第8話 重なる不可解







***



 二日前、サイラス=アイゼンが姿を消したことで再度の緊急の会議が開かれていた。逃亡間際に一人、アリアスに危害を加えて逃走したこともすでに伝えられていた。


「アリアスちゃんがか……怪我の具合はどうなんじゃ」

「命に別状はありませんわ。傷は魔法によるものでしたわ」


 サイラスにつけられていた魔法封じの腕輪が壊れていたことも報告され、さらにアリアスの傷は魔法によるものだった。魔法封じの腕輪は庭で完全に壊れたと分かり、だがその前にすでにいくらか綻んでいたと思われべネットを襲うことは可能、逃亡前に重ねられた行動により可能性は高まった。


「目撃者はおらず事は広まってはいません」

「そうか。……まったく逃げおって、可能性が高まったのお。ゼロ、追跡及び拘束任務の指揮を続けよ」

「はい」

「出来る限り早く捕まえるのじゃ」

「力を尽くします」


 言われなくともゼロに任務を降りるつもりは微塵もなく、そうしてやるつもりだった。





 会議の前にすでに人手を放っていたゼロは騎士団に戻る前にルーウェンと話した。場所は会議室から出て少し離れたところまで来た、手近な未使用の部屋。

 会議のときから一見落ち着いた様子で今も行動は荒くなく壁にもたれたゼロではあったが、中では依然として怒りが褪せず怒りで変になりそうだった。

 アリアスがまだ目覚めていない事実が感情をより荒げ、生々しく記憶に残る彼女を染める血の色が感情を冷めさせない。

 たとえ何かに当たったとしてもどうにもならないだろう、感情。だからといってこの時点で思考を放棄することは愚かである。


「足取りは?」

「まだだ」


 半日。

 空間移動の魔法で消えたサイラス=アイゼンの足取りの情報はまだ入ってきていなかった。

 空間移動の魔法を使える魔法師で通常考えられる距離としては、相手が単身かつ自らの魔法力を使い魔法力が消耗していると考えると可能な限りの距離を行っていようと馬で追いつける範囲内になる、はず。目撃証言や痕跡が時あまり経たず見つかれば。

 ――未だに見つかっていなかった。

 これだけは焦っても見つかることを待つしかないので余計に嫌になる。団長という地位柄一番上での指揮が仕事であり、この段階で身軽に現場に行くわけにはいかないので、今ゼロに出来ることは少なかった。報告を待つ。これにも苛立った。


 部屋の壁にもたれきったゼロは腕を組み床を見ながら切り出す。


「大体あれは何だ」

「何だ、ってサイラスさんのことか?」


 それ以外にないだろう。


「魔法がおかしかった。感覚でしかねえが、あれは……」

「師匠に聞いた。サイラスさんは、」

「いや、魔族じゃねえんだ」


 ゼロは先に否定した。

 考えていたこと、怒りが充満する中でも考え続けていたことだ。サイラス=アイゼンと相対し魔法をぶつけたときの違和感、全てそれについて。

 抑えられていて微々たるものだがゼロの中には確かに竜たる感覚があり、本来の竜は自分たちと魔法を身につける魔族には敏感だ。

 ゆえにそのとき人ではない部分があれはこのままでは危険だとおかしいと訴えてきた。その違和感は後からゼロに魔族ではないかと考えを浮かばせてきたのだが……


「魔族ならここにいられるはずがねえだろ。それに色が違う」


 魔族はこの地の魔法を受け付けない、からこの地には害がなさそうな例外を除けば単身では降り立てない。

 それに魔族と仮定するには魔法の色自体もだが、髪と目。あの男サイラスはこの国には多い色合いの髪色と目を持っていた。魔族とは思えない。

 では、と他の可能性を考えてみるに魔法の違和感を置いておくとすれば前例がある。かつて隣国の将軍が魔族に身体を貸し、力を借りるという出来事があった。


「前あったみてえに憑かれてるってことか?」

「そうだとしても憑かれてるのならそれはそれで実際に見たから師匠が分かったはずだと言っていた。憑かれているのではないそうだ」

「つまり?」

「よくは分からない、と」

「分からねえだ?」


 本当は魔族だったジオ=グランデ。黒い髪を持ち、その瞳が赤に変わり黒い魔法を放ったところも見た。

 魔族なら魔族同士分かるものもあるだろう、しかしその存在もまた近くで対象を見たはずなのにやはり魔族であるとは思わず分からないという。ただ魔族に身体を貸し、魔族の力を借りているという推測が潰された。

 しかしゼロ自身の感情が波立ったとき身体の奥底から湧き起こったあの感情は――結局はそこに戻るわけで、あり得そうな可能性が潰されたゼロは納得しきれない。


 そこで観点を変えてみようと、思いついたことがあった。


「ルー、お前はジオ様が魔族だって本人から聞いたのか?」

「いいや」

「お前の感覚ってことか」


 遥か昔、竜と共に生き最初の魔法を手に入れた人間――魔法師の走り。特有の結界魔法は『悪しきもの』を退けたという。

 その血筋である王族たちは『悪い』ものを見分ける感覚を持っているというのだろうか。可能性は、ある。


「概ねそうだ。……聞きたいことは分かったが先に答えておくと分からなかった、だ」

「魔族と感じることもなかったってことか?」

「俺は昔から何も、サイラスさんにはそう感じたことはない。が、憑かれていて分かるかどうかは俺にも分からない。……だがどのみち師匠もお前も俺も魔族とは思えず見えず、そして師匠は憑かれているのではないとは断言に近い形で言った」


 魔族とは思えず、魔族に身体を貸しているわけでもない。


「なら、あれは何だってんだ」


 見かけだけは魔法も見た目もおかしなところはなかったのに、純粋なる人間である可能性はゼロの中では低いものになっていた。感覚は無視できない。だからそんな言葉が出た。

 結論が出ず、苛立ちで背を預けている壁を蹴りそうになる。


「ゼロ、念のため聞きたいことがある」

「んだよ」

「直接自分で行くつもりなのか」


 サイラス=アイゼンを捕らえに。主語は言われずとも伝わった。ゼロは下を見たまま答える。


「見つかってない今の段階ならまだしも、実際捕らえに行くってときは俺が行ってもおかしくねえだろ。どうせさっき会議終わった後ジオ様が珍しく残ったのは魔族かどうかは知らねえが、不可解な存在だってことをアーノルド様と話すためなんだろ」

「おそらくな」

「元々の実力に加えて得たいの知れない要素が加わるならアーノルド様から万全を期すべきと判断されて俺に行けって命令が出てもおかしくはねえ」

「ゼロ」


 咎める調子で名を言われたのでゼロは床を見ていた目を上げて、ルーウェンを視界に入れる。青い目とすぐさまかち合った。


「行って抑えられるのか、今そんな状態のお前が」

「殺すぜ」


 ゼロは即座にそう返した。

 抑えられるのか、という問いに抑えられる抑えられないのではなく、抑えるつもりがないと。

 普通に行ってもおかしくはない要素を声だけ聞いていては淡々とあげてみせたが、内心の感情がこの会話の間で冷めているはずがないのだから。


「許せそうにねえからな」


 灰色の目は見た人を卒倒させそうなほど殺気を込めた目つき。

 何としてでも探し出し、殺してやる。

 考えを包むことなく言ったことで咎めそうな様子を見せるルーウェンより先にゼロは続け反対に聞き返す。


「お前はどうなんだよ、ルー」


 妹弟子を大事にし過ぎる節もある男がこの事態で心穏やかなはずはない。

 いくらあちらとも面識があろうとそこは変わらないはずだ。どうして制そうとするのか、ゼロには甚だ分からない。


 すると会議中からもずっと真顔だったルーウェンの顔がわずかに変化、崩れた。

 視線がずれて、また戻る。


「怒っているし正直アリアスが目覚めていないことを思うとどうにかなってしまいそうだけどな…………サイラスさんはアリアスにとっては身近な存在だったんだ。俺にも接点はあるが、こうなったからには俺にとってはアリアスの方が大事だから関係ない。だが、アリアスは違う。俺にも突然だった、でもあの子にとってはもっと突然だったろう……傷つけられてだからといってすぐに割りきれる人間は少ない」


 彼は同じように怒っているようだったが、怒りきれてはおらず違う複数の感情が混ざり邪魔をしているようだった。

 混乱、心配。

 怒りたいが、妹弟子の心中を思うとやりきれなくて邪魔をすると。


「よりにもよってどうしてアリアスを傷つけるんだ……」


 隠すどころではない、とルーウェンが苦しげに呟いた。





 そんな友人を前に本当に嫌になる、とゼロは思った。

 どうして彼女を傷つけた。他の誰かであれば良かったという話でもないが、どうして知った人物を。あの男自身の師にしろアリアスにしろ。


 不可解な点が重なるばかり。






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