第17話 勝手



 ここのところ忙しかった。そのせいでゼロが一段落ついたときには何日も経っていたことになっていた。

 おまけに恋人の姿も見ないし、彼女も彼女で生まれたばかりの竜の夜番に駆り出されでもしていたら生活が不規則になるだろうと、自分を騙しながら溜まるストレスをやり過ごしていた。

 しかし思ったよりも早く限界が近づいていることとさすがに長すぎないかと、ともすれば竜の育成の責任者にでも文句を言いそうなくらいになった頃、ゼロは恋人の兄弟子をちょうど捕まえた。

 いや自分が会っていないのに兄弟子とはいえこの友人が会っていたら、もっとストレスが溜まるかもしれないと思ったが聞いた。


 ――事が発覚した。アリアスは病の広がっているという南部に行ったという


 後悔したことこの上ない。ゼロが自分を納得させている間に事は進んでいたというのだから、本気で、やっていられない。



 *



 アリアスの両親がすでにこの世にいないことはゼロも知っていた。離れていた時期の方が多いにしろ、知り合いすでに二年だ。直接聞いたのではない。自然に察知するだろう、彼女の環境を思えば思い当たる。


 揃いも揃って過保護な師弟だ。ルーウェンの話を聞き終えたあとのゼロの感想だ。

 だがそれは一部にすぎない。そんなことどうだっていい。過保護で全く妹弟子離れ出来ていないルーウェンの行動は普段は呆れるばかりだが、今回ばかりは過保護結構むしろそれ以上を発揮してくれても良かった。


「……」


 ゼロは自分の部屋に帰って来ていた。ルーウェンの話を聞いたあと、何も言うことができなくなって出ていって今に至る。


 聞いたのは、度の過ぎた心配ととれるかもしれない発言だった。

 長雨降り続く時期に辛い思いをしたから王都にその兆しあれば王都から出す。トラウマめいた反応が起こるのであれば致し方ないだろうが、聞いた限りでも兄弟子である男が案じていただけのことだった。

 聞いた者によっては正気かと笑うかもしれない。そんなことないかもしれないだろう、見てみなければ分からない、そんなに避けさせることこそ逆効果になるのではないかと。

 ゼロもそのひとつを思った。冗談だろう、と。事実であったことは様子ですぐに分かったから言わなかったが。


 それよりも、だ。

 アリアスの思った以上の過去に驚いた、彼女がその過去が作用して治療団に加わったことも理解した。

 だが。


「言いに来てたら絶対止めてた……」


 部屋に入ったばかりの場所から動かずにドアに背をつけ、ゼロは息を吐く。

 片手で顔を覆う。思いが氾濫している。


 もっと早くに気がついて彼女の耳を塞いでしまえていたならよかったのに。

 気がつきようがなかった。自ら志願して行くことなんてないだろうと思い込んでいた。

 それでも塞いでいれたならよかったと思う。何も聞こえなくして、病のことなんて知らずそうしたならばこんなことにはならない。

 自分勝手すぎる。そうだ自分勝手だ、認める。彼女に関してのことならばどうやってもこうなってしまう。

 流行り病の中心地に行く? そんなこと耐えられるはずがない。

 治療専門の魔法師だ。そんなこと知ったことか。

 黙って行ってしまった恋人に、はじめて怒りにとても似た感情を抱いた。こんな日が来ようとは。


 握った手を後ろに叩きつけた。感情をぶつける先が分からなかったからだ。


「ああくそ」


 恋人が恋人の心配をして何が悪い。

 それなのに何だこの状況は。自分の手で守るどころではない。それが不可能な状況ではないか。

 どうにもならない。事実が感情を逆撫でする。


「待つしかねえとか冗談だろ」


 冗談じゃない。感情を爆発させたって現実がどうこうなることはないので感情を押さえ込んで言った。


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