第3話 なついているの実態
「今、怪我人が増えてる頃だろうから医務室の方は忙しいでしょ」
「そうですね」
「特に白の騎士団」
「そうみたいです……え、前からなんですか?」
「正確に言うなら団長が変わってから」
武術大会が迫るこの時期、怪我人が多くなり医務室は忙しくなる。それはどうにも毎年のようだ。さらに偶々アリアスが違和感を抱いたこと、白の騎士団の団員が来る数が多いということは、何やら今年限定の偶然ではないらしい。
誰に変わってからとは聞くまでもないことだろう。今の団長、ゼロだ。
「そんなに、変わるものなんですか?」
「別に、怪我人が莫大に多くなったっていうことではないようで、ただ全体の怪我人の割合を一番多く占めるようになったというだけというのは、聞いている。……学園にいたときも、模擬戦練習で一番怪我人出るのが彼の指揮する組だった。反対に模擬戦本番では一番怪我人が少なかった反対に相手の怪我人はすごかった」
「ええぇ……」
「単純な熱血では全くない。でも、やるなら勝つっていう感じだからなおさらそうなる」
ディオンはゼロと学園時代の同期。これまでの限られた情報から薄々分かっていたことだが、ゼロの学園時代は苛烈すぎたようだ。
昔を思い出す目付きで、ディオンは半ば呆れたように言った反面、こうも続ける。
「模範的な『優等生』というわけではなかったけど、圧倒的に『リーダー』だったから。あの出世は当時の騎士科の同期からしてみれば、そういう意味では納得なのかもしれない。……それに、白の騎士団には血の気の多い面々が集まってるなんてこと、聞いたこともあるからそのせいかもしれない」
ディオンと時に雑談しながら歩く道の先には、上から見ると円形の巨大な建造物。あれは普段は竜が降りてくる場になっているが、これからある武術大会の会場ともなる場だ。一年の多くは竜と魔法師騎士団と竜に関わる魔法師のみしか立ち入らない場所が開かれ、人が大勢やって来る。
しかし今日はまだ単なる竜の降り立つ建物。そこへ先輩魔法師複数人と雑談までして急がず、いつもよりゆっくりと歩いているのには理由がある。
「ファーレル、もう少しだよ」
子どもの竜を連れているからだ。
キュウ、と返事してのそのそと歩く竜は途中寄り道しそうな空気を醸し出しながらも順調に着いてきてくれ、建物の中に入ると、新しいものを見つければ大抵そうするように物珍しいのか周りをきょろきょろ見はじめた。
その場にはすでに竜が三体降りてきていた。子どもの竜と歩いてきたから、少々あちらの方が早かったようだ。
アリアスは今日は竜の体調を確認するために来ていることと、目的地が同じなために子どもの竜を他の竜と会わせるために連れて来る役目の一人となっていた。
「よし、後はファーレルの好きにさせておこうか」
「不用意に近づいても大丈夫ですか?」
いつも屋内屋外でさせているように竜の好きなように、という言葉にアリアスは共に来た魔法師を見上げる。
「人間と違って子どもの竜の方が丈夫だからね。それに、竜達も傷つけてはいけない存在だと分かるのではないかな」
魔法師の中でも年齢を重ね、前回の竜の育成の際もいたという男性魔法師は心配ないと言うように微笑んだ。
「そうですね」
人間が竜の無意識で尾に飛ばされようと打ち所が悪くなければ死ぬことはない。ファーレルは子どもとはいえ、人間よりは余程丈夫だ。
竜の下に潜り込んで踏まれるような危険を犯さなければ、大丈夫だろう。
「……ファーレル、他の竜の下に潜りこまないようにしてね」
はらはらするのは嫌だ。それだけ守ってくれるなら、アリアスは離れたところで心置きなく体調確認が出来る。
「ああ、また降りてきたね」
人が乗っているときには降りる合図の笛の音があるが、竜たちが巣からこちらへ来たときには合図は風と翼の音のみ。そして、それに気がついた地上の人間の声。
大先輩魔法師の声に起こる風が全身に感じながら空を仰ぐと、竜がまた一体地に降りようとしていた。
ファーレルを連れて来たのは、他の竜に会わせるため。
子どもの竜が飛べるようになるのはこれからだ。
竜とは空を翔ぶ生き物。
ファーレルも外で遊んでいるときや、屋内でも時折翼を浮かせていることがあるから、本能で飛び方は知っているのかもしれないけれど、竜が飛んでいるところを見れば学ぶこともあるかもしれない。
それに、他の竜に会わせるタイミングも早すぎるということはない。人の手で育てなければならない反面、長く人間だけに囲まれていることは良い影響とはならないだろう。
……と、現れた竜が地上に降りるまで眺めていたら、近くにいる存在が離れていないことに気がついた。
てっきり好奇心旺盛なこの竜はすぐに駆けて行ってしまうかと思っていたのに。不思議に思って視線を下げてファーレルの方を見ると、竜は前方に何体かいる竜に興味は引かれている様子で橙の瞳を釘付けにしている。
「行ってもいいんだよ」
声をかけてみるとこちらを見て、また前方を見る。しかし、行く気配はない。行きたいけど、どうしようか躊躇い迷っているみたいな感じ。
まさか、竜に対しては人見知りならぬ竜見知りだったりするとか……。
「初めて見る竜に緊張しているんでしょうか……?」
「生まれてから人間ばかり見ているからね」
「……あ、行きました」
自分と同じ存在だとは分かっていないのだろうか、と考えているとファーレルは歩きはじめた。
行き先は前方、大人の竜がいる方で、あちらも近づいてくる子どもの竜に首を巡らせる竜がいる。
また、初めて子どもの竜を見るであろう騎士団の団員たちが歩く竜に視線を引き付けられ、道を開ける。
「じゃあ僕らは仕事に入ろう」
「はい」
竜が離れていったことで、外に出る竜のお守り当番でここに来た先輩魔法師たちが壁際に寄って竜の動向を見守る体勢に入る。
アリアスは本来の当番である竜の体が健康であることを確かめる仕事へ。早速役割分担して、担当の大人の竜の元へ向かっていく。
途中見た大人の竜に近づいていく子どもの竜の姿は、頑張っても抱えきれない大きさに成長したので大きくなったと思っていたが、大人の竜と比べるとやっぱりまだまだ子どもなのだとアリアスに改めて実感させた。
竜には今日も異変はなく、良いことだ。
本日二体目に任された竜の元へ行くと、そこには竜と触れ合う人がいた。あれだけ触れ合えるのは、大概彼らが選んだ魔法師しかいない。
「アリアス」
「ルー様、おはようございます」
「おはよう」
高い位置から顔を下げてきていた青い竜の頭を撫でていた兄弟子が、近づいてきたアリアスに気がつき、微笑みを向けた。
「今日は子どもの竜が来ているんだな」
「はい。まだ魔法で包んでいる状態ですけど、魔法石を下げて外にも出るようになったので、他の竜に会わせに行ってもいいんじゃないかということで」
子どもの竜はまだ人の手で世話をしてやらなければならない。しかし大人の竜が子竜のいる建物に来られない以上は、子どもの竜から行くことになる。
飛べないから、歩くべきではなく飛んだ方が早い距離を長く歩くことになったけれど、いつも外に出るにしても建物近くまでなので、ちょっとした遠出になって竜は気にした様子もなかった。
アリアスは青い竜を入念に診ながらも、自然な感じで距離を置いたルーウェンの言葉に答えた。
そういえばファーレルは今どこにいるのだろう、とすっかり仕事に入っていたアリアスが思っていると、キュウキュウ、キュイギュイと微妙に異なる鳴き声が聞こえてきた。つい声を頼りに姿を探して少し様子を窺うと、子どもの竜は一体の竜を見上げて一生懸命何事か伝えているようで微笑ましい。
周りの他の魔法師も微笑ましいと書かれた緩んだ表情をしていて、皆して子どもを見守る親のような眼差しだ。
「さすがに小さいなー」
大人の竜との体の大きさがよく比較されている光景をルーウェンも見ているようだ。
「竜の成長が見られるのはとても貴重なことだな」
「そうですよね」
思えば、そうなのだ。
竜の卵が来ることは人生の間で一度はあっても二度三度はあるかどうか。記録によると卵が来る数は昔々と比べると減り、開く年数も増えているようだ。
野生の竜がなぜ人間の元に卵を運んで来るかは分からないが――昔共存していたからだろうかとしか推測しようがない――野生の竜の数も減っているのだろうか。
その問題は置いておいても、今竜の成長を一から見られることは貴重以外の何ものでもない。
いずれはあの竜もこんなに大きくなるのだと、アリアスは目の前の青い竜を見上げる。
「こんなに大きくなるんですよね」
「そうだな。こちらから簡単に撫でられるのは今の内かもしれないぞ?」
大きくなれば、竜が頭を下げてくれるかしなければ手が届かない。
「なつかれているのは、相変わらずなのか?」
「一応、はい。……どこが気に入ってくれたのかは未だに全く分からないんですけど……」
孵ったその時からいるわけではないし、昔から動物に特別好かれた記憶はないので不思議な心地だ。
そのせいか、いくら竜の自然な行動で転んだりしてもなつかれて嬉しくはいはずはない。
それに、最近他の竜にじっと視線を向けられて、目が合うようなのはもしかしてあの子どもの竜の影響だろうか。匂いや気配がついていたりなんて……最近と言っても、ちょうど初めて子どもの竜にのし掛かられたときくらいだったと思うので、おそらくそうなのだろう。
「竜にも好みがあるから、単にアリアスのことが気に入ったんだろうな。見る目がある竜だなー」
「何ですかそれ」
後半までも本音で言っているようだから、アリアスはちょっと呆れつつも笑ってしまう。
「でも竜に選ばれると今の生活が変わってしまうから、それだけは心配だな」
「いえ、ファーレルはそういう感じで私を見ているようではないんです。ゼロ様も言っていました」
「ゼロが? そうか……」
「アリアス! 後ろ気をつけて!」
「――――え? ……っ」
注意喚起の声は背後から。
先輩の声で、緊迫感のある調子に何事かと振り向く前に何物かによる後ろからの衝撃に息が止まった。
「――アリアス」
ルーウェンの驚いた声が耳を通りすぎている間に、アリアスは衝撃に耐えきれずに前のめりになる。
今回は地面に転んでしまう、と身体の平衡を取り戻せないまま――視界に紺色が映りこみ、ぶつかって止まった。
転倒は未遂。
打った額に僅かな違和感は抱えながらも視線を上げると、青い瞳と目が合った。
「大丈夫か?」
「す、すみませんルー様」
顔からルーウェンに突っ込んでしまった。
抱き止めてくれたルーウェンはアリアスの様子を確認してから視線をその背後にずらしたので、アリアスも振り向く。
衝撃を受けた直後に、最近身に覚えがありすぎてこんなことをしてきた正体は直感的に分かっていた。
後ろには白い竜がいたのである。
「ファーレル!」
「後ろからは駄目じゃない!」
たぶん止めようとしても間に合わなかったと思わしき先輩達が慌てて駆け寄って竜を叱る。
だが竜は何事もなかったようにキュウキュウと啼いて、アリアスの腹に頭を擦り付けてくる。
さっきまで他の竜のところにいたではないか。そちらはどうしたのか。
「いたはずの場所にアリアスがいなくて、周りを見たらいたから、かくれんぼ的に『見つけた!』って感じだったかな」
アリアスに怪我がなかったことで、まるで母親を探す子どもだとのんびり解説してくれた先輩は、一瞬後。
「もしかして、俺たちに足りないのは母性か……!」
などと変なことを言い出した。彼は竜を熱狂的なまでに愛している魔法師の一人である。すぐに隣の同僚の女性魔法師に「何訳が分からないこと言っているの?」とあしらわれてしまった。
「これ、もっと体が大きくなるまでに止めさせないと、アリアスが洒落にならない怪我することになるかもしれないわよね」
女性魔法師があしらってから冗談が一欠片もない表情でぽつりと言ったことを想像すると、本当に冗談にならなくて、アリアスは笑えなかった。
「アリアス」
「はい」
「怪我は、しないようにな」
『なついている』の現状を目の当たりにしたルーウェンに、大真面目に言われるのも無理はないかもしれない。
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