第22話 もう一つの道
背後から生じた風も、自然に吹いたにしては不自然な、魔法の影響で起きた風。風の中心に立つ姿の長い後ろ髪が靡き、瞼の下からあらわれた紫の瞳が鮮やかだ。
「師匠……!」
ジオはアリアスがいることに微塵も驚いた様子はなく、むしろ探しに来て見つけたように歩み寄ってくる。
武術大会で突然の出来事が起きたが、闘技場にもおらず、そもそも王都を不在にしていた師。
その姿が急で、アリアスは驚きながらも師がいない間に色々ありすぎたことで次に紡ぐ言葉にまごつき、結局口からついて出たのは率直な言葉だった。
「師匠、どこ行ってたんですか……」
「これでも随分急いで来た方だ。――お前は」
結界魔法前に立ち止まったジオは、アリアスの隣にいる少年に目を留め、眉を寄せた。
「……入れ違いか」
「な、何です!?」
見定められ、思わしくない表情をされたセウランはビクリと震え、アリアスの後ろに隠れた。
「うぅ……やはり魔族なのです……長に意地を張らなければ良かったです」
「この人は大丈夫」
「分かっていますですが……」
「まあいい。それは後だ」
視線と話をばっさり切ったのは師であった。
「俺はルーから知らせを受け、一度王都に戻ってから概ねの話を聞きここに来た。竜に連れて来られたそうだな」
と、今度は灰色の竜を目だけで見上げた。
竜は微かに唸り、アリアスも見上げる。
そういえばどうして自分は連れて来られたのだろう。胴体の怪我を治させるためにしては、構わず飛ぼうとしていた。それとも、ゼロのためだろうか。
「何もしていないな」
「何も……?」
していないというより、出来ていないと言った方が正しい。
そうだ。どこに行っていたのかとかいう話をしている場合ではない。
「師匠、今、」
「ああ分かっている」
どうやらルーウェンに事情は聞いている。師であれば、この状況を打破することは出来ないだろうか。
アリアスが具体的なことをいう前に、悟ったジオは、あの崖の方に歩いていく。
アリアスも出ようとして……。
「セウラン、ここから出られる?」
「はい。今すぐです」
中からは出られない仕様だったらしく、竜が飛ぼうとして飛べなかったように白い壁にぶつかり、出られなかった。セウランに言うと、出られるようになり師の後を追う。
師の横に着く直前に戦いの衝撃で崖が揺れて、足元が覚束なくなりふらつくと、一歩横に踏み外せば崖の下というアリアスを、ジオは見もせず腕を掴んで止める。
「あ、ありがとうございます」
「あっちの様子もこれくらい造作もない状態であればいいとは思ったが……あれらは更地の範囲を広めるつもりか」
下で行われている戦いに、師は険しさを表した目をした。
地を削り、空気にまでも影響を与える激闘。遠目からでは姿は判別できても、両方がどのような状態にあるのかは見えそうにない。ただ力が弱まったり止まる気配は一切無し。
「思ったよりも深刻だな。こうなっては仕方がない。俺が止める」
止める。
アリアスは、すっとそれを言った師を見る。この師ならどうにかしてくれるかもしれないという思いは抱いていたが、一体どうやって止めるのかと思ってしまう。
「止めるって言っても、どうやって」
「魔族の方を引きずり――ここの境目を開くと厄介だからな、城まで行き境目を開く。その後の境目はどうにかしてもらうしかない」
「でも」
「そこの竜にでも手伝わせれば死なん」
境目を開くと言うのなら開いた後の境目のことも重要だけれど。
「サイラス様を連れて、境目を開いてどうするんですか」
「『あちら』に行き、俺が処分する。『こちら』に害をもたらすとはいえ、あれは『あちら』では生きられん。『こちら』で魔族が生き難いように『あちら』では人間と混ざりあった存在が生きるには厳しい」
「そんな……」
「それしか道はない。境目を開かず『こちら』で処分してしまいたいが、被害が尋常ではなくなる」
師の解決法でもそれしかない。
何も言えなくなったアリアスは、次に聞こえた呟きを上手く理解出来なかった。
「俺も帰り時だ」
「帰り時って、師匠……?」
「俺が『あちら』に行き、事を始める前に境目は閉じることが理想だ」
「それじゃ師匠が」
「だから帰り時だ。――俺もするからにはそれを受け入れよう。あるべき場所に還る」
だから帰り時とは、話の繋がりで思い浮かべたことが正解でいいのだろうか。『あちら』へ帰る。
境目は『こちら』と『あちら』が繋がる出入口。けれどそれは魔族が『こちら』に来ないよう、『あちら』の影響を避けるために封じ、閉じられている。従って師が『あちら』へ行き、境目を閉じれば師は戻って来られない。
そんなこと、思ってもみなかった。考えたこともなかった。
ジオが、アリアスに目を向ける。
紫の瞳が細められ、手が触れる。
「ゼロは、この場から敵が失せれば自力で自我を取り戻してもらえ。それくらいやってもらわなければ困る」
頭を少しだけ撫でた手は離れる。
反射的に追い、掴まえようと手を伸ばしたアリアスから一歩離れた師が、笑ったように見えたのは、見間違えだとでも言うのだろうか。
二歩目、三歩目、そして。
「いいか、お前はここから動かず、何もするな」
言いつけを残して、師は崖の先へ足を踏み出し――落ちた。
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