第15話 春の宴
竜の誕生の発表に、『春の宴』の会場の方々から喜びの声が上がった。今回会場の灯りの点灯役と共に発表の役目をしたエリーゼが階段から降りると、早々に華やかな色合いの中に飲み込まれていく。
今年の『灯火の娘』の少女もまた同じく。
一連のことは見終えたことで、この場全ての注目がそちらへ集まっている内にルーウェンは人目につかない場所へ移動することにした。
会場を出た、『春の宴』が始まれば人はいなくなった薄暗い廊下には、一人先客がいた。
「ゼロ、こんなところにいたのか」
先客は騎士団所属、同じ地位ということで同じデザインの正装をしたゼロ。開けた窓を横に、壁を背にするゼロも、ルーウェンに気がついて手を軽く挙げる。
「おうルー。お前も休憩か?」
「そんなものだが、いつからここにいるんだ」
「さっき。それまでは顔出してたぜ」
つまりここで会場を出るのは良くないとされる、灯りが満ちるそのときまで。
ルーウェンが横に行くと窓から温かい春の風が微かに吹いて、髪を揺らす。
「団体戦の優勝者がここにいてもいいのか?」
お互い様はお互い様にしても、『春の宴』には例年、武術大会の個人戦の優勝者と団体戦の優勝騎士団の構成人員が全員招待される。
ゼロが指揮した白の騎士団は団体戦で優勝した。今頃、優勝者はそれぞれ話題に捕まえられていることだろう。
「それが問題だよな。優勝はしてえが、厄介なものがついてくる」
すでに何回か捕まった後か、ゼロは辟易したような息を吐いた。
「家継ぐわけじゃねえのに、すぐに娘の紹介やら縁談がどうとかいう話されるしな。余計な世話だ」
「ああ……」
愛想笑いの一つもないであろうに、この男に結婚の勧めやらをする人は中々根性が据わっていると思われる。
この歳で、一番結婚を勧められる時期だとはルーウェンも身をもって知っているので否定はせずに苦笑いした。
「パートナー同伴してえな」
「アリアスを連れて来るのは俺が許さないぞ?」
壁にもたれてぼそりと言われたことに、窓の外を見ていたルーウェンは即座に釘を刺した。
それはゼロが一緒なら、悪い虫がつく心配はないだろうが、そもそもアリアスがしり込みするだろう。慣れていなければこういう場がある種の重い疲労を及ぼすことを知っている。
「しねえよ。アリアスはこういうの苦手だろうし、そりゃあ着飾ってるの見るならアリアス見てえけどな、それを不特定多数に見せるのは無しだろ」
「お前、駄々もれだぞ」
本音が。しかし当の本人は恥ずかしがってもいない自然と化したもの。
「ただ、普通こういうときは恋人と過ごしてえよなっていう話だ。何で俺は今アリアスに会えずにこんなことしてんのかって思う」
さらっとこんなことを口にする。
「……俺は今でも、数年前までお前がさっさと出ていきたいと言うことはあってもそんなことを言うとは思ってもみなかった」
「だろうな」
思わず今度はルーウェンが本音を溢すと、隣が喉の奥で笑うような音を立てた。
「冗談抜きで人生変わった自覚はある。何か、それまで何の意味もなく生きてたって分かったしな。柄じゃねえが、幸せってのはこういうことだって分かる」
それはルーウェンにも分かる気がした。ただし、似ているようで異なる感情だということも。
暫く、黙っていた。その間中廊下には誰一人として来ず、物音も遠くからのもののみ。音が反響するはずの廊下は、開け放された窓から音が逃げ、吸い取っていく。
並んで外を見て視界を共有するでもなく、壁に背を向け向かいの壁をじっと見るゼロと、会場と反対に月明かりのみで遥かに明るさの乏しい窓の外を見るルーウェン。
「なあルー」
緩く吹く風に馴染みそうな声が、言う。
呼びかけ自体はいつもの通りの口調だが、待つような、何となく改まったような印象を受けて、「何だ、改まって」とルーウェンは応じる。
「お前の妹取ってもいいか」
ルーウェンは瞬時に顔ごとゼロに向けた。
何も言わずにまじまじと見ていると、長い沈黙にゼロが視線を寄越した。
「何て面してんだよ」
残念ながら今自分の表情は見ようがないものだが、おそらく不意を突かれたか呆気に取られたか、とにかく同じような種類の表情をしているに違いない。
そんな気持ちだからだ。
急な発言に驚いたわけではなかった。それも少しはあるだろうが……。
「いや、許可を取られるとは、思わなかった」
「そこかよ。別に完全に許可取ってるわけじゃねえよ。お前がどう言おうと、結局俺は
そうだろう。けれどゼロはわざわざ言ったのだ。別に許可を取る必要は全くなく、勝手にするだろうなという性格のはずなのに。
それが何となく嬉しいような気がした。ルーウェンは何と返すかは決まっていたが、わざと笑う。
「まー、俺も取られるわけじゃない。兄弟子はいつまでも兄弟子であり続けて特別枠だからな」
「なんだよそれ」
「そのままの意味だ」
目が合ったまま、数秒。ルーウェンが真面目一色なことに、ゼロの方もつられたように笑う。「お前はそういう奴だよな」と力が抜け、半ば呆れが混じったようにも言い、笑った。
「一つだけ言うなら」
「言うのかよ」
「俺の『妹』を不幸にしたら許さないからな」
こんなことを言うのも、これきりかもしれない。『兄弟子』であることに関係なく、周りが口出しできる範囲も限られている。
だから言うことはたった一つ、それだけだ。
「するわけねえだろ」
妹を奪う男は不敵な笑みになった。
それを見て、彼で良かったいう思いが心の底から湧いてきた。
「ゼロ、お前で良かった」
「いやにすんなり行くと、気味悪いぜ?」
「俺が何言っても関係ないんだろう? それに本心だ」
ルーウェンは一息空気を吸い込んだ。
そして――
「頼んだ」
笑顔で、思いっきり肩を叩いておくと「痛えよ」と顔がしかめられたから、その顔に向かっても笑ってやった。
「まあ断られるかもしれないけどなー」
「おい」
「あながち冗談じゃないぞ。可能性は常に全く無いことはないからな」
「お前な……」
止めろと言いたげだ。
わざと言っている。これくらいはいいだろう。
「行きたいなら行ってもいいぞ」
本音を洩らしていた友人は、壁につけていた頭を浮かせた。何と言ったという表情だ。
「今行くなら貸しになるけどな」
そういえばアリアスは夜番だったが大丈夫だろうか、と見送ってから思った。
ゼロも知っているはずなので、思い出した辺りかどこかで出鼻を挫かれた形になって戻ってくることになってしまうだろうか。
これは全くわざとではなかったがゆえに、少し悪かったかなと思うと共になぜか心配になった。
「……ま、いいかー」
思い出すのが遅かった。
一人となったルーウェンは、自分だけでも会場に戻るとして、ゼロのことはどう誤魔化すかなと今考えはじめた。
ここでゼロを見つけたときには行ってもいいと言うつもりはなかったので、全く何も考えていない。貸しなんて言える状態ではなかったなと思うなりに、約束した以上はそれなりの時間姿を消してもやり過ごせる理由を捻りだす。まあ、それなりの時間で帰って来れば、だ。
ルーウェンは窓を閉めようとした手を止めた。その場にあったしんとした静寂が破られる。靴音が、会場へ向かう方から。
音に反応して若干意識を向けるくらいで窺っていると、暗い中から溶け出すがごとく黒衣を身に纏う姿が一つ。窓から射し込む月光に明らかにされたのが師で、失礼ながら来ていたのかと思った。
「何だルー、サボりか」
「『休憩』の方です」
些細な言い換えをすると、師は「休憩か。俺もこれ以降は休憩だ」と平然と言ってのけた。顔は出すという最低限は行ったので、離脱するようだ。
「時間通りにいらっしゃったのはそのためですか?」
「それは単にアリアスに起こされただけだ」
重い上着が僅かに鬱陶しそうな動きをした師が、中途半端に開いた窓に気がついて視線をやった。
外は建物内とは裏腹に静寂と微風に揺れる植物の音、歩く者も無し。変わらず取り立てて見るべきものは見当たらない。
「アリアスをゼロに取られる日が来そうです」
「取られる……ああそういうことか。この前無理だったところだろう。年齢がどうとかで」
「アリアスはもう成人しました」
この前というのは、一年以上前のことだろう。師は「そうだったか」と、本当にそこら辺の時間感覚はずれているのか、惚けたように言った。
「だからもう、アリアス次第ですね」
「反対か」
「俺がですか? いいえ」
ゼロに不満は全くないが、少し寂しくある。それだけだ。
決して関係は変わらない。けれど変化する面もあるから。取られる、という気分にもなる。
いつまでも側にいられることも、いることもあり得ない。現にアリアスが学園に行き、魔法師となったことで物理的な距離が出来たり会う機会も減少した。いつまでも師の元にいるとは考えてはいなかったから、元々予想していた道の一つだ。
しかしこんなにも早く手を離すことになろうとは、数年前までは思いもしていなかった。もしもの将来の可能性は考えても、まあ中途半端な男にやるつもりは毛頭なかったのだ。そもそもまだまだだろうとも思っていた。
そこに突然現れたのは、予想もしていなかった姿だ。あれからは早何年か経つのか。
人と関わる上で立つ位置や関係は色々あるが、これから一番アリアスの側にいてその手を取るのは間違いなくゼロだ。
そして、アリアスは隣で笑っているだろう。それはとても、望ましく嬉しいこと。
「師匠はいいんですか?」
アリアス自身がどれほど知っているかは別として、この師も結構な過保護である。大事にしている。
親のような気分になったりするのだろうか。
師は思案もそこそこに、「俺が口出しすることではないだろう」と言う。
「軟弱者であったならこんな奴を選ぶかと多少思うかもしれんが、まあ及第点だな」
辛口である。
ルーウェンは吹き出しそうになった。何だかんだ、差異があっても感じるのは同じといったところか。保護者の位置からずっと成長を見ていれば、当然なのだ。
「ゼロが、あれの安寧を約束出来ると言うのならいいだろう」
紫の眼は、春の月が大層大きな夜空を見ていた。
ルーウェンも「そうですね」と呟き、微笑んだ。全てはその点に。願うのは、大きくなる過程を見てきた女の子が幸せになること。
ゼロは絶対にアリアスを不幸にしない。
「俺はそろそろ戻ります」
ゼロの不在もあることだ。戻らなくては。
「師匠は休憩というのは、部屋に?」
「その辺りの部屋にいる」
道理で魔法で飛んでいないわけだ。
自らの所有する部屋ではなく、その辺りの部屋に引っ込むつもりであるようなジオは、やろうとしていたことを思い出したかのように歩みを進め始めた。
すれ違い、起こされた風が、止まる。師が立ち止まったことを感じ、見送ろうとしていたルーウェンは振り向く。
「エドモンドに会ったぞ。お前を探しているようでもあった」
背をこちらに向けた師は一言置き、また足を前に。ルーウェンが背中に向かって「師匠」と呼ぶと、止まる。振り向きはしない。構わず、ルーウェンは話す。
「師匠が以前、俺にケサルという町の名前を教えてくれたときがありましたよね」
アリアスの故郷、ルーウェンが実母を探しに行った町であり、ルーウェンとアリアスの母のいた町。
「あれは父に聞いてくれたものですね」
一息に尋ねて口を閉じると、一拍の静けさの後――
「どうだろうな。忘れた」
師は、廊下を歩み、暗い中に溶けていった。
最後まで背中を見送ったルーウェンは静かに微笑んでいた。
「そうですね。少し、昔のことですから」
独り事のような声は消える。
ルーウェンは師が歩いていった方とは反対の、会場の方へ足を踏み出した。
父と母、それから来ると聞いていた弟を探そう。
***
アリアスが目覚めた後、ルーウェンは父親と顔を合わせた。アリアスの回復の報に「本当に良かった」と安堵の表情をした父は、ルーウェンを見て、おもむろにこう話をはじめた。
「ルーウェン、私がアリアスちゃんを娘にという話をしたことがあっただろう」
「……? はい」
「あの話を進める気はないかい?」
父公爵が、過去にアリアスにかけたことのある誘い。娘にならないか、とまるで自然に言うそれを、ルーウェンはいつも不思議な心地で聞いていた。
アリアスには実質家族がおらず、ルーウェンが大層可愛がっていたから出てきたものだろうなという程度に捉えて見ており、また実現することはないことだと、複数の観点から無意識に判断していたためだ。
その話が今、出されて少し惑う。
「あれは、その場だけの冗談ではないんだよ」
優しく考えを諭すような口調に全く冗談ではないことが窺えることが、より戸惑いを強くさせる。
「ルーウェン、アリアスちゃんを隠す必要もなく本当に妹にして、家族になる気はないかい」
ルーウェンは、言葉の意味することを理解して、青の目を驚きに染めた。
「父上…………いつから」
それを知っていたのか、と掠れる声を前に、エドモンドは息子を落ち着けるように穏やかに、優しげに微笑む。
「アリアスちゃんを、初めて見たときからだよ」
予想だにしなかった答え。それではもう十二年ほども前からになる。
頭で全容を図りかねたルーウェンは、考える。
アリアスを見てとは自分とアリアスを見て、ではなくアリアスを見て、か。アリアスがエドモンドに初めて会ったのは、第二王子であるフレデリック繋がりでルーウェンが知らない内にだったはずだ。
今ルーウェンにあるのは、焦りやそれに類するものではない。様々な疑問だ。
そのことが分かっているように、父は付け加える。
「アリアスちゃんの故郷は南部の小さな町だね。ケサル、という今は人々無き町。その町に昔、私も行ったことがある」
「父上が、ですか」
なぜ、と疑問がまた一つ。
「陛下が時折足を運んでいた町であったからだ。……ごめんね、ルーウェン。ルーウェンが実の母親を探していたことを私は知っていたんだ」
またルーウェンは、驚いた。あれは、あのとき限りのことで誰に言うこともなく終わったことであったつもりだった。
しかし聞けばそもそも事前に師が、言ったのだという。
「産みの母親を探していると聞いて場所を言った。教えてあげて欲しいとね」
今となってよく考えると、あの師がそんなに細かいところまで元から知っていたとは考え難い。エドモンドから聞いて、ルーウェンに教えた。そしてルーウェンは。
「会えなかったんだね」
「……はい」
「ルーウェンを産んだ女性のその後については、私も大まかなことしか分からない。関わらないことになったからね。こちらからも、あちらからも。だが大まかな動向は把握しており、結婚したとは聞いた。……それからのことは追わず、子どもがいたとも知らなかったよ。――アリアスちゃんには、とても面影がある。ルーウェンと、アリアスちゃんを産んだ女性の面影がね」
だから分かった、と。
「父上、」
「アリアスちゃんは、間違いなくルーウェンの妹だよ。うん、完全に確かめる術はもうない。でも関係ないだろう? ルーウェンはアリアスちゃんのことが大切なことに変わりはなく、私から見てもそう見える」
関係ない。大切なことに変わりはない。
自然と音にされた言葉に、胸が詰まった。ルーウェンはそれにたどり着くのに、時間がかかった。
ルーウェンのその様子を別の意味で捉えたエドモンドは、知っていたことを明かして、その上で改めて話を戻した。
「そのことを、アリアスちゃんには言っていないのだろう。混乱を招くまいとしたね。今言う気もないのだろうね。
だからこそ、アリアスちゃんと家族にならないかい。書類上のみの表面上だけの関係とはならないはずだよ。ルーウェンはとてもアリアスちゃんを大切に思って、見ているのだからね」
父は、本気だった。
あり得そうであり得ないとばかり思っていた提案が現実味を帯びると、実に、魅力的すぎる代物であった。今さらに血の繋がりは伝えずとも公に兄妹となる方法。
おそらく父は、今回ルーウェンが目が覚めないアリアスを心配していた様子で、改めてこのような提案をするに至ったのだろう。
――けれどほどなくルーウェンは首を横に振った。
「いいえ、父上。それはアリアスにとって幸せになる部分もあるかもしれませんが、苦労する部分の方が多いと思います」
なぜルーウェンは元は実現することはないことだと判断していたのか。それは単純に家の環境だ。
ハッター公爵家の養子になるという意味。
貴族になること。例え魔法師であるとしても、相応の貴族関係に巻き込まれるということ。公爵家の名を背負うこと。
もしもアリアスの了承が得られて養子縁組みが実現したとしても、アリアスには負担になることは目に見えている。大きな理由が、これだ。
「それに、俺は現状に満足しています。不確かな可能性の話を伝えることが出来なくても――血の繋がりは些細なことです。大切で、家族であることに変わりはない。そうですよね」
エドモンドは青い瞳を細めた。「そうだね」と。
そのとき、ルーウェンは今言わなければと思った。父に、家族に、ずっと抱えていたこと。家を出てから答えを見つけたこと。自分がすべきなのは、これだ。
「父上、話したいことがあります」
「何だい?」
「俺が師匠に弟子入りする前、父上と話したことが、ありました」
話題にするのは、十年と何年振りか。否応なしに緊張させられた。
「あったね」
「そのときのことを、ずっと考えていました」
昔、自分の出自を知り、今の師に弟子入りする際に父親と話し合ったあと。一つの決断をしたはずが、ずっと引っ掛かり続けることがあった。
「俺は、父上も母上も弟も家族ではないとは思えませんでした。血が直接繋がっていないのに、父上が俺のことを息子だと言ってくれて、嬉しかった。家を出て、魔法師となったのはあのとき話した理由に嘘はありません。今も、それは変わりません。家は俺が継ぐべきではない。理由はそれ以上でもそれ以下でもありません。でも、距離を置きたかったのだろうと思います。一度――選んでしまえば一度と言っても、この先長く距離が出来てしまうことは分かっていましたから」
魔法師になるというのはそういうことだった。家を出る。家族と離れる。分かっていたからこそ、魔法師となることにしたという部分もあったのかもしれない。
「父上に話したことは、間違いだったのではないかと思っていました。父上は俺に変わらず接してくれる。俺もそれに安堵し、しかし、いつの間にか自分で引いてしまった線がありました。
家族とは何かと、分からなくなっていました。いえ、父上はそう言ってくれ、母上も弟も言うでしょう。俺もそう思っています。……思っていた、はずでした。分からなくなっていました。本当に、そうなのだろうかと。俺は違うのではないか、邪魔なものではないかと」
卑屈だったかと言えば、少し違うだろう。
ただ、ルーウェンは純粋に子どもであった時期を過ぎていた。何でもすんなり受け入れる子どもや少しませた子どもではなく、物を知り、判別がつき、世の中を知っていた。
ゆえに家を出たが、弟子入りしてから魔法師となるために修練を積みながらも、志も何もなかった。
「ある時、俺を産んだ――実母がどんな人か知りたくなり、町へ行ったところでアリアスに会いました。正直言って、アリアスと血が繋がっていようがいまいが俺は構いません。アリアスに兄であると言うつもりはなく、これからもずっと兄弟子と妹弟子です。関係ない。俺はアリアスのことが大切なことに変わりはないからです。……そう思って、分かりました。
親だと思い弟だと心から思えているのなら、血の繋がりは些細なことです。大切で、家族であることに、変わりはない」
愚かなことを考えていたと、そのときに分かった。
さっき、アリアスとのことで父が何でもない風に言ったことをルーウェンが悟ることが出来たのは、家から出て何年か経った後だったのだ。
「父上、俺は、――父上の息子であれて幸せです。そう思いながらも、父上が息子だと言ってくれていたのに……俺は距離を置いたこと、すみませんでした」
心境が落ち着き、気負いもせず心から以前のように接することが可能となっていたとしても、どこかで謝りたかった。
黙って全部に耳を傾けていた父は、伏していた目を上げた。
「ルーウェン、私たちの息子。これまでだってそうだった。それが変わったことは、一度もないんだよ」
父は、親であった。言葉を受け止め腕を広げた。
「いつでも帰っておいで」
――自分も、知らずに見守られていたのだ
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