第27話 約束厳守
一方、パーティー会場からいくらか離れてしまった通路。人気は驚くほどに失せたそこをルーウェンは歩いている。
しかしにわかに一度足を止め、しばらく耳を澄ませるように目を伏せる。その時間一分ほど。この作業を人気のなくなってきた頃から何度か行っている。そうして歩き出し、迷わず一つの部屋の前へと向かう。
ドアのぶを捻り、広がった空間には賑わいからは隔離されたような静けさと暗さ。ソファが二つにテーブルが一つ窓からは月の光が淡く差し込んでおり、窓際には椅子が一脚。その椅子には一人誰かが座っている。
「師匠、こんなところにいらっしゃったんですか」
「お、ルーよく見つけたな」
「ええ、目撃情報はすぐに出ましたから。皆様が探してらっしゃいましたよ」
「顔は出した」
灯りの一つもつけずに、椅子に腰かけているのはジオだった。その服装は魔法師に見られる正装のままであるものの、上着は身に付けていない。離れたソファにかけられている。
「性に合わん」
元々王都の空気よりも田舎の方が合っていると言うだけあり、パーティーのような人の集まる賑やかな場を彼は敬遠する節がある。加えて、中々に見ることがない黒の髪ということがあり視線を集めるものだから早々に引き上げたのだろう。しかし隠すことはしない。そうする『意味』がないからだ。頬杖をついているそんな師の様子にルーウェンは苦笑する。
そんなルーウェンもまた、立場やらがあり何かと声をかけられる身ではあるが上手く抜けてきたのだ。
入ってきた弟子に目を向けていたジオは肘おきに肘をついたままで、歩み寄ってくる彼から目を離す。ちなみに、広間の魔法の灯りはここにいるがまだジオが維持している。長時間の魔法の維持も含めて彼は引き受けたのだ。
「……ん、あれはアリアスか」
「そうですね」
「隣は、ゼロか。そういえば、さっきあいつが来たんだったな。あれは結局何だったんだ任せたのか」
「公爵に捕まってしまいまして……」
「ああ、なるほどな」
ジオが視線を向けた窓の外で目を留めた先、そこには二人の男女の姿があった。一面白の庭を歩いてくるのは、一人は濃い色のドレス姿で、その手をとっているもう一人は白い正装姿。
月の光の元、歩いている二人が誰であるかジオは一目で当てて見せた。衣服で分かったのか、目がいいのか。
その視線を追って、同じように窓の外に目を向けたルーウェンもまた彼らの姿を認める。あそこの庭に移動したか、と彼は思った。
しん、とした沈黙が落ちる室内から見つけた光景を見ることしばらく。
はたから見ると、寄り添い歩いていた二人が止まり向き合った。何か話しているのだろうか。
「あいつらそんなことになってたのか」
「ええ……」
「ルー、取られたな」
「取られませんよ」
その一連の行動をどう取ったのか、ジオが足を止めたタイミングで言う。頬杖をついており、もはや見物人仕様だ。顔には表情はいつもながらにないが、口調は面白がっているようである。
そんな折、窓の外では動きがあった。
向き合って何事かを話していたと思われる二人。その内、白の正装をした方が一歩後ずさった、ように見えた。が、すぐに向かい側で戸惑っているような仕草をしたかと思われる方の、中途半端な位置にあった手を取り引き寄せた。その距離が一気に近くなる。
見る角度によっては――。
おいおいあいつまさかまた段階踏み外した行動をしてないだろうな、とルーウェンの頭に過る考え。
ゼロのこれまでの様子にこの機会を預けてもいいなと考えてのことだった。そこまで困るようなことはしないだろう。気持ちは本物のようだし。それと……彼の妹弟子の少し前の一件での様子もあった。地下通路からゼロと出てきたアリアスは何だか去るとき後ろ髪引かれるような様子だった。自分が出る幕ではないだろう。彼女はもう子どもではないのだから。当事者同士でしか進まないことはある。どんな結果であろうと。
だが、だ。
「ちょっと迎えに行ってきます」
「ん、ついでに着替えの手配してやれ」
「はい」
にこりと笑ったルーウェンは、ジオにそう言って速やかに部屋を出ていった。彼の決断はすさまじく早かった。
ドアが音もさせられずに閉まる。
静けさがまた部屋に満ちる。
「……ゼロがあれのことを上手くエスコート出来るなら構わんが」
そのとき、いつもはこんな真夜中には鳴らない鐘が鳴った。暗闇に包まれる部屋に一人、ジオは静かに瞼を下ろした。
*
彼らのいる、庭にも鐘の音響き渡る。耳だけでなく腹にも響いてくるその音の中、アリアスとゼロはまた歩いていた。変わらずゼロがアリアスの手をとって道をエスコートしている。そんな二人の内、ゼロが何かに気がついたようにふと視線を上げる。それに気がついたアリアスもまた視線の先を追う。
「ルー様!」
その先、城の二階の部屋に付けられている真っ白なテラスに寄りかかる人物がいた。アリアスの隣にいるゼロと同じくして白の正装。
「アリアス可愛くしてもらったなー。いつも可愛いけどな」
テラスに腕をついたルーウェンは、見上げてくる妹弟子にゆるりとした笑みを向ける。上から降ってくるいつにもましての言葉に対して、アリアスは少しだけ聞き流すことにして答える。
「身仕度してくださった人たちのお陰ですよ。ルー様は白も似合いますね」
「そうか? ありがとう。髪はいつもの長さもいいけど、それだけ長いのも似合ってるなー」
目尻を下げたルーウェンはベールも取れた妹弟子の姿をそれはもう優しげな目で眺める。おまけにべた褒めするもので、アリアスはさすがに呆れ始めている。
対して、その隣、上の方に感じた視線と気配につい向いてしまって立ち止まることとなったこの状況でゼロはというと、
「ルーにはまだ敵わねえな」
少女の、テラスに出てきたルーウェンへの笑顔に苦い笑みを過らせる。彼もまた、テラスを見上げルーウェンを見る。それが兄弟子に対するものであるとは分かっていても……。
一時だけ向けられた青色の目と合ったとき、アリアスへ向けるものとは違うにや、とした笑みを向けられる。確信犯だろう。ゼロはひくり、と片頬をひきつらせたが、少女の手を離すことは全くもってしなかった。
『ゼロ、後で顔貸せ』ルーウェンの口は確かにそう動いた。
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