第10話 思わぬ情報
事の報告と今後について話した後、ゼロはルーウェンと会い、話を聞き、礼を言ってまた別れた。
騎士団に戻る前に、ついでにその足で魔法石保管室と魔法具保管室へ向かった。
先に行ったのは近かった魔法石保管室で、しかしながら、案の定こちらには何の異変もない。不審な者もおらず、もちろん盗まれたものもない。
大人しくこちらに来ていれば捕まえていたものを。魔法具保管室に行っても同じことだろう。そちらは部下に行かせることにして、廊下の反対方向へ行く。
そこで、一人の男とすれ違った。
白いシャツに、茶のズボン。見たことのある顔だが、声をかける間柄ではなかった。
ゼロも、その男も、ただのすれ違う者として互いに進む。
シャツに、動くたびに微妙な角度の違いできらきらと光る部分が見えた。大方魔法石の欠片だろう。
魔法具職人とは、魔法具を作ることのみをするのではない。
魔法具に必要不可欠な、魔法石の加工も仕事に含まれる。
魔法石は、最初はゴツゴツとした鉱石そのものである。魔法具職人は、各地から採れたもののうち、城に集まる一級品の魔法石を魔法を併用しながら削り出し、整形する。
ゆえに、その男が持っている大きな箱の中身は整形されたばかりの魔法石であるのだろう。
どうでもいいことを考えている内に、すれ違った。その瞬間、頭の中に思いついたことがあった。
犯人として考えられるのは、竜を狙った他国の者か、理由は二の次として魔法師盗賊団。
「盗賊……」
呟いてから、あることを思い出した。
すぐに振り向き、すれ違ったばかりの背中に向かって言う。
「あんた、確か盗賊の類い退治しまくってたよな」
「え?」
振り向いた男は紫の混じった
立ち止まり、話しかけたのがゼロであると捉え、首を傾げた。
「団長殿じゃないか。今の、オレに聞いたのか?」
「ああ」
とっさに聞いたも同然だったが、ゼロは取り消しはしなかった。
聞いてしまったのであれば、一応話を聞いてみることにした。情報は多いにこしたことはない。現時点で、例の盗賊団について分からないことが多すぎる。
「知っての通り、オレには盗賊の類いを退治しまくってた時期があったな」
向き合って応じた男はそれが何だ、という顔をする。
そこでゼロは現在盗賊の噂が出ており、その警戒がされていると嘘ではない理由を説明した。
「盗賊? ははぁなるほど、それで警備がついているのか」
「今まで知らなかったのか?」
「奥に籠ってると、良くも悪くも情報の届きようは鈍るんだ。本来は魔法石だって運んでくれるから、ここまで出てくる必要も無い。オレが出てきているのは気分転換みたいなもので、偶々だ。その偶々に団長殿が会ったのは運が良かったのか悪かったのかだな」
やはり魔法石を運んできたところだったらしい。魔法具職人と呼ばれる、とある魔法師は笑った。
ゼロとしては未だに複雑な思いもあるが、それはそれとして、声をかけたのは自分だと思い直して話を進める。
「魔法師盗賊団と呼ばれる盗賊を知っているか?」
国外にまで行っていた男だ。知っている可能性はあると思っていたら、あっさりと頷きが返ってきた。
「知っている」
「その盗賊団について、何でもいいが、知っていることはないか」
ついさっき起きたばかりのことは明かさず言うと、男は考え込んだ様子を見せた。しばらくして、口を開く。
「知ってることって言っても……まあこれは知っているだろうが、その盗賊組織はかなり大きいみたいだぞ。何年か前に遭遇して仲間に誘われたことがあるが、」
「ちょっと待て。仲間に誘われた?」
「そうだ。当時オレはただの盗賊やら、魔法師未満のならず者やら道を外れた魔法師やらの退治をしていた。その噂を聞き付けて来たらしい。変わってるよな、退治してる側に仲間になれって言うんだ」
思い出したようにおかしそうに笑う。
「まあ断ったがな。当時のオレの目的と、単に盗みを繰り返す奴等の目的とは完全にずれていた。っていうのはさておき、あれは盗賊って舐めてると駄目な集団だ。手練れの魔法師がいるぞ」
「それはどんな魔法師だ。顔か、名前は知ってるか」
「名前と言えば、この国の魔法師の、今指名手配されてる……何だったかな、名前。ウェン=バトスだったかな、そんな名前の奴がいる」
ウェン=バトス、その名前に心当たりがあった。道を外れた魔法師として、指名手配中のリストにある名前だ。
王都の魔法学園を卒業した上でそんな魔法師になった、大層珍しいタイプでもあり、だからこそ厄介な男でもあると言える。
頭が働き、優秀な類いでもあった魔法師のだから、厄介なのだ。
行方も掴ませず、結局グリアフル国とはあまり友好的でない国へ移ったとされ、記録はそれきりだ。
空間移動の魔法を使える魔法師の正体は、その男だろうか。知恵を貸していることは、間違いないだろう。
「ウェン=バトスがリーダーか?」
「いや、そいつは違うみたいだったな」
「別にいたのか」
「頭をしてるっていう男がいた。そいつの名前と顔は知らない。魔法がかけてあったかどうかは覚えてないが、そもそも顔に覆いをつけていたから見えなかった。他にも数人いた奴も顔を隠していたから見えなかったな。名乗ってきたのは、ウェン=バトスっていう奴だけだった」
知ってることはこれくらいだ、と男は言った。
「あんたが誘われたのはいつだ?」
「二年前か……三年は経ってないくらいだな。たぶん」
あまり細かくは信用出来なさそうな口調だが、頭に留めておく。
「あ、そういえば」
他に聞きたいことはなかったため、礼を言って話を終えようとしていたら、男は何かを思い出したような声を出した。
「あいつら、オレがグリアフル国出身の魔法師だって踏んだ上で声をかけてきてたみたいだったな」
足を止めたことを軽く謝り、礼を言い、ゼロは騎士団に戻るべく歩きはじめた。
「団長!」
団員が一人、ゼロを見つけて走ってきた。
「竜の方の警備は整ったっす、いえ整いました。捕らえた者は……まだ何も話していません」
「そうか」
子どもの竜の警備は万全となった。万が一再度狙われても問題ない。
返事をしながら、ゼロは先ほど聞いた情報を頭の中で整理する。
もしもならず者の魔法師が集まった盗賊団が犯人だとするならば。
空間移動の魔法が使われた時点で、相当な魔法師がいることは分かっていた。有益だった情報は、魔法師盗賊団に指名手配中の男、ウェン=バトスがいるらしいということ。
二年前でも三年前でもすでに指名手配されていたはずだ。
その時点で魔法師盗賊団があった……というのは重要事項かどうかは不明であり、頭の隅に置いておく。
しかし全く明らかでなかった盗賊団の中、顔どころか名前が明らかな者がいるとようやく分かった。
盗賊団を率いており、ウェン=バトスを配下に置いている男がより強い魔法師……だと断定する必要は現時点でないが、盗賊にそれほどの魔法師がいるとすればやはり引っかかる。
魔法師盗賊団とは、思ったよりも厄介な連中なのか。
ただの道を外れた魔法師の寄せ集まりかと思えば、一気に想定していたレベルを越える。
少なくとも騎士団の隊長程度の力量を持っている者がいることになるのだ。
正体含め、その他の今最も知りたい情報も、自力で調べるよりは喋らせた方が確実に早いだろう。
だが、やけに口が固そうだ。普通の盗賊ではなさそうな印象を受けたのは、魔法師盗賊団だからか、違うからか。
やはり、ただの盗賊団の仕業ではなく、どこかの国の仕業と考えるか、他国が何らかの形で関わっていると考えるか。
「普通に話すのを待ってたら、時間がかかりそうだな……」
「誰か一人、拷問しますか?」
ただの盗賊かどうかは無論重要なことだが、今はそれに拘るよりも、いち早く聞き出さなければならないことがある。
逃げた連中はどこへ行ったのか。この国のどこを拠点にしているのか。それが一番知りたいことだ。
そういえば、とルーウェンに聞いたことを思い出す。
彼の師が魔法具から魔法力を辿る、もしくは、どれほどの距離にいるのかも分からない範囲から特定の魔法力を探し出すという、想像し難いことをしようとしている。
どれほどかかるかは知らないが、してしまいそうだ。
「しろ」
だが、ゼロはそう言った。
何にしろ、洗いざらい喋ってもらうことになる。
竜を狙ったこと自体が重罪。目的から、組織であれば組織の構成から、くまなく知る必要がある。
そう、得体が知れない集団だからこそ、連れて行かれた魔法師がいることは、一刻を争う。
アリアスは酷い目に遭っていないだろうかと、縁起でもない不安が過った。
「……盗賊だとして、傷一つでもつけてたら壊滅させてやる」
口に出すと、部下が「団長、落ち着いて下さいっす」と妙に慌てて言ってきた。
何を勘違いしているのか。自分でも感心するほど、すこぶる落ち着いている。
今のは、実際するかは別として、今の状況の腹いせだ。ただし、ゼロは冗談だとは言わなかった。
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