水鏡の国
岩の洞窟を抜けると、周囲からは水の流れる音が聞こえる。空は遠く、岩肌の割れ目から微かに見えるだけだった。あちらこちらに小さな湖があり、妖しげな色に輝いている。水を泳ぐ魚のような住人や、ローブに身を包んだ魔術師が見える。
旅人達は精霊の加護を受けるべく、空を仰ぎ祈るという。
「寒いな」
勇者は魔法陣からマントを取り出すと羽織った。物乞いのように見つめてくるハヤブサを視界に入れなかった。
「ここで私ができることはないわ。かといって、勇者以外に魔法を使える人はいないから、任せるわ」
ブラッドは近くの湖で水面を手で玩びながら言った。興味はほとんどないらしい。ハヤブサが思い付いたように勇者の肩を叩いた。
「勇者、ここで魔法使いを仲間にしよう」
「悪くない話だが、上着は貸さないからな」
「おかしくない?」
勇者は吠えるハヤブサを無視して周りを物色した。水晶や明らかに魔力のある結晶石を並べている露店ばかりだった。
「やあ、旅のお方! ここへくるの初めてかい?」
近くの水辺から声が聞こえる。見ると、青い半魚人のような女が手を振っていた。上半身だけを出していて、顔立ちは綺麗だが、エラやヒレが見えており、いかにも魚だった。
「よかったら、アタシが案内するよ、なぁに気を遣う必要はない。いつものことだからさ」
「大丈夫だよ、ありがとう」
勇者は辺りを見回した。精霊が視認できるものなのかはわからないが、姿が見えなかった。ここには半魚人と魔術師と精霊がいるはずなのだが。
「なぁに気を遣う必要はない。いつものことだからさ。ここは意外に入り組んでいてね、ガイドなしじゃ厳しいんだよ」
「一度来た仲間がいるから大丈夫」
半魚人は食い下がるが、勇者は制止した。
「一度来たくらいじゃ無理だね、アタシに任せてよ!」
声が涙ぐみ始めたが、勇者は半魚人の方を向かなかった。手に毒消しを癒着させていた村長と同じだ。自分の役割を頑なに続けようとする。ある種の呪いなのではと思ってしまう。
「おい、勇者、案内くらいいいじゃねぇか」
ハヤブサが言うと、勇者は舌打ちを鳴らした。
「甘やかしてどうする」
「そう言う問題かよ」
「ブラちゃんがいるんだ。ここで一つ一つ案内されるのは面倒だろ」
「一時間半くらいかかるわよ」
ブラッドが言うと、ハヤブサは半魚人にごめんね、と手を挙げた。
「一つ一つ案内しないから! どうか! 案内させてください! お好きなところへお連れいたします!」
半魚人は泣き出していた。勇者は溜息を吐き、声を掛ける。
「この国の偉い人のところまで案内してくれ」
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