第4話 配属先



 騎士団団長たちによる何かありそうなやり取りの意味は、その日分かった。竜を見た、五日後のこと。



 治療専門の新人魔法師の正式配属先発表の日がやって来たのだ。医務室ではなく何もない広い部屋に全員が集められており、一人一人名前を呼ばれて一枚の紙を渡されていく。

 アリアスも周りと同様に前に出て女性の魔法師から紙を受け取りまた戻り、紙をぺらりと見ると。


「要相談……?」


 希望した通りの配属先が記されているわけでも、希望を違えた配属先が記されているわけでもなく、黒インクでではあるが走り書きされた存在感ある一文が。だが、意味が汲み取れない。


「おおぉぉ騎士団配属された!」

「皆希望通りにはいってるみたいね。……アリアス、そんなに見てどうかしたの?」

「う、うん」


 周りが各々喜んでいるとき、アリアスは戸惑いを隠せない。そのせいあって怪訝そうになったイレーナがアリアスが目を離せない紙を同じ方向に回って覗き込もうとし、アリアスも紙を見せようとする。しかし、それより先に全員に紙が行き渡り、静かにするようにと注目するようにとの指示が飛んできて中断。


「配属は明日から適用されます。全員今日の担当に戻るように」


 決定された配属先は明日から。手短に言い渡され、部屋に集まっていた者は次々と言われた通りに動きはじめる。

 アリアスは人が周囲を流れていく中手元の紙をもう一度見て顔を上げると、全体の新人指導にあたっていた魔法師がちょうどこちらを見た。


「アリアス」

「はい」

「あなたには少し話があります」


 呼ばれたアリアスはこの配属の紙に書かれてあることだろうと分かり、緊張した面持ちで人波の流れに逆らった。





 全員が退出している最中、呼び出されたアリアスはドアで繋がる隣室に移動していた。

 さっきまでいた部屋より一回り小さい部屋ではあるが、やはり物というものが何もなかった。ただ、一人、ぴたりと身体に沿う服装により身体の曲線がよく見てとれる女性が窓際に立っていた。

 巻いた長い髪が窓からの太陽の光に透け、より豪奢な印象を受ける。服装は軍服、と一瞬判断してしまったが違う。騎士団専属の治療専門魔法師の中でも、アリアスが現在身につけているようなものではなく、制服が異なる。騎士団の軍服に寄ったデザインの衣服。その衣服を身につける人々の役目は。


「エリーゼ様、連れて参りました」

「ご苦労様、ありがとう」


 入ってきた人の気配に気がつき窓から離れた女性がそう言うと、アリアスをここまで誘導してきた魔法師はドアから出ていった。

 ドアが閉まる音がした頃に女性は正面までやって来た。


「こんにちはわたくしはエリーゼ」

「はじめまして、アリアスといいます」


 手を差し出され、反射的にとる。顔の造りも華やかの類、つまりは美人でその赤い唇に笑みが乗る。背の高さは靴が踵あるブーツであることあり少し見上げるくらい。長い睫毛に縁取られた目がアリアスをじっと見る。観察しているようでもある、視線。

 一分ほどか、その間ずっと握られたままであった手が離れる。


「ここに呼ばれた理由に心当たりは?」

「配属のことだと……」

「そう。遠回しなことは時間の無駄なので率直に言わせていただくわ」


 はい、とアリアスはギリギリ声になる相づちを打った。どうも独特のスピード感だ。


「あなたには騎士団の竜に関わってもらいいたくて呼びました」


「要相談」という理解不能の文字の理由が明かされた。


「特別な理由がなければこれは拒否できない仕組みになっています。なぜならわたくしが決めたことだから」

「あの、私は医務室を希望させていただいたと思うのですが……いえ、その前にそんな選択肢はなかったと記憶しているのですけど……」

「ええありませんでしたよ。理由は簡単、希望してなれるというものではないから」


 てっきり心当たりはないけれど悪い話かと漠然と思ってしまっていたアリアスは、もちろん予想もしなかった話が出て来て上手く舌が回らない。配属先は希望通りにいくとは限らないので、もし騎士団と記してあってもそうなったかと受け止めただろう。しかし事はどうもそれをこえていた。

 けれども、そんなこと構ったことではないとばかりにエリーゼはさらりとしたものだ。


 医療専門魔法師の職場は大きく分けて二つ。城の医務室、騎士団専属。そのはずで、配属希望もその二択だった。それなのに、これはどういうことか。

 その混乱をどこから口にすればいいのか分かりかねるアリアスは少し時間をもらって頭を整理したいくらいだったが、なぜかそれが言い出せる空気がない。

 だが、顔に出ていたのだろうか状況を飲み込みきれていないことを察知したと思われるエリーゼが腕を組み、話しはじめる。


「先日見極めを行いました。竜に耐性のありそうな人物の見極めを」

「それは、まさか竜が暴れた日の」

「その通りです」


 あの場にいたのか。軍服に紛れてしまっていたのかもしれない。他の衣服の人がいることには全く気がつかなかった。


「あれはわざとです。

 竜に関わると言いましたが、少し言葉を変させていただいくとそれは竜の世話をするということにもなります。つまり、竜に触れることもありそれほどまでに近くに行きます。ときに竜は急に予想もしない行動を見せ、彼らにとっては些細な動きであったとしても人間にしてみれば異なることが起きる可能性があります」


 言いたいことは。


「極端な方法と思うかもしれませんが、あれに恐れる様子がなければ十分です。元より多く人を迎え入れる職ではありませんから、ふるい落としと選別にはよいのです」


 ルーウェンとゼロの会話の意味はこれだったのか。彼らの言っていたことに共通する言葉を見つけて、アリアスは思い出した。

 騎士団配属、それには関係がない。それは本当だった。ふるい落とし、というより言い換えられた通りこれは選別。竜に怯えない人材をあの場で観察し、竜の側にまで行く職への適正を見極める。


「あなたはあの中で驚いているような様子はありましたが、恐れるような様子はありませんでした」

「それは――」


 きっとこちらまで来るようなことはないと、信じていたから。


「竜にだけ関わるということにはなりません」

「……どういうことですか?」

「今は特に人手が欲しい時期なのですが、新人であるあなたに深くまで関わらせることにはならないでしょうから、そうですね……行き来するような状態にはなるかもしれません。しかし、配属先は騎士団専属へと自動的に変わります」

「騎士団に……」

「それだけはあなたの了承を一応得ておきたいと思いました。新人の希望を一人だけ無視というのは中々に不公平ですから。

 医務室との行き来でも構わないといえば構わないのですが、移動距離が変わります。私たちの職というものは騎士団に近いこともあります。あなたさえこだわりがなければ騎士団への配属に頷いてもらえますか?」


 アリアスは考えた。

 竜に関わる仕事に携わってもらうが、それ専属にはならない。けれど結局は、できれば配属希望の医務室ではなく騎士団配属に変わってほしい。ゆえに配属伝達の紙にも「医務室」という文字は記されていなかったのだ。

 それに、とエリーゼを改めて見る。

「一応」了承を。という言い回しから悟れることがある。問いの形をとっているが、端々の口調から、きっとこの人は決めたことを揺るがさない。これは決定事項なのだ。


「――分かりました」


 アリアスのやっとの返事に確認した、とばかりにエリーゼは短く頷いた。


 これまでも、竜に関わるだけでなく本来の目的である人を治療する専門の魔法師も兼任している人が多いので行き来している状態であったらしい。

 けれども、今は。


 その職に毎年必ず人手を取られるわけではない。それは無理に取らなければならないほど人手が必要ではないから。

 竜の数は年々増えるわけではない。怪我も病気も稀なこと。帰る場所も巣と呼ばれる場所があり寝床を整える必要もない。

 手間がかからないのだ。

 それにも関わらず人手が足りないというようなことを言う。


「今、竜の卵が来ているので人の手が欲しいのです。けれどベテランを人手として臨時に駆り出しはしません、普段はどうであれわたくしたちは定期的に新人を育てなければならなず、竜の育成を継いでいかなければなりません。

 これで理解はしてもらえましたか?」



 その後話は半ば強制的にまとまり、「明日からよろしくね」と言い残したエリーゼが颯爽と去っていく背中を見送ったものの、アリアスは予想を遥かに越えた配属先のことを他人事のようにまだ飲み込めていなかった。



 *



 しばらく一人残された小部屋で何も考えず突っ立っていたアリアスだったが、我に帰ってとりあえず本日の仕事に向かった。

 向かった先は、薬草畑。

 城の敷地から出た場所にある広い畑では数多くの種類の薬草が育てられている。

 もう寒くなってくる季節だが、冬になるとこの業務はなくなるというわけではなく、今度は大きな温室にて変わらない作業をする。


 言っても構わないということは言われていたので、薬草畑に遅れて来たアリアスは籠を手に青々とした葉を摘み取る手は止めず話をしていた。卵のことは言わないようにと念を押されたので言っていないが。

 呼び出された理由を聞いたイレーナはさすがに驚いた表情をしたが、手に取っていた葉をプチリと摘み取ってからの一言目がこうだった。


「それは、同時に騎士団専属になるのかしら?」

「詳しいことはまだ分からないんだけど、そうなるみたい」

「そうなの? でもちょうど良かった。ちょうどというのもおかしいけれど、わたし騎士団配属なのよ」


 イレーナはほんのわずかに首をかしげた。アリアスでも現実味が湧いていないのだから、よく飲み込めないのだろうと思う。


「それにしても竜のねぇ。断れなかったということ?」

「断れなかったっていうか……あまり断る理由がなかったこともあるけど……」


 曖昧に言うが、拒否権がなかったようなのは事実だ。


「竜の育成に関わるということは名誉なことだって言われているけれど、あれを見てしまったら怖い方が勝つわよね」

「羨ましいっていうより頑張ってって感じ」


 うんうんと頷いて向かい側にいるマリーまでもがそんなことを言う。もはや竜は怖い、という共通認識が定着しているようだ。


 これからどうなるのかと予想できない事態になって、アリアスはつきそうになるため息を意識して吸うことで止めた。



 *



 夕方になると、アリアスは師の部屋にジオだけでなくルーウェンといた。


「可能性はあると思っていたけど、まさか本当にそうなるとはなー。まぁ、今卵にかかりっきりで忙しいようだから」

「卵なんて来ていたのか」


 と、反応はそれぞれだがジオが反応したのはそこだった。


「三ヶ月前、くらいにですね」


 確かまだ孵っていないはずだとルーウェンにより付け加えられるが、三ヶ月経っていて最高位の魔法師に知らされていないとは考えられない。まだ正式配属前の新人のアリアスにすら知らされたのだ。

 つまり、会議で報告されたにしろ流し聞いていたに違いない。


「説明に隙がなかったんじゃないか?」

「……はい」


 アリアスに説明をし、颯爽と去っていったエリーゼを思い出す。


「竜を暴れさせるなんていう方法自体もあの方が提案されたそうだから」

「そうなんですか」

「うん。荒い方法だと見られるけどな、同時に確かに適した人物を見抜く方なんだ」


 彼女は竜に関わる、育成に関する治療魔法師の責任者であるのだと説明してくれた。


「いくら忙しいときだからといって、新人教育を疎かになさるような方ではないから不安に思わなくていい」

「はい」


 隣に座る兄弟子は、アリアスが仕事内容が想像つかないこと等あるための困惑を感じ取ったのか安心させる言葉をくれた。


「吹き飛ばされないようにしろよ」

「そんなことあるんですか」

「知らんが」


 対して向かい側では、いい加減なことを言う師である。それに、あながち冗談には思えないことだから笑うに笑えない。


「でも自動的に危険性はついてくるからなー」


 やっぱりそうなのか。


「十分に気を付けるんだぞ」

「はい」


 アリアスは神妙な面持ちで返事し、


「頑張ります」


 突然だったが、嫌だとかいうものではないしそもそもこれから自分の仕事になるのである。静かに意気込んだ。

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