第125話「爺ちゃんは戦争に行った」

 ある日、爺ちゃんの手元に赤紙が来た。

 爺ちゃんは、本州を南に鉄道で下り、九州に渡ったのち、船でチンタオにまわり、中国大陸に渡ったそうだ。


「紅いコウリャン畑が、機銃掃射で、タッタッタッターとなぎ倒されていくんだよ……」


 爺ちゃんから、何百回と聞かされたフレーズだ。

 コウリャン畑の葉が、機関銃の機銃掃射で舞い散って行く光景が、ものすごく脳裏に焼き付いていたらしい。


「始めは、食いもんがあったんだよ。だけど、だんだんとなくなり、水すらないんだよ!」


 中国は水が悪くて、飲み水に苦労したそうだ。


「夜中は喉が渇いて寝られないんだよ。朝方、朝露が草についているのを見つけて、コップに集めてなあ、飲むんだけど変な小さな実とかも入っていて、うっかり飲むと、ペッペ~!になるんだよ。」


 と、爺ちゃんは言って、口に入ってしまった草の実を、取るマネをしてみせた。結局、手ぬぐいで絞って渇きを癒したと言っていた。


「川とかなかったの?」


 と、僕が聞くと。


「うっかり、その辺の水を飲むと、アメーバ赤痢になるんだよ」


 と、爺ちゃんは答えた。

 そうそう爺ちゃんは、戦中、アメーバ赤痢になって、日本に帰って来たのだ。かなり水に気をつけていたが、体力も落ちたところで感染してしまったようだ。


「そうそう、俺たち兵隊が持っていたのは、村田銃を改良した、38式歩兵銃っていって、重たかったよ。3、4キロあったかな。単発式って言って、薬莢を排出して、一回置きに弾をこめるんだよ。」


 そういうと爺ちゃんは、弾をこめる仕草をして見せた。

 爺ちゃんは、中国のホクシという場所に行っていた。


「夜になると、夜間見回りがあるんだよ。とにかく、眠くてなあ。重たいサンパチ(38式歩兵銃)を担いでなあ、茂みに身を隠すんだよ。でも、うつらうつらって、眠くなってなあ。そんな所を上官に見つかったら、銃床で、ぶん殴られちまうから必死だったよ!」


 爺ちゃんたちは、よく上官に殴られていたそうだ。理由はたいしてなく、大抵は気分だったようだ。


「上官て?」


 と、僕が聞くと。


「軍隊に入ると、階級っていうのがあって……」


 と、爺ちゃんは言って、広告で作ったメモ紙を出して来た。


「まず上が、大将、中将、小将。次が、大佐、中佐、少佐。その下が、大尉、中尉、少尉。その下が、曹長、軍曹、伍長。さらにその下が、兵長、上等兵、一等兵、二等兵。これで、全部だよ。あれっ?准将があったけど、中将の上だったけかなあ?……」


 と、爺ちゃんは書いて説明してくれた。


「で、爺ちゃんはなんだったの?大尉?大佐?」


 僕は、爺ちゃんはきっとそのくらいだろうと考えていた。軍隊も、会社みたいな役職なものだろうという感覚からだ。


「とんでもないよ、かなめん君!爺ちゃんは、一番下の二等兵だったんだよ。まあ、本土に帰る時には、二階級特進を、つけてもらえたから上等兵だがな」


 と、爺ちゃんは言った。


「二階級特進って?」


「爺ちゃんは、赤痢にやられて病院に行ったんだよ。その後、終戦になったんだけど、みんなで本土に帰る時に、おまけってわけじゃあないけど、お国の為に戦って帰って来たという事で、階級があがったんだよ、それで上等兵ってわけだ」


 爺ちゃんはそう言うと、引きだしから煙草を出してきた。


「菊の模様と、恩賜(おんし)ってかいてあるんだけど、最後にもらったんだよ。飲まないでとっておいたんだけど……」


 爺ちゃんは、煙草は若い時分には吸っていたそうだが、やめたので吸わず(飲まず)に煙草をとっておいたそうだ。


つづく


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