第5話 盗賊対策





 魔法具保管室にて、竜のための魔法具を受け取るための許可書を提出すると、「少々お待ち下さい」と受付の魔法師が奥の部屋に消えていく。扉が開けられたときに、少しだけ部屋の中が見える。

 取り出されるには、少々の時間がある。それにしても……。アリアスは、感じていた違和感を、共に来ているディオンに小さく投げかけてみる。


「……最近、確認が厳重のような気がするのは、気のせいでしょうか」

「いや、僕もそう思う。確認もだけど、警備も厳しくなっている」

「扉の前にも人が立つようになりましたね」

「うん。今まではそんなことはなかったはずなんだけど……」


 この前は気にする暇がなかったが、そういえば前に来たときも騎士団の制服を来た団員が立っていたような気がする。いつからそういう風景に変わっていたのか。

 考えてみると、魔法具は厳重管理しなければならないものなのかもしれない。作り手も限られた、貴重なものだ。城にある宝物庫と言うべき場所は当然普段から厳重警戒されているようだが、ここには魔法具を管理する魔法師しかいなかった。

 しかし最近、魔法具を取り出してもらうための許可書を発行してもらう場所にしろ、ここにしろ、職場の確認から改めてされ、「やけに厳重」という印象を受けていた。

 いつもなら、今日の場合特にディオンが竜に関わる魔法師しか身につけない制服をしているため、すんなりいくはずなのに。


「お待たせ致しました。ご確認下さい」


 やがて隣の部屋から戻ってきた魔法師が、四角の浅い箱に魔法具を乗せて持ってきた。

 竜専用の魔法具、魔法石を首から下げて継続的に魔法を使用するためのものだ。ちなみに、寝床周りに魔法石を置き、同じく継続的に魔法で包むときにも異なる仕組みと形状の魔法具が使われている。

 とはいえ後者は大きなもので、今回は使う度に魔法石だけでなく、本体ごと取り替える前者のものを取りに来た。


「ありがとうございます。……ところで、最近手続きや警備が厳重になっているようですが、今年からそう変わったのですか?」


 ディオンがこれからもそうなのか、といった風に尋ねると、受付の魔法師は「いえ、今年からこうなったというわけではなく、限定的なものです」と首を横に振った。

 限定的? とアリアスが疑問に思うと、すぐに答えは明らかにされる。


「盗賊対策だそうです」

「盗賊、ですか」

「はい。……どうも他の国で、宝石やお金のみならず、時に魔法石やらを盗っていく盗賊だそうで、この警戒体制になりました。ここの他にも、魔法石保管室も同じような警戒状態となっているようです」


 魔法石や魔法具を引き出すための許可書を発行する際に、魔法具や魔法石を引き出そうとしている者は、本当に騎士団の者なのか、医務室の者なのか、竜の育成を行っている魔法師なのか確かめる。

 また保管室では、別の場所で発行された許可書は本物なのか確かめる。扉の前には騎士団の団員による警備も。


「騎士団の団員がついている他にも、例えばこの魔法具をつけていなければ、音が鳴るという簡単な仕組みの魔法具がそこに設置されています」


 示されたのは管理人の魔法師が腰に巻いたベルト、魔法石が見える。それと、奥の部屋。ここからでは魔法具らしきものが見えないということは、扉の向こうに設置されているのだろう。

 魔法具が保管されている部屋に設置された魔法具一つと、対になったベルトの形状をした魔法具がいくつもあり、それらを管理人としてここに常駐する魔法師が身につけるらしい。確かに出入りできる者が限定されるやり方だが、このために作ったのか。

 しかしどうりで厳しくなったと感じるはずである。事実厳しくなっており、理由があった。盗賊とは……。


「魔法具を保管している隣の部屋には、さらに壁に沿って魔法避けが仕込まれています」

「ただの盗賊に魔法避けまで?」

「いえ、これがただの盗賊じゃないそうです」


 盗賊と言うだけで普段は耳慣れない言葉で、唐突に感じられていたのに、「ただの盗賊でない」とはどういうことか。


「魔法師盗賊団だとか」

「魔法師盗賊団?」


 聞いたことのない名前に、アリアスは首を傾げた。



 *



 魔法具管理人の魔法師が話してくれたことは、すんなり話してくれたこともあり、別に秘密にされている話ではないようだった。


「元々は他のいくつもの国に出没していたらしいが、とうとうこの国に来たらしい」


 と、白い竜のいる建物で話すのはゼロだ。

 話題は、今日アリアスやディオンが聞いた魔法師騎士団について。盗賊の話は、同じように警備の厳しさからの疑問で耳に挟んでいた人もいたが、盗賊団だとは知らなかったようだ。

 そもそも初めて耳に挟んだ人もおり、中々聞かない話題ということもある。夕方から夜番に交代する頃合い、両方の時間帯の担当の魔法師のほとんどが聞き耳を立てていた。

 竜は食事中だ。広い部屋の中に、豪快な食事の音が響く。


「それにしては、全然そんな話知らなかったなあ。ただの盗賊ならともかく魔法師盗賊団なんて、そんな珍しい盗賊なら、かなりの噂になってもいいだろうに」

「噂にはなってるんだろうが、民衆レベルの噂は王都にはまだ入ってきてない可能性がある」

「規制してるんじゃなくてか?」

「規制なんてどうやってすんだよ。それに元々情報自体が噂からだったらしい。国境の騎士団の駐屯地に怪しい者が国に入ったという情報はなかったが、隣の国から来た人間が話して広まってたとか」


 他国にいた魔法師盗賊団が、次はとうとうグリアフル国に行ったのではないか、と。

 話題の魔法師盗賊が出たことのある国ではかなりの噂の種だそうで、それらの国からグリアフル国に入った商人や旅人が噂を入れた。

 国境辺りからじわじわ噂が出始め、城に一応報告が飛んできた。


「ただの噂もあるってことか?」

「今のところ具体的な動きがあったとかいうことは聞いてない。もしも入ってたとしても、忍ばれたらどこにいるかなんて把握しようがない。他国でもまた現れたって言われてるみてえだから、この国から出ていったのか、複数に分かれてんのかってとこだな。ただの噂っていう可能性ももちろんある」

「本当に入っているなら、目撃情報くらいあっても良くないか? 顔とか」

「盗賊が顔晒して盗み働くか?」

「あー」

「顔は誰も知らねえって考えておいた方がいいってことだ。――で、帰っていいか」


 彼はアリアスを迎えに来て、建物の外に来たところで先輩に捕まってしまったらしい。魔法師盗賊団と聞いて、大層興味を示した先輩に。この上ない情報源だろう。

 警備体制の理由はこの職場にも関係があると思ったのか答えていたゼロが一言挟むと、先輩は「噂かもしれないのに大変だな、ゼロ」と、とりあえず満足したらしかった。

 帰り道、建物から出たところでアリアスも聞いてしまう。


「魔法師盗賊団ってやっぱり珍しいんですか」

「今回以外に聞いたことがねえな。盗賊って言うからには良くねえことをしてるから、構成要員の魔法師は道を外れた魔法師だ。だがそういう魔法師は群れることを基本的に嫌ってる。集団になれば脅威になるところ、何か組織になったことすら聞かないのはそういうわけだ」


 人のためにや、守るために魔法をとは誰もがいかなくとも、せめて罪の無い人に害を為さない使い方をというのは、人としてと魔法師としての鉄則だ。騎士団が時に人に向かって攻撃する魔法を使うのは、彼らが国を、他の人間を守る立場にあるから。

 道を外れた魔法師とは、それに外れる行いをする魔法師のことだ。自分の欲のために魔法を使い、また、人を傷つける。問題行動を起こす。国が認めて「魔法師」となるのだから、「魔法師」と呼ぶべきではないかもしれないが、良くない行いに魔法を使う者として「道を外れた魔法師」という呼び方は定着している。

 そのような道を外れた魔法師は、現在グリアフル国でも指名手配されている者がいるが、彼らは単独行動をとっているとされている場合がほとんどだ。それが今回、盗賊団ときた。珍しいはずだ。


「この国の魔法師なんでしょうか」

「どうだろうな。これまでの活動は他の国でってことは、他の国で人員が集まって作られた可能性が高いとは思うが……一人も入ってないとは言い切れねえな」


 入っていないといい、と思うのはその人たちが道を外れた魔法師である以上、ずれた考えになるか。そういったことをしていることに国内の者、国外の者は関係ないのだから。

 悪行は悪行、人が被る被害や迷惑に変わりはない。


「……盗賊っていうことは、盗むんですよね」

「そうだな。盗賊によって平民からか貴族からか、盗む対象は違うようだが、今回の盗賊に関しては城っていう例を聞いた」

「お城に盗みに入るなんて可能なんですか?」

「城の出入りは紛れ込んで入るのは意外としやすい。だがどの国にしろ盗まれる物の対象となる宝物庫の類いの警備はしてるはずだから……相当手練れなんだろうな」


 魔法を使える者で構成されているからこそ、魔法具や魔法石を盗むのか。上質な魔法石や魔法具があるのは、城ゆえだろうから。

 魔法具保管室に、盗賊対策として魔法避けまでされていたのは、むしろ魔法師盗賊団だからこそだったのだ。魔法を使って盗みを働く、と捉えることが筋だろう。


「宝物庫、魔法石保管室、魔法具保管室は今、侵入口と逃走路になり得る入り口、壁にかけて魔法避けで包囲してある。盗賊の力量にもよるが、まず普通は破れねえだろうな」

「噂であるといいですね」

「ああ、だがそこで面倒なのは噂だと、いつ厳戒体制を止めるのか分からねえところだ。出てくれとは言わねえが、動向は掴んでおきてえとこだな」


 魔法師盗賊団の情報は今のところ、他の国からやって来た人による噂のみ。肝心の盗賊の動きは、国内でまだ見られていないのだとか。

 何も起こらないことが一番だが、動きがなくては、現時点でいるのかさえも掴み取れない。

 どうやら魔法師盗賊団とは、厄介なもののようだ。







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