第109話「お母さんの話」
またまた、小学時代の話ではないが、お付き合い頂けたらと思う。
◇◇◇
僕にはお母さんと、1歳半すぎに、一度だけ会った記憶がある。一度だけ……それは、お迎えの時だった。
保育園に始めは、9時~5時で預けていたから、だから多分、4時ぐらいの事だったのでは思う。
「ミズキ君、お迎え来たわよ、お母さんよ」
と、先生が言った。僕は、『えっ!』っと驚き、耳を疑った。なぜなら、保育園に預けられた頃、他の友達には、「お母さん」がお迎えに来るのに、僕には来なかったからだ。それが不思議だったから、婆ちゃんに「ママは?」と聞いたら……
「ミズキにはお母さん、いないんだよ」
と、申し訳なさそうに言われていた。
友達のお母さんが、抱っこしてくれた事があった。柔らかくて、いい匂いいがして気持ち良かった。「お母さん」て、こんな感じかと思った。親父の匂いも好きだし、抱っこも大好きだったが、それとは別の違う感覚だった。それが僕の中の「お母さん」の認識だ。だから……
『なんだいるじゃん!』
と、単純に驚いたし喜んだ。
『なんだいるじゃん!』
と、僕は帰り支度をし、ホイホイと出迎え、「お母さん」だという女性に抱っこされて保育園をあとにした。そうそう、靴を履かせようとしたので、「自分で履ける」と、靴を履くのを得意になって、見せたら喜んでいたなあ。「お母さん」の印象は……若い女性で、お姉さんな感じだった。(だからその時の事を、時々思い出しては、『あれはもしかして、伯母さん(親父の妹)だったのかなあ』とも、思っていた時もあった)
お母さんとは途中、抱っこされたり、自分で歩いたりしていた。保育園から歩き、近所をブラブラした。僕はてっきり、このまま家に帰ると思っていたので……
「うち行く?」
と、何度か聞いたが……答えはなかった。ただ困っていた感じだった。歩いている内に、公園に行った。よく遊ぶ公園の砂場で、少し遊んだあとベンチに座った。
「ここで遊んでいるの?」
だったか?
「良く来る?」
だったか、やり取りして普段の僕の遊びや生活の話しをした。しばらくして、その時に……
「私が、お母さんなのよ」
と、改めて言われたのを覚えている。
その後の記憶は無い。今のところ途切れている。もしかしたら、寝ちゃたのかもしれないのだが……この話しは、誰にもした事はなかった。
何度か、家族に聞こうとしたけれど、お母さんの話しになると……
「小さい頃に別れたんだよ」
と、言うみんなの、なんとも言えない雰囲気にそれ以上聞けなかったのだった。
◇◇◇
それから何十年も立ち、爺ちゃんが死んだ日、僕は実家に来て泊まった。その夜は、ひさびさに親父と話しが盛り上がった。親父や婆ちゃんといろいろな話しをした。2日後、葬式の後に大片付けをしていたら、婆ちゃんが写真などを見つけて持って来てくれた。それは、「お母さん」のだった。
その時、見つかったのは、お母さんの写真と母子手帳と、僕の保育園の時の連絡帳だった。特に保育園の時の連絡帳のおかげで、今までの色々な記憶の確認が出来たのだった。
そうそう写真の中の僕は、お母さんに抱っこされて笑っていた。
話しが前後するが、これらの物が見つかる前に、伯母さんもいた時に、僕は誰にも話していなかった、、お母さんが迎えに来た話しをした。すると……
「誰から聞いたの!?」
と、伯母さんは言った。
「あたしは言ってないよ!」
と、婆ちゃんは言った。もちろん、親父が話す訳ないから……
「ミズキは、覚えていたんだね!」
と、伯母さんは言った。
僕の記憶は本当だったのだ。
「あの時は、ミズイのお母さんが、勝手に連れていっちゃったんだよ!」
と、婆ちゃんが話をつないだ。
「迎えにいったら、ミズキがいなくてね。みんなで捜して、大変だったんだよ!」
と、婆ちゃんは話した。
僕は、自分の中のお母さんを思い浮かべて思った。あれがお母さんだったんだと。そして、1歳半の時に会った以外、お母さんの記憶はないし、その後も会った事はなった。
あと付け加えておきたい事がある。僕は「お母さん」がいなくても、なんとも思ってなかったという事だ。よく……
「お母さんいなくて大変ね!」
と、大人に言われたり。
「お母さんいないの可哀相!」
と、友達に言われたが、そうは全く思わなかったのだ。
だって、最初からいないのだから!(まあ、記憶はあったが)、意識の中になかったのだ!だけど……可哀相と思われる事が、とても悲しかった。そう言われていると、何故だか涙が出た。
僕は、自分を可哀相だとは思わなかった。母親を求める気持ちはあるが、ただ、どんな存在か知りたいという事。抱き締められたら、どんな気分になるのか知りたかったという事ぐらいだった。最後に……
僕は、気付いたらこの世界いた。
いつも「独り」だったし、お別れの時も「独り」だろう。
僕は、この先に行く。
僕は、新しい家族と共に。
この、束の間の時間の中で。
おしまい
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