第25話 帰還が意味すること






 空は時刻とは裏腹に、夕陽の赤にも近い色に染められているとは言い難かった。

 季節が冬になれど王都に何日も続いて雪が降ることは珍しくそんな風に降るとしても短期間。その期間が始まるのだろうか。外は雪が降りそうに寒く、見上げた空には片側から雪雲らしきそれが流れてきていたのだ。

 夕陽の光は、地上には辛うじてうっすらと届いている状態。いつ消えてもよいくらいに、うっすらと。


 竜の降り立つ巨大な建造物には騎士団の団員が十名ほどと、エリーゼにちょうどの人手と連れて来られたディオンとアリアスがいるばかり。

 団員はいずれも引き締まった表情をしており、エリーゼも思えば数十分前に会ったときから唇に笑みはなかった。ディオンは元から落ち着いた表情なのでそのまま微動だにせず前を向いている。


 この場には異様なくらいの静けさが満ち、雰囲気もピンと張り詰めたものだった。

 微動だにしないのは何もディオンだけではなく、全員がそうで、アリアスはその空気を感じて緊張していた。

 急いでここに来てからろくに動いていない。手にしている馴染みつつある記録用紙を胸に抱え込んで、同じようにひたすらに待つ。

 

 いつもより不自然に、ぎこちなく息を吐くと、息は白く色づいていた。消えないように周りを透明な材質で囲んだ灯りを吊り下げる持ち手を握り締めている手が、寒さもあって固まりかけていることに気がついて、こちらもぎこちなく指を動かす。

 城どころか王都の外での任務のために離れていた竜。その任務はおそらく、ゼロが行ったはずのもので、そして……。



 突如、高い音が鳴り響く。


 この場にいる者ならきっと一度は聞いたことのある、竜が下に降りてくるという合図の笛の音。静寂が端まで行き届いていた場所にはとてもよく響き渡り、人の動きが静止していたからか実に唐突で、アリアス含め地にいる全員がほぼ一斉に空を仰いだ。

 顔に感じたのは今まで止まっていた空気の動き。夜に近づくにつれてより下がる気温の中吹いた風は冷たく、微かなそれから一気に強くなる。

 何ものかによって起こされる大きな風が一際大きくなり吹き付けて目をつかの間閉じ、開くとその何ものか、巨大な姿が空に現われていた。


 大きな翼で巨大を浮かせ、この場に降りてこようとしている竜の身体の輪郭が徐々に明確になっていく様を、風に負けずにいくらか目を細めて見守る。

 薄く橙色を映した鱗の色はよく見ると灰色、ヴァリアールだ。最初は竜の巨体で隠れていた、竜に騎乗している姿も下に近づくにつれて見えてきて――


「全員離れろ!!」


 地上の見守る空気を再度張り詰めさせたのは、上からの声。

 ゼロの声だ、とすぐに分かった。でも、吹き荒れる風に流されずに響かされた声は荒い。

 壁際から離れようとしていた団員の動きを止める力を持った声で、それだけで様子がおかしいとは誰もが感じただろう。

 アリアスにも、普段の余裕がある声には聞こえなかった。


「……何だろう」

「何か、あったんでしょうか……」


 隣にいるディオンの呟きが辛うじて聞き取れた。アリアスもどうしたのだろう、なぜゼロはあんな風に制止の声を上げているのだろうかと異変を感じながら見上げ続ける。


「降りても絶対近づ――」


 再度届けられようとしていた声が途切れたのは、他の音にかき消されたから。

 竜が啼いた。

 翼を羽ばたかせ、まだ宙にいる竜が牙を露に開いた口から発したのは激しく重い大きな音。これと比べると子どもの竜の啼き声がどれだけ甘いものだったのかよく分かる。

 前触れなく否応なしに聞かされたそれは、単に大きいでは済まない耳障りと感じる音で、もはや凶器。耳を塞いだ動作をした姿が視界の端に映った。


 しかし、アリアスの手は動かなかった。竜の声をもろに捉えた鼓膜に震え痺れている感覚が表れても、声の衝撃に目を見張り竜の姿を見るばかり。

 その先で、竜はドスンと地が揺れるほどに乱暴に降りて鳴き声を収めた。


「……耳がおかしくなるかと思った」


 隣から苦虫を噛み潰したようなディオンの声が聞こえたことから、アリアスの耳はあれだけの音をぶつけられても正常に動いているらしい。けれど、耳がどうかなっていなくともなっていたとしても今はどちらでもよかった。


「ヴァリアール、どうしたんでしょう……?」


 やはり目を逸らせずに前を見たまま言葉を溢した。

 ゼロの様子がいつもと違っていたのではなく、ヴァリアールの様子がおかしいのだ。

 地に降りた今、それは確信に変わった。

 灰色の竜は一度つけた足のうち、前肢を浮かせ地に叩きつけるように落とす。降りたときより余程酷い地響きが起こり、壁際にいるアリアスの足元まで揺れて、アリアスは軽くよろめく。


「分からない、けど、どうも普通ではないみたいだ」


 以前、竜に耐性がある人材を見いだすためにヴァリアールが暴れていたときがあった。そのときはあくまでも『わざと』。ヴァリアールだけを見てもわざとだったとは分からなかったのだが、ゼロの様子でわざとだと察した。

 だが、


「ヴァル!」


 現在、ゼロは声を張り上げ竜の名前を呼んでいる。決して余裕は見られず、そんな声ではない。

 一方の竜は足は地についているが激しく首や尾を振り乱している。何かを嫌がり、全身で振り落とそうとしているようだ。


「何をあんなに……」


 まさかゼロを振り落とそうとしていることはないはず、そう思ったときだった。


「あ……っ!」


 アリアスは息を飲み、咄嗟に手で口を覆った。


 ――竜の首の付け根辺りにあった姿が降り飛ばされた


 言うまでもなく、そこにいたのはゼロ。

 竜から離れ、宙へ、地面へ。

 落ちたところなんて見たことがないこととそんなことを予想もしていなかったから、衝撃的すぎて、端から端まで思考が凍りついた。

 竜の上から離れていく姿が地面に吸い込まれるように落ちるその瞬間も、見たいとは思うわけはなく目を塞いでしまいたくあったのに、瞼まで凍りついたように動かなくて――。

 竜から振り落とされたゼロの身体が地面に落ちた。叩きつけられた感じはせずに、転がり、勢いを利用して身体は立ち上がった。


「ヴァル落ち着け!」


 立ち上がったゼロは直ぐ様竜に向き合い、何事もなかったように竜に声をかけはじめた。


 一連の流れを見ていたアリアスではあったが、最悪の事態が頭に過っていた影響でゼロが立ち上がって出す声を聞きながらもしばらく呼吸が戻らなかった。

 彼の姿を凝視し続けて、ようやっとふっと安堵の息が口から出る。


「……良かった……」

「何があったかは知りませんが、これは落ち着くことを待った方が良さそうですね。ゼロ団長の言葉も聞かないどころか振り落とすとは、ますます通常の状態ではありません」


 どんなに悪ふざけのような行動をしても、必ずゼロの言うことだけは聞くヴァリアールが、未だにゼロの声に少しも落ち着かない。

 それどころか彼を振り落とすという異常すぎる行動をしたことで、エリーゼが警戒の意を表した。


「それにしても、単に興奮しているだけとは見えませんね」

「そうですね。何かに怒っているのでしょうか?」


 ヴァリアールの様子を分析しようとしている二人のやり取りは、こんな状況ではさすがとしか言いようがない。

 しかしアリアスには怒っているというよりは、嫌がっている感じに思える。さっきの声だって何かを訴えるようで。

 滅茶苦茶に荒れる竜の尾が地面を抉り、土塊が飛んだ。アリアスがいる場所とは全く違う方向に飛んだそれは、壁にぶつかる。

 視線だけで追った土塊の末路に、こちらに飛んでいたらと思うとぞっとする。


「おや、隅に寄っていても安全とは思えませんね。一度出ておきましょうか」

「そうですね」

「い、いいんですか?」

「わたくしたちにヴァリアールを鎮める術がない以上ゼロ団長に任せ、せめて怪我はしないようにしなければ。出ますよ」


 迅速で的確な判断をしたエリーゼがそうと決まればとばかりに、きびきびと出入口へ足を向ける。


「さあ」

「は、い」


 促され、エリーゼの判断が適切と分かっていても意識は灰色の竜の方へ引かれるもの。暴れる竜の一番近くで、真正面から声をかけ続けている姿にも。

 ヴァリアールがゼロを傷つけるとは思えない。思えないが、竜が一歩足を踏み出せば届く位置。一抹の不安が滲む。

 それくらいに尋常ではない様子。あまりにも動いているので竜の背に乗っている荷がずれて今にも落ちそうだ。竜と比べると小さいにしても、人間からするとけっこう大きな塊に見えるそれは側面に吊り下がり、


「う、わ……」


 叫びにも聞こえる啼き声とともに、またも地面に叩きつけられた前肢の衝撃でアリアスは歩みを阻まれる。

 啼き声と地響きの音は同時に消え、代わりにこれまでとは異なるガヂャンッと酷い音がした。固定していた紐かベルトかが切れてしまったか緩んだか、とうとう荷が落ちてしまった。





 その瞬間だった。灰色の竜の動きが落ち着いた。

 激しく首を振り、牙を剥き、鉤爪を地面を突き立て、尾を振っていたことで風を切る音と絶えず地面に何かしらがぶつかる音が失せていた。


「……あれ……?」

「止まった?」

「止まってます、よね」


 あまりにも急で、静かになった印象を受けた。

 拍子抜けした気分に陥り、アリアスがディオンやエリーゼと出ていこうとするのを止めて背を向けた方を見る。

 すると竜はふるふると軽く首を振り、嫌なものが取れたことを確かめているよう。首を振る動きをやめると、その首を後ろに巡らせる。

 巨大な身体を向け橙の瞳が向いている先はおそらく落ちたばかりの荷。もしやあれがヴァリアールの気に障っていたのか。


「相当気に入らなかったのかな」

「そう見えますね……」


 つける位置が嫌な感覚を及ぼしていたということ。だとしてもゼロがそんなミスを犯すだろうか。

 引っかかる点がありながらも、落ち着いたことは確か。竜から目を離す余裕が出て周りを窺うと、全員が落ち着いた竜を注視している様子があった。全体的に警戒はまだ解けない空気が漂う。


「……どうする、行くか?」

「だがまだ団長が何も言わない。それに、また暴れださないとも……」


 近くの団員たちは竜の動きが収まりを見せたことで、改めて側に寄ろうかどうか迷っている。


「ヴァル、そのままだ。動くんじゃねえぞ」


 全員の注目を集める中央では、自分の声でも落ち着かなかった竜がやっと落ち着き、ゼロが全く警戒を解いていない鋭い声音で言っている。動いていた最中は彼とてさすがにそれ以上は近づけなかったところを、歩み寄っていく。


 ヴァリアールは首を巡らせたまま動かない。

 彼らの距離が縮まる。

 竜の視線は動かない。

 ゼロが竜を宥めるために手を伸ばす。

 竜が口を開く。


「――止めろ!」


 誰よりも早く竜の意を察した人の制する声を、竜はまた無視をした。


 子どもの竜と比べると、全て大きな鋭い歯が並ぶ口が大きく開かれ、そこから吐き出されたものがあった。

 視界が、目を刺激する眩しいほどの橙に支配された。

 竜の口から吹き出す炎は開かれた口の何倍もの大きさで前に飛び出し、視界どころかその場を全部照らす巨大さ。感じた熱さは本物か、錯覚か。


「ヴァリアール!! 止めろって言ってんだろうが!」


 これまでで最も大きく厳しい怒気しか込められていない声が竜が尾を叩きつけるよりも強く、こちらの身がすくむくらいにぶつけられると空間から橙色が薄れ、消えた。


「な、に……」


 この場で何度目か分からない驚きに襲われたアリアスは、炎が出た途端に跳ねた鼓動を抱え声を溢した。

 いきなり、炎が出て、消えた。

 あっという間のことで、確かに橙色が吐き出される光景を目にしたのに見ていたものが現実だったのか脳が判断しかねている。

 視界に鮮やかな色の名残がみられるということは幻覚ではないということ。ゼロの方へ顔を向けた竜の閉じた口、尖った歯の間から炎がちろちろと洩れているところを見るとますます現実意外の何物でもなかったのだろう。


 どこか不服そうに見える竜に繋がる革のベルトを握ったゼロがその場を移動し離れるように命じ、竜は渋々ズシンズシンと移動を始めている。後ろを気にしているように見えなくもない。

 炎を吐くまでして、一体何がそこまであの灰色の竜の意識を逆撫でしているというのか。


 何が。と思って、竜の気に障っていたと見られ炎が向けられていた荷を探すと、『荷』は変わらず地面に転がっていた。

 あれがそんなにも、でも、ただの荷物なら……


「え……」


『荷』が動いた。

 黒い、大きな荷物。

 いや、『ただの荷物』だと今の今までアリアスが思っていたそれが明らかに起き上がった。


「ひと?」


 それが「人」であったとどうして思えただろう。

 アリアスは予想外のことに動揺してきていることが分かっていた。なぜなら、ただの荷物だと思っていたからこそそれまでその『荷物』に起こっていたことは気にならなかったのだ。

 荒れる竜の側にも関わらず緩慢な動きは身体に重りでもついているみたいな動きで身を起こしたと予想はしても、黒く覆われていてどのような状態かは全く見えない。


「あの人、大丈夫でしょうか」

「……どうだろう。中々の高さから落ちたことと、竜の炎に晒されたことでどうなっているかは分からない。起き上がれているということは、死んではいない証拠で重体でもない。竜の炎でどこがどんな影響を受けたかはここからは見えない……まさか、人だとは思わなかった。エリーゼ様、行っても?」

「ええ、怪我人がいるのであれば先に。ヴァリアールのあの様子では体の調子を診ることはもう少し後の方がいいでしょうから」


 団員も、竜がようやくゼロの言うことを聞いたことで動いても良いと判断した模様。ゼロの元へ行く者、黒い布に覆われている人物に向かう者。


「どうしてあんな風に覆われていたんでしょうか……本当に人だとは思いませんでした」

「竜に乗せて怪我人を運んで来るからかもしれない。何しろ上空は寒いから、この季節では特に」

「なるほど……」


 自分の出した白い息。動きはじめたはいいがすっかり固まってしまった身体は動かし辛い、忘れていた冷えた手の冷たさにも影響している気温の低さ。地上でさえこれ、遥か上空は寒いと聞くから……。

 あれ? 荷物は人であった。それは予想外すぎた事実ではあれど、何がそんなにも竜の意識に障っていたのかはそういえば……。


「二人共、待ちなさい」


 後ろからエリーゼの声がかかってディオンが止まり、アリアスも一歩遅れて止まる。


「エリーゼ様、どうかされましたか」


 ディオンに習い振り向くと、エリーゼが珍しくも眉を寄せていた。


「確かに空から帰って来るのであればあのような重装備はおかしくはありません。しかし、拘束される謂れはないはず」


 拘束と聞いてアリアスは右手の身を起こしている黒い塊に目を向け、凝らす。

 竜にくくりつけるためにあったものとは別に、黒い塊自体を取り囲む鎖が存在を主張していた。


「用心して近づけよ。その前に、拘束解けてねえか確認しろ」

「はい!」


 もう十メートルほど先、その人物を頭からすっぽり覆い、全貌を隠していた布がずれる。


 ――忘れていたのではない、ゼロが何をしに行ったのか。彼が帰って来るということは同時に示されることがあると思考が及んでいなかったわけではない


「任務での捕縛対象を連れて帰還すると聞いていました。拘束されているということはただの怪我人ではありません」


 雪雲がいつ空を覆いきったのか、記憶にない。視界に、雪が一片過った。


「サイラス、様」



 ――サイラスの捕縛に成功したという事実。ただ、一緒に戻ってくると考えることは無意識が避けていたのか。



 黒い布が捲れて、見えた顔の半分。

 伸びっぱなしの焦げ茶の髪に隠れた顔の表情までは見えず、目も隠れている。間違いようもないサイラス本人を目にして、アリアスの心はどのように動いたのか。動くまで至るほどに状況を理解していなかったが正解だろう。

 名前を紡いだ呆然とした声が他人のもののように耳に届いてきた。


 地面から身を起こした彼の頭から完全にずれ、肩に引っ掛かった布。布の上から巻きつく鎖が衝撃によりどこかの位置で切れたのか竜の炎で溶けたのか、緩んでジャラと音を立てて地に垂れる。


「団長、拘束が解けているようです!」

「拘束解けてんのかああさっきのでか……ヴァル動くなよ! ――対象の意識を奪え!」

「はい!」

「殺すなよ!」

「はい!」


「二人共離れなさい」


 エリーゼの方が近くにいるはずなのに、カシャン、と前方で生じた違う音の方が鮮明に聞こえた。何が地に落ちてそんな音を立てたのか、アリアスがいる位置からは見えなかったから分からない。

 団員達が臨戦態勢に入る中、巻き込まれないようにと強く命じたエリーゼの言葉には足が反応せずに、視線も固定されていた。

 その間にもサイラスに完全に近づく前に命令を受けた騎士団の団員の一人が、二人、三人、早くも同時に魔法を放つ。いくつもの攻撃魔法がサイラスに向かう、そんな光景が目の前に。

 アリアスには信じることが難しく映ったこんな光景は、


「うぐ……!」

「ぐ……っ」


 数秒後にはひっくり返った。

 強い魔法がいくつもの魔法を撃ち破り、相殺だけには終わらず団員を凪ぎ払う。起こった風がはらはらと降り始めた雪をアリアスの元に連れてきた。

 小さな雪越しに、目を離せずに見ているばかりの人の口元が弧を描き、弧は嘘だったように直ぐ様消える。見間違いか、そうであればいい。こんな時に似つかわしくない笑みを浮かべるような人ではない。


 団員が吹き飛ばされた直後、離れたところで竜が啼く。続けざまに地を叩く音。


「団長! ヴァリアールが……っ」

「放っとけ!」


 混乱、混沌。

 場が、竜が暴れていただけのときより余程複雑化した状況に一変した。


「おいそこ団員以外下が――」

「アリアス下がって!」


 たぶん、ゼロはすぐそこまで来ていて。聞いたことのない大きな声を出して促したディオンはアリアスの腕を捕らえかけていて。団員たちはさっきより高威力の魔法を準備していて。


 サイラスは。


 中央付近で団員を吹き飛ばしたことで警戒を強めた彼らにより距離を取らせた彼は。立ち上がりはせずに、少しも動いていないように見えた。だが違う。


 ずっと見続けていた。だから見逃さなかった。

 頭のどこかが察知したのか。アリアスが誰よりもその魔法を頻繁に使う師の元で長く感じていた慣れで、感覚で察したのかもしれない。どの方法にしろ彼が何をするつもりなのかが分かった瞬間、出てきた思考があった。

 ――駄目だ

 逃がしてはいけないと思ったのかどうかは分からない。

 思うと同時に足は地を蹴り、踏み出した方は下がるように言われた後ろではなかった。

 前に一直線だった。


「離れろ!」


 新たな魔法の光が弾けたそのとき、アリアスは目の前にあった布の黒が塗り潰される前に手を伸ばして、


「アリアス!!」


 視界に新たに過りかけていた雪は、かき消えた。







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