び込む。結晶は大きな光を発して砕け散った。

「この気配は……」

 リリーが目を抑えて膝をついた。勇者も結晶から現れた禍々しい魔力を感じ取った。すぐに臨戦態勢を取る。

「長かった。あの忌々しい勇者。私をこんな場所に閉じ込めるとは……いや、閉じ込めた気はないだろうなぁ。私は倒されたのだから」

 結晶から現れた男は、勇者の倍ほどの体格。髪は白く目は赤い。牙や爪があり、生気のない血色をしている。

「魔王の仲間か」

 勇者が言うと、男は頷いた。

「お前は、勇者? いやだが、別人だ。ふん、魔王様を歯向かうために勇者を増やしたか。悪くない考えだが……そうとなれば、私はお前を殺さねばならないな」

 男が笑う。その笑みに含まれる殺意で洞窟の空気が震えた。

「あの光の球はお前だったのか」

 勇者が光の球を見て言った。光の球はふわふわと男の元へ飛んでいく。

「たしかに私だが、私ではない。魔力の強い者をここに導くように操っていただけだ」

 男はそう言うと、近付いた光の球を握り潰した。光は飛び散り、消え去った。

「私もかなり弱っていた。最近ようやくあの小さな精霊を操れるようになった。よほどの傷を負っていたらしい。だが、その魔術師のおかげで復活だ」

 男は高笑いする。

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