第2話 薬作り
騎士団において怪我の度合いは大なり小なりであるが、怪我人は毎日のように出る。
騎士団専属の治療専門の魔法師は騎士団が訓練しているその場にいるのではなく、それ専門の建物に常駐している。
学園のときとは訓練量と内容が違うらしく、よく一年目の団員が運ばれてきたり来るところを見る。
しかし現在、その建物内の怪我人を治療する部屋ではない別の用途のある一室にアリアスは他何名と共にいた。
「あ、マリーそれ違う」
「え、うそ!」
「葉の先が微妙に黄色いから別物だと思う」
「ほんとだ! うわーなんか学園でも間違えたことあった気がする……危なかったーありがとアリアス」
「これ、すごく簡単な部類のはずだけれど……よく卒業できたわね」
「ひどい! イレーナ」
「冗談よ」
薬を作ることを目的とされた部屋。
三つの大きな長方形の机と壁際に大きな戸棚。中には色々な器具が見え、下の中が見えない収納部分には鍋などが入っている。窓は換気が効率的に行えるように大きく、廊下に出るためのドアの他に隣接する部屋に直接行けるドアが二つついている。
その机のひとつで作るように指定された紙に書かれた調合法に従い、薬を作っているところだった。
三人で交代交代に役割分担を回り、今はアリアスは薬草をすりつぶしてイレーナが鉢をおさえ、マリーが順番に薬草を鉢の中に入れるという分担だった。
学園の医療科においては薬を一から作る方法も学んだのは知識として知っておいた方が良いということ以前に、仕事としてあったからだろう。
この薬を作る仕事は頻繁に行われるものだ。
もしものときに備えて城の医務室にも騎士団にも十分な量の薬が揃えられているが、新鮮さを保つため。薬によって良い状態で保存できる期間が異なるため、自動的にこまめにすることになるのだ。
薬作りを城の医務室と騎士団が別々に行うというわけではなく、外に別途ある建物ということで両方から人員が裂かれて一度に作り分け合うということになっている。
「アリアス大丈夫? 変わる?」
「まだ大丈夫」
「そっか、じゃああたしそろそろ鍋用意してくるね!」
「ありがとう」
必要な薬草を全てすりつぶしたあとは全て煮込むという工程であるので、マリーはぱたぱたと戸棚の方へ走っていった。
以前に一度鍋を引っ張り出す際に中々大きな音を立ててそのとき先輩に怒られていたことを思い出したが、大丈夫だろうと思うことにした。
「それにしても作る量が違うわよね」
「そうだね」
学園にいた頃、生徒に学園の医務室で使う用の薬を作らせるなどということはなかった。学生の本分は勉学、そして授業で学んで作る量は作っても数人分だった。
それに対し現在作っているのは簡単な工程だが、使用頻度の高い薬なので作る量が多い。
アリアスもそろそろ薬草をすりつぶす腕が疲れてきたというのが本音だが、もう少しだ。
しかしながら、まだ作るように言われている薬はもうひとつあるので、この分では今日の仕事はほぼこれだけで終わるだろうなとアリアスは鉢の中身を大きな入れ物に移す。軽く小山である。
薬草を順番に鍋に入れ終えて紙を見て残りの作業を確認する。
「あとは時々かき混ぜて、焦がさないように気をつけるだけ。だね」
「焦がすと全て無駄になるわね、きっと」
「うぅ思い出される学園での黒焦げ事件……!」
「あれはマリーが火加減間違えたこととそれに慌てたことが原因だったわね」
「みるみる内に煙が黒くなっていったの覚えてる」
「何で二人とも傷を抉るの!?」
そんなつもりはなかったが、つい思い出したことをアリアスがイレーナに続けて口に出せばマリーが悲痛な声を出した。
「マリー、ちょっと声大きいわよ」
「あっ、ごめん」
イレーナがしー……と静かにするようにというしぐさをすると、マリーがはっとしたように自らの手で口をふさぐ。
部屋の残りの机には他にも同じように薬を作る魔法師がいる。
人に使うものであるので、失敗は許されない。いずれも真剣で慎重に、ミスをしないように気をつけている。
換気のために開けた窓の近く、火を焚いている上に鍋を置けるようになった場所の前に椅子を持ってきて座った三人はマリーだけでなく口を閉じた。
「ここ、任せてもいい?」
しばらくしてからそう言ったのはアリアスだった。
「いいわよ」
「ありがとう。じゃあ私、次の用意してくるね」
「今くらいゆっくりすればいいのにー」
「ゆっくりしすぎるからマリーは焦がしてしまうのよ」
「うっ」
「ここは任せておいて、マリーと一緒に見ているから」
にこりと笑って何事もなかったように言ったイレーナに頷いてからアリアスは椅子から腰を浮かせた。
*
向かったのは部屋内のドアで繋がる隣の部屋。壁が全て引き出しとなり乾燥させた薬草類、つまり薬に使う植物が管理されている部屋だ。天井近くの引き出しに手が届くように専用のはしごも取りつけられている。
入れ物を手に部屋に入ったアリアスはドアを閉めて見た中に人がいることには驚かなかったが、「あれ?」と思い足を止める。
部屋の一番奥でこちらに背を向けているのはアリアスと同じ服装で、女性。
「クレア様?」
その女性の後ろ姿にアリアスは尋ねる形で名前を口にした。
「……アリアス」
木の幹を思わせる落ち着いた色の髪が揺れて、振り向いてアリアスの姿をその目に映して名前を呼んだ。
「久しぶり」
分かるか分からないかくらいに静かな笑みを浮かべたのは思ったとおり、城の医務室勤務のクレアだ。
「お久しぶりです」
アリアスは止めていた足を動かしてクレアの元まで行った。
「もしかして、隣の部屋で薬を作っている?」
「そうです」
廊下側からも入れる別のドアがあるので、彼女はそっちから入ったのだろう。
アリアスの肯定の言葉を聞いたクレアはここに来た目的は明らかなので、アリアスに作業するようにと促した。
アリアスもありがたく持ってきていたメモに書かれた材料を引き出しに書かれた名前を見て、引き出しを開けて取り出しはじめる。
その傍ら、クレアが紙をいつの間に見たのかどのみちわずかにしか見ていないはずなのに正確に薬草を取って入れてくれる。
「ありがとうございます」
「いいの」
「でもクレア様もここに薬草を取りに来られたのではないのですか?」
「そう、私は薬の点検をしていたら古いものを見つけたから、滅多に使わないような薬だったから作っておこうと思って。勝手に思っただけで急ぎではないから」
薬の難易度によりやはり任されるのはある程度年数を重ねた魔法師にとなる傾向にある。その「滅多に使わない薬」というのはおそらく複雑な工程があったり、扱いの難解な薬草類を使ったりするものだろう。
暗に気にすることはないと答えたクレアはまた一束の薬草を入れてくれた。
なんだかクレアだけで揃えてしまいそうなので、アリアスは自分の手を動かすことにした。
「……もう配属先には慣れた?」
「はい」
「それなら、良かった。でも」
「クレア様?」
「騎士団」
ぽつりとクレアは呟いた。
「本当に、残念」
アリアスが治療専門の魔法師といえば思い浮かべる、色々基礎を教えてくれてもいた女性。
アリアスが医務室に配属希望にするということは彼女にも伝えていただけに、そのときはアリアスの勘違いでなければ嬉しそうに微笑んでくれたものだ。
それで今、残念がってくれている。
「困っていることはない?」
「困っていること、ですか?」
「そう、何でもいい」
思い当たることはとっさにはなくて、黄色みを帯びた茶色の種を小分けされた袋ごと取って、引き出しを閉めたタイミングでアリアスは一旦止まる。そして再び言葉を吟味して考えるが、やはり思いつくことはない。
「ないです」
「危険があると思うけれど、怪我はしていない?」
「はい」
「……竜に尾をぶつけられそうになったと聞いたけれど」
「え、どこでそれを」
あまりに驚いて、紙に落とした目を瞬時にあげてクレアを見る。
「そんなことになるなんて……」
「だ、大丈夫だったので怪我もしなかったので」
「心配。本当ならそんなことになるはずはなかったのに」
それよりどこでそのことを。そっちの方が気になるアリアスである。
兄弟子か、兄弟子だろうか。
同じくその場にいなかったはずのルーウェンがどこから聞いたのか――これはゼロである可能性が高いが――本当に怪我がないかどうか何度も聞かれたことを思い出したがために、思ってしまった。
ない話ではない。ルーウェンもクレアとは繋がりがあるのだから。
「そんなことを言っても仕方はないけれど」
ふう、と嘆息したクレアが驚きの拍子に彼女の方に向いていたアリアスに身体の正面を向けて向き合う形になる。
「もしも、怪我をしたら来て」
「は、はい」
正式な魔法師となっても過保護なもので、アリアスは複雑やらそれでもどこかくすぐったい気持ちやら。
彼女の中ではアリアスはいつまでも子どものままなのかもしれない。兄弟子と同じく。
いつの間にか、薬の材料は揃っていた。
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