第22話 相応しい者
「遥か昔から受け継がれてきた王族の血筋に伝わる結界魔法。それが使われているとなれば陛下にも話を通さなければならないとは思ってはおったが……」
老人は、横にいる男を横目で見た。
「あまり
「そうは言ってものお、分かってしもうたことじゃ。事が事じゃから悠長にはしてはおれず、より事を進める前にわしらには報告の義務がある。それに――おぬし、もう知っておったじゃろう」
ジオは前を向いたままだった。
*
ジオとアーノルドが二名のみで行き、通されたのは城のとある一室。
中には数名の召し使いが立っていたが、誰よりも存在感を放つのはゆったりと椅子に座る王の姿。ジオとアーノルドが椅子に座ると、召し使いが湯気の立つお茶の入ったカップを置き、物音をさせずに退室した。人払いが予定されていたのだ。
「さて、地下の境目の件だろう」
「そうだ」
「結界魔法が使われているという話であったから、その話か」
用件の詳細は伝えられていなかったものの地下の境目の件は伝えられていた王が言うと、ジオが頷き、その後アーノルドが早速話に入る。
「古い文献を読み解いた結果、この地に境目を一つ封じ、人が請け負うことにしたとの内容を僅かに確認致しました。太古の昔、『悪しきもの』を追い払い、かの世界とこちらの世界を隔てた際に閉じきることが出来なかった境目。この地の境目を封じたのは――」
「私達が受け継ぐ結界魔法だな」
大昔、最初に魔法を得た人間が『邪悪なもの』に対抗するために編み出した魔法。その人間こそが魔法師の走りとも言われる存在にして現在の王族の祖先であり、その王族の血筋が受け継ぐ魔法こそが他の者には表れない結界魔法。
「その通りです。境目を封じるには人が持つ魔法の力の中で唯一可能であり、竜が他の境目を封じるにあたり人間側も一つ封じを請け負うことにしたことでこの地に境目が存在しているようです」
膨大な量の文献の中から数文にしか満たない記述が見つけられたのは、古いものを優先に読み進めていたとはいえ、奇跡に近い。
「すでにこれまでに数度封じのやり直しは行われていると思われますが、最後に行われた時は定かではありません」
「詳しい方法のほうはどうなっている」
「詳しい方法の記述はまだ見つかっておりません」
「そうか。……いずれにせよ結界魔法を使うことには変わりはないな」
「はい」
「それならば行う者は王族から出すべきだな」
王は、実に自然な流れでその言葉を口に出した。
手始めに進捗報告を行っていた老人が口を開こうとすると、その前に王が続ける。
「その責務は伝えが途切れているとしても、元から王族のものであるはずだ」
「確かに、そのようにされてきたと」
「王族が為してきたことであり、これからも背負うべきもの。そうであるのならば……」
「『そうであるのならば』どうする。王であるお前が背負うと言うか」
「そうするべきだろう」
黙していたジオが言うと、王が迷いもなく返す。
しかし、ジオがまた言う。
「やろうと思って誰にでも出来るものではない」
感情が薄い声が言えば、時として突き放す言い方に聞こえる。
「この地の境目は、どうやら北にあるものより小さい。ゆえに人の手で事足りている」
王を見ずに遠い土地を思い出すようにその向こうの壁を映していた紫の瞳が、王の姿を捉える。
「だからといって生半可な力で封じは出来ない」
「つまり」
「封じを行う者は命まで全て差し出すことになるだろう」
境目の封じには力の最後の一滴まで、命までも注ぐまでしなければならない。
「細かい方法はまだ見つかっていないとアーノルドが言ったが、力の全てを注いでもまだ足らず、共に命までその身全てを捧げて封じたとだけは書かれてあった。だが結界魔法を使える誰でもが『全て』を注げば封じを出来るということでも当然、ない」
交差する視線を僅かとして外さないままにジオは一度言葉を区切った。
「相応しい力が必要だ」
「――そなたたちが今日持ってきた本題は何だ」
不穏な内容に王は表情に深刻さを濃くさせて問うた。
「境目を封じた地どころかその上に城を建てたのは、封じる術である結界魔法を持つ王族がその役目を全うできるようにだろう」
「そうだな」
「お前が言った通り過去には王になった、もしくは王になるべき立場にあった者が封じを行った可能性は特に高い。推測できる理由としては生まれる順番が一番早く、役目を全うできる可能性が高いからだ」
グリアフル国は古来より王位から貴族位まで長子継承、相続制である。
「もしこの国が長子継承制でなくとも関係はなく、相応しい力を持った子どもは一番早く生を受けたはずだ」
「……境目の封じをするために、か」
「無論だ。境目の封じが解けはじめるとき、その前に封じを可能にする人材が生まれるのは必然。そのときに備えて最もそうするべき位置に生まれる、言わば『仕組み』になっているのだろう。封じを行う者を決めるのは俺たちではなく、とうの昔に決まっているということだ」
「私は第一子ではなく、特に大きな力を持っているとは言えない。そなたが言うことを考えるに私では力不足であり、他に相応しい力を持った者が生まれて――」
封じをするための条件を自分に当てはめ呟いていた王の声が、急に途切れた。何かに気がついたようにわずかに瞠目する。
その様子が見えていないように、王の言葉さえもなかったように無視してジオは話を重ねる。
「そして現在再び境目を塞ぐべき時が近づき、境目の封印が弱まる時に近づいたときに相応の力を持つ『魂』が引き寄せられ、生まれ落ちた」
「……」
「当たり前のように城におり、いつそのときが来ても備えられる
生まれはした。と最後を言い換え、ジオは口を閉じた。『何か』に気がつき動揺が表れてしまっている王を静かに見る、その先で、
「――まさか」
王は、その名を口にした。
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