砦に潜むモノ

 砦の最上階に辿り着くと、二人の目の前に大きな扉が現れた。その扉は鎖で覆われており、何かを閉じ込めているようだった。呻き声は扉の奥から聞こえてくる。

「開けよう」

 勇者は扉の脇の鎖の留め金に剣を差し込んだ。

「アホみたいに強くなきゃあいいな」

 ハヤブサは武器を構え直した。勇者が留め金を外すと、鎖が大きな音を立て床に落ちる。そして、扉がひとりでに開いた。


 広々とした部屋の中心にそれはいた。それは、全身を鎖で覆われ、縛り付けられていた。

「うううううううううう」

 地響きのような咆哮を重ねるが、鎖に覆われているため、姿がわからない。

「どうすんだ? 拘束されてるってことは放っておいた方がいいんじゃねぇの?」

 ハヤブサが言う。勇者は周りを見回していた。他に目にとまるものはない。

「ねえ」

 鎖の束から声が聞こえる。それは低いが、女の声だった。

「女?」

 勇者が反応すると、女は笑う。

「ははははは。そう、二人ね。どちらか魔法を使えるでしょう?」

 女の声に、二人は身構えた。女は低い声で続ける。

「魔力が近づくのを待ってたわ。私には魔力がないから。この拘束魔法は、無機物や魔力の無いものを縛ることには最適。けど、魔力が少しでも近づけば弱くなる」

 声とともに、鎖の音が大きくなる。部屋のあちこちにある鎖の留め金が音を立て始める。何か強い力で引かれているような音だった。

「少しでも弱くなれば、こっちのもの」

 オオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 咆哮とともに鎖が弾ける。声の主を包んでいた鎖は床に音を立てて落下した。声の通り、ローブに身を包んだ女が立っている。

「私はブラッド。久々に動けるようになった」

 女は顔を隠したままこちらを向いていた。勇者は自分よりも強い存在だと直感していた。洞窟で遭遇した骸骨と同じ感覚が汗のように体に張り付いていた。

「どうしてここに? あんた、魔王の部下だったのか?」

 勇者がたずねると、女は笑った。

「逆。私は勇者の仲間だったの」

「どういうことだよ!」

 ハヤブサが声を荒げる。

「旅から降ろされたの。そして、移動魔法でここに連れてこられて拘束された。もちろん、抵抗はしたけど、勇者には勝てなかった」

 女はそう言うと、ローブを脱いだ。かなりの軽装で、黒く長い髪は腰まで伸びていた。そして、額から胸にかけて、剣で斬られたような大きな傷跡があった。

「私にあるのは戦闘力だけだった。魔法も使えない。だから、勇者に見限られたの。彼は強くなりすぎた、私が必要ないくらいにね」

 女は顔を歪ませて微笑んだ。

 勇者とハヤブサは女を前に、指一本ですら動かせずにいた。一瞬でも隙を見せれば死ぬというイメージが女から銃弾のように撃ち込まれる。

「で、あなたたちは誰? ここは立ち入り禁止のはずだけど」

「勇者だよ。二人目のな。お前のお友達がいなくなっちまったから第二陣が出たんだ」

 勇者が答えると、女は目を丸くした。

「彼がいなくなった? 私を捨てた時にはもう、魔王の城は目の前だったわよ」

「今も空は雲に覆われてんだよ」

 ハヤブサの言葉に、女は黙った。それを見た勇者が口を開く。

「俺たちは魔王を倒しに行かなきゃならない。お前をどうこうするために来たわけじゃないから、勇者の話を少し聞かせて欲しい」

「魔王を倒しに? 見たところ、強そうには思えないけど?」

「お前らが張り切ったせいで、経験値不足なんだ」

 女は笑った。

「なるほどね、平和の代償ね。それにしても、よく喋る勇者ね。……いいわ、簡単な解決方法がある」

「解決方法?」

 ハヤブサが聞き返すと同時に、二人の視界から女が消える。女は瞬時に二人の背後に回り込み、肩を抱いた。

「私も連れてって」

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