第22話 刹那 ③

 時の、狭間。

 黒豹の後ろ脚が泥濘を蹴り剥がし、前脚が前方へ振り出され、着地までの刹那の浮遊。

 ダークと出会ってから今日まで何百万回と繰り返されてきた無重力の一瞬。

 それが、百年にも二百年にも感じられた。

 風に靡く漆黒の髪の下で、ジョシュの黒曜石のような二つの瞳に映り込んでいたのは……


「リ……」


 視界の中を左から右へ、白馬ローザの背から仰向いて落ちていく女性―――


「……リリィイイイイイイイイイッッ―――!!!」


 黒豹の前脚が泥濘を叩いた時、ジョシュの喉から生涯最初で最後の壮絶な叫びが風を打ち破って響いた。


 ダナス関の南端には入っていた。

 彼女のところまであと百メートル程度だった。

 ダークの脚なら数秒で届いていた。

 あと一つ、あと一足早く発っていれば彼女の元に間に合っていた、のに―――


 リリーの背中が地面を叩く。

 泥水が咲き乱れる。

 ほどけてしまった雪色の長髪が彼女の身体の下に翼のように広がり、四肢が一番遅れて泥濘に落ちた。

 巻き上げられた濁水が引力に従って地へ降り注ぎ、その髪も、顔も、ローブも、彼女の全身を瞬く間に染め変えた。


 陶器のように白く美しかったその喉元から、一本の矢が短く生えていた。

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