第171話「コンパス」

小学3年生の時の話だ。

初めて手にしたコンパスは、とても描きにくかった。とにかく変で、円が上手く描けないのだ。それは何故か?……回すところの中心がずれるからだった。


今のコンパスは、コンパスの回すところが常に上(これを中心機と言う)を向くように作られているのが多いのだが、この時に使ったコンパスは左右が独立して動くタイプで、さらには使っていると、へにゃへにゃと動いてしまうのだった。これがものすごくイライラした!!


僕は面倒くさいので、ボール紙を細く切って、そこにその都度、そのコンパスで穴をあけて、ボール紙をコンパス代わりに使ったほどだった。さすがに頭にきたので、使いにくいことを、親父に話すと……


「そんな訳無いじゃん!コンパスだろ!?」


と、信じていなかったが、実際にコンパスを渡して、親父が自分で描くと……


「これはコンパスじゃないな~!本当だあ、壊れてる~ガハハハ!!」


と、バカ笑いした。そして親父は少し考えて……


「ちょっと、待ってろ!探してみるから」



と、言った。後日、親父は凄いのを持って来てくれた。それは、本物のコンパスだった。親父が昔、デザインの勉強をしていた頃に買った物らしかった。(あれ?誰かにもらったんだったかな?)それは「ディバイザーセット」なるものだった。


ディバイザーセットの中には、製図用の道具が一式入っていた。烏口(からすぐち)今でいう所の、ロットリングペン。それと、ディバイザ(寸法を測り、図面に落とす道具)が入っていた。ディバイザーの能力のうちの一つが、コンパス機能だった。もうとにかく……


正確・精密だった!!


回すところは、絶対必ず上を向いているし、コンパスの両先は、内側に折れ曲がるようになっていて、これには驚いた!僕は、大喜びだった。でも、婆ちゃんが……


「そんな、いいもん、学校に持っていったらダメだ!」


と、言った。婆ちゃんは、誰かに取られてしまう事と、やっかみを心配したのだった。それを聞いて僕も、確かに、こんな高精度は小学校のコンパスに要求されていないよなあ、と思ったのだった。それ以来、ディバイザーセットは僕の宝物になった。


そうそう、このセットは一応、中学までお預けになった。親父は、今すぐあげると言ったのだが……婆ちゃんの目が光っていたからだった。


このセット、僕は大事にしでいて、自分の子どもにあげようと思って取って置いたのだが……子どもが生まれるちょっと前、実家に行って見てみたら……なんと、猛烈な錆に侵食されてしまい、残念な事になってしまっていたのだった!!ああ、本当に残念だ!


おしまい

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