第15話 顛末
城に戻ると、まずは医務室に行くことになった。怪我や異常がないか診てもらった。
そのあと、騎士団に事の経緯を聞かれた。
その間に、つけられている魔法封じを取るために魔法具職人の人が来て、色々と細かな道具を使って取ってくれた。まさに職人技だった。
そして同じくらいの時間で聞き取りが終わったディオンと、竜の元へ行った。
入るなり、ファーレルが駆けてきた。軽く吹き飛ばされかけた。
アリアスやディオンが消え、戻って来なかったことが異常事態だと感じていたのだろうか。
建物の中、外には共に騎士団の団員がいた。
竜が狙われたという事実がある限り、この状態は続く予定だそうだ。
ファーレルが飛び立てば、炎がまだ出せていなくとも、他の竜と一緒になることになるから、それまで。
とにかく竜が無事で、怪我がなくて良かった。
今日は帰るようにとのことで、外に出ると、辺りは薄く橙色に染まりつつあった。
今日一日であったこととは思えない出来事に見舞われた一日だった。とても、目まぐるしかった。
「アリアス」
「――ルー様」
外で、待っていた人がいた。
壁に寄りかかっていた兄弟子は、明らかに待っていたようだった。彼は、出てきたアリアスに歩み寄る。
「怪我は?」
「ありませ――えぇと、ちょっと縛られた痕があるんですけど、これはただの痕なのでそのうち消えます」
ない、と言おうとして、袖から覗く手首の手当てが見えてしまうことに気がついた。
と言うより、ルーウェンの視線がすぐに止まってそれを見つけたように思えた。
「そっか。――不安だっただろう」
兄弟子は気遣わしげな目をした。
しかし、アリアスは微笑み、首を横に振ってみせた。
「それが、一緒に連れて行かれていたディオンさんが冷静で、それほど不安にならずに済みました」
本当に、頼りになりすぎる先輩だと思う。
竜に関わりはじめてから、まだお世話になっている感じだ。
「あ、そういえば、師匠が場所を特定してくれたと聞いたんですけど……」
ただの家に見えた盗賊の拠点を探すこともそうだが、どこに移動したかも分からず距離によっても、どれほどの時間がかかるかわからないと思っていた。
ゼロは、ジオが区域ではなく「この家」だという正確な場所を特定したのだと言っていたのではないか。
どうやって、そんなことをしたのだろう。
「最初は、捕らえていた者が持っていた魔法具から辿ろうとしていらっしゃったんだ」
大きな空間移動の魔法をより確実に成功させようとすれば、対となる魔法具で、前もって移動先を決めておくだろうと予想したらしい。
「でも壊されたのか辿れなかったから、結局アリアスの魔法力を探したんだ」
「私の魔法力を……? そんなことが出来るんですか」
確かに、過去に城のどこかにいるルーウェンを見つけたりといったことはしていた記憶があるけれど。
あれは、どうやっていたのだろう。それに、それが何らかの魔法であったとしても城の中と、外のどの距離にいるかも分からない範囲とでは勝手が違うはずだ。
「探す範囲に自分の魔法力を広げ、関知するらしい。師匠の魔法力の大きさがあるから出来ることだな。それと、アリアスの魔法力をよく知っているから出来たことみたいだ」
それは……どれほどの魔法力を使ったのだろう。
「師匠に会うなら、城の部屋にいらっしゃる。どうする? 俺はアリアスが帰るのを送って行こうと思って来たんだ」
「そうなんですか?」
わざわざ、と思っていると、「今日は一人では帰せないな。さすがに心配だ」と彼は言った。
「ゼロは忙しくなっているだろうから、今日は遅くなるだろう」
「そうですよね……。帰って来られなくなる、ということもありますよね」
「そこは意地でも帰ると思うぞ」
ひとまず、帰る前に師の元へ行くことにした。……のだが。
通路を歩いていくうちに、ちょっとした空気の違いを感じた気がした。何だろう。
苦しくなったというわけではないが、どことなく濃くなったと言うべきか。空気が薄くなるのは分かるが、濃くなるなんて、よく分からない感覚だ。
気のせいかと思えば、それは進むにつれ、明確な感覚となり、ついに目的の扉の前にやって来た。
そこまで来て、やっと分かった。
どことなく知っている気配のようなものを感じていたが、これは師だ。
表に魔法という形として出ていない魔法力を感じるとは、このようなことなのかもしれないと、いまいち分からなかったことが分かった気になった。
しかし、これは包まれているというか、
「ルー様、これ、師匠ですか」
「うん、師匠の魔法力が満ちているんだ」
入るともっと分かると彼は言った。
兄弟子が扉を開けて入った部屋により、その言葉は肌で感じることで理解した。
魔法力が満ちている。さらに師の力だと直感が告げてくるほど「濃い」ものだった。
「これ……何してるんですか」
アリアスは目を見開いて、室内を見上げ、見渡す。
部屋の中には本が浮かび、ソファーが浮かび、とりあえず何もかもが浮かんでいた。
それだけではなく、幻だろう、木が生えたりして、違う場所に空間移動したのではないかと思ったくらいだ。
けれどその景色も、瞬きするたび変わる。目まぐるしい。
師は、床に座り、至って普通に本を読んでいる。
「師匠」
「……アリアスか。戻ってきたのか」
浮いているものを避けていくと、紫の目がアリアスを見上げた。
「ここ、どうなっているんですか?」
感じる力も、この光景も。
継続して魔法が使われている状態だ。
師は周りを見て、「ああ、これか」と言う。
「魔法力を出しすぎた結果だ」
「出しすぎ……?」
「お前の魔法力を探すために魔法力を放ったが、それほどの魔法力を広げるにはまずそれに比例した魔法力をここから出しておく必要がある。広げる地点に魔法力だけ飛ばすわけにはいかんからな」
例えば地上から湧き出た水が、周りに広がっていくように。
そのとき水の出口は、周りに水を広げさせるために、最も多くの水を出しておかなければならない。
それも、途切れないようにするためにはずっと出し続けている。
つまり、今回アリアスがいた場所からの城との距離を考えるに、それだけの範囲に広げる魔法力の倍の量の魔法力が、源である師がいるこの部屋に出ていた。
「結果、中心となったこの部屋に魔法力が滞留するという事態が起こった」
「……そう、なんですか」
正直、初耳で初体験の出来事すぎてよく分からない。
魔法力が「滞留」するという事態が起こっているのは、どうもそれは何の魔法になるでもなく、魔法力を探すには魔法力でとただ自分の感覚の代わりに広げたものであったから。
そういった魔法力も、やがては自然に消えるはず、なのだが……。
「精度を上げるために濃度を濃くしたからな、自然に薄まるには時間がかかる。それならば、魔法に変換して少しでも減らしておくに越したことはない」
それで、この光景が出来上がった。
ただの魔法力を魔法に変換して、使用し、片手間に魔法力を減らしている状況らしい。
こんな状況が出来上がる事態を聞いたことがないのは、師が人ならざる力を有しているためなのかもしれない。
同時に、それほどの魔法力を使ったということを意味していると分かった。
「師匠」
「何だ」
「探してくれて、ありがとうございます」
「……探しただけだ。それほど労力のいるものでもない」
師は何でもない風に言って、本に目を落とすけれど。
誰もが予想しなかった短時間で帰って来られたのは、師がそうしてくれたからだろう。
それにしても、部屋が別の場所に移ったかのように思わせる幻覚が作る景色は、自然ばかりだった。
木々が生え、下には柔らかそうな草が生え、ときに花が咲いている。どこかの森の中のような景色。
また移り変わり、見える限りの草原になり、次は小川が流れる場所。
これは、師が見てきた光景なのだろうか。彼は、王都の外に出ると喉かな場所に好んで行く傾向がある。
……城の部屋の中ではなく、外に旅に出たいとかいう意思から作られていたりして……。
「しかし城の敷地で誘拐が起こるとはな。いっそ、全てに魔法避けでもして警戒すれば良い」
「……現実的に難しいですよね、それ」
そんなに簡単にできるものなら、とうにしているというものだ。魔法避けも簡単なものではない。
現実的に考えると、普段からするには費用もかかり、力もかかかりすぎる。
「もしするとして、お城の敷地内全域となると、師匠も魔法が使えなくなりますね」
「…………」
師はそれは駄目だと思ったのか、黙って本の頁を捲った。
*
後日、様々なことが判明した。
まず、竜を狙った彼らの正体。
ただの盗賊ではなかった。レドウィガ国の魔法師の一部と、魔法師未満の者で構成された組織だった。
レドウィガ国とは、数年前にグリアフル国に戦をしかけ、敗れた国だ。現在はグリアフル国から送られた人員の元、そういったことをしないようにと改革がされていたはず。
その数年前戦で、敗戦直前に国外へ逃亡していた者たちだった。
それも、戦で死んだとされていた将軍と兵たちだった。その、かの国の将軍の一人があの「頭」と呼ばれていた男だった。
どうりでゼロと渡り合え、空間移動の魔法も使える、ただの盗賊にしては「優れた魔法師」だった。
どのように盗賊という賊に落ちたのか、彼らの境遇を考えれば理由は様々だろう。
出ていった経緯を思うと、そのまま国に戻れるはずがない。……元から、手ぶらで戻る気はなかったのかもしれないが。
しかしその行動の理由の意味は、各国から金品を奪うのは活動資金とするため、魔法石や魔法具を奪うのは竜を奪う計画のためのみだったのか、どうか。
竜を奪おうとしたのは――やがて祖国を再興させるつもりの、手段にするつもりだったのだろうか。
その辺りの詳しいところと、真偽は判明しているのかどうかは不明だが、アリアスの耳に入ることはなかった。
ただ、その竜を奪う計画は、今人の手で育てられている竜が生まれたと正式に発表されてからだったようだとは聞いた。
騎士団は早くから竜を狙ったと思われる犯行をした者たちの正体を「魔法師盗賊団」か「他国の指示を受けた者たち」と予測していたようだ。
指示か、彼らの考えのみかは分からないが、両方含めて当たりだったということになるだろうか。
ウェン=バトスというこの国の人間がいたのは、道を外れた魔法師だったから。
グリアフル国出身の人間とはいえ、道を外れた魔法師というのは、国に仇なす者たち。普通では予想も出来ない理由で、生まれた国を軽蔑したり、見捨てたりしている。
グリアフル国のみならず、他国でも「魔法師盗賊団」と呼ばれた集団は、今回捕まった者たちが全員ではなく、グリアフル国外にまだ潜伏しているようだ。
今後、その正体を踏まえ、国同士の協力による国境を越えた大規模作戦が行われることとなるとか。
一歩間違えれば……そうでなくとも彼らが今回竜を奪おうとして失敗し、捕まらなければ、知らないところで暗躍し、とんでもないことになっていたかもしれない。
そういったことは、竜に関わる魔法師として経過を話に聞くくらいで、アリアスは普段の生活に戻っていた。
取られていた首飾りは留め具が壊れていたため、修理に出したあと戻ってきた。
しかしレドウィガ国の魔法師による盗賊団の件があってから、まだ忙しいゼロは帰れない日が多くなった。
仕事の時間中も、中々顔を合わせる機会がなく、帰って一人家にいる日が続くとやはり寂しさを覚えた。
計画されている大規模作戦が終われば、徐々に元に戻っていくのだろうけれど、その作戦には危険がつきものだろうからそれも心配だった。
とは言え、全く帰って来られないとか会えないことはなく――
「痕、消えたな」
うとうとしていると、背後から回された手が、アリアスの手首を撫でた。
ベッドで横になり、アリアスを背後から抱き締めているゼロの声は、すぐ近くで聞こえる。
「元々、傷ではなかったので。消えるって言ったでしょう?」
縛られた痕は、日が経ちもう消えた。
ゼロはこの痕を気にしていて、今も消えたのにずっと触れているので、アリアスは少しだけ後ろを向いて微笑んだ。
「まあ残ってたら絶対許さかったな。……どっちにしても許さねえけど」
そのまま手にしている手首を引き寄せて、そっとキスをして離したかと思えば、肩に、首にと移っていく。
耳の後ろに熱く触れられ、アリアスはピクリと微かに震える。
「ゼロ様……」
小さく彼を呼んで見ると、埋められていた顔が起き上がり、今度は唇に触れる。
軽くで、離れた熱に目を開くと、目の前には真っ直ぐにこちらを見つめるゼロがいる。
「久しぶりにこうしていられる気がする。――触れたい」
そう言って、彼はアリアスを引き寄せ、深く抱き締め、口づけをした。
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