第13話 会議

 同時刻。


「――は現在王都に潜伏しているとされるがその行方は」


 大きな円卓が広い部屋の中央に位置する、城の一室では会議が開かれていた。いくつかある窓には、まだ外は完全には暗くはないがカーテンがきっちり引かれている。

 そして、円卓には六名の者が席についていた。五人が男性。一人が女性であることが分かる。それから、本来は座す者がいる、二つ席が空いている。それらも含めると椅子は全部で八つ。出席している六名の中の一人。かなりの歳を重ねていると分かる、皺の刻まれた男性が椅子にゆったりと座ったまま問う。鼻の下には立派な髭。その声は朗々と静かな部屋の中に通る。

 それに答えるべく口を開いたのは、軍服をきっちりと着こんだルーウェンだった。彼は入り口に近い席に座っている。


「未だ詳細な行方は掴めていません」


 簡潔に返答する。その顔は他の者と同じく少なくとも笑顔はない。加えて、その答えを口にすることに申し訳なさも滲んでいる。


「ううむ……どうも場所を頻繁に移動している可能性があるの」

「しかし、何としても『春の宴』までに見つけなければなりませんわね」

「それはもちろんじゃ。それに奴らは『春の宴』にことを起こすつもりであろうから、それまでに何かしらの動きがあるはず」


 むむむと唸るのは奥の席に座る老人。そこから数席離れた椅子に座るレルルカもまた真剣な顔つきで言った。

 それに対し、


「早い内に人手を増やした方が良いでしょうか」


 ルーウェンがまた口を開き、尋ねる。

 しかし、唸っていた老人がゆっくりと首を振り否定の意を示す。


仲間が紛れ込んでおるやもしれんからな」

「はい。ですが、今のままでは間に合わなくなるかもしれません」

「そうじゃの……こちらがあちらを先回り出来る何かが欲しいの。それか、誘き寄せられる手だてが」

「申し訳ございません。一つ、今回のことに関連するかどうかはまだ定かではありませんけれど、よろしいでしょうか?」

「何じゃレルルカ」


 全員の視線が今度は再び口を開き、話題を変えることの許可を問うたレルルカに向く。


「城の結界が昨日と一昨日わずかに揺れたのですが、どう思われますか?」


 それらの視線を受けて、レルルカは黄緑色の目をぐるりと円卓に沿って巡らせる。


「結界を張っている魔法具に故障は」

「ありませんわ」

「揺れたのに間違いは」

「ありませんわ」

「ならば、関係があることが前提として考えねばならんな」


 彼らが抱える問題に、また新たに問題が積み重ねられた。

 一連の問答をじっと聞いていた者の内、部屋の最奥に位置する椅子に座するジオ。彼は肘掛けに肘を立て頬杖をついていた。ずっと黙っていた彼はゆっくりと口を開き、何を言うのかと思えば、


「結界ならいっそのこと俺が張るか」

「……城の結界全てを?」

「ああ。何をしようとしているのかは分からないが、揺れさせなければその件は気にすることはないだろう」


 城の結界は魔法を込められた魔法具によって常時張られている。悪しきものを入れぬように、と。それは昔からの決まりで、今は諸々の関係もあって弱いものであるが、人の手でやっていてはずっと魔法を行使し続けなければならない、ということで多くの人手を要することになるのだ。そのため魔法具で代用されている。

 それを、ジオはそうすればこの件は片付くだろうと言ってのける。原因が分かるまで何日かかるか分からないというのに。その発言は彼の魔力の高さゆえであるが、何だか自分から言い出すのはらしくない。

 思わず聞き返したレルルカも出来るのか? という意味ではなく、普段は面倒くさがる傾向にあるジオの発言に違和感があったのだ。


「その代わり宴はパス」

「結構ですわ」


 どうやら迫るパーティーの欠席を目論んでいたようだ。レルルカの綺麗な笑顔に即座に却下されたジオはため息をつく。腰かけた椅子の背もたれに背を滑らせて若干沈む。

 そんなやり取りのその真向かいに当たる席では、同い年の男たちが小声で話していた。


「自分は来ねえで結界揺らして悪質な魔法でもかけるつもりか、それとも結界の方は誘導か」

「城の人間全てを改めることは出来ないからな。結局大元を捕まえなければ解決しない」

「大元捕まえて仲間もろとも一網打尽に出来りゃいいけどな。まあ捕まえれば吐かせる努力だけか」


 最高位の魔法師たちの横。騎士団団長である、隣の席同士のルーウェンとゼロだ。新たに出てきた問題と既存の問題について顔は合わせずに会話をしている。


「まず、問題はどうやって結界を揺らしているのか、だなー」

「直接城内で魔法使ってるとは考え難いよな」

「そうだよな。そう考えると一番簡単なのは……」


 そこで途中で割って入ったのはノック音。

 それから「失礼致します」という男性の声。扉の片方が音もさせずに開くと、現れたのは軍服姿の者だった。その襟章の色は白。

 ルーウェンがゼロを見る。

 横目でだけ向いていたゼロが自らの騎士団所属の者の登場に、その者に顔を向ける。


「どうした」

「城内に怪しい者が」

「何?」

「見回りの途中で魔法の光が何度か発生していまして……今、別の者が様子を見に行っています」


 室内の者たちはもたらされた報告に各々僅かばかりにではあるが、反応する。

 片方の眉を上げたゼロは一度顔を円卓の内部に戻す。そうして、今までこの場を主に仕切っていた奥の席の老人に視線をやる。老人は口を結んだまま一つ彼に向かって頷いて見せる。それを受けて、ゼロは椅子からさっさと立ち上がる。話に上がっていたことといい、タイミングの良い報告に、今その『怪しい者』という奴を見に行った方が良いと考えたからだ。


「念のため見に行って参ります」

「十分に気を付けてな」

「分かっています」


 立ち上がったゼロはそう応じて軽く一礼する。後ろへ向く途中に横のルーウェンと目を交わし、それから扉へ向かって歩いていく。扉の前に直立している騎士団の者は団長が向かうと分かり、扉を開ける。


「どこにいる」

「ここを一階まで降りて、西の方に。すぐに案内します!」

「どこから見た」

「向かい側の三階の通路からです。もう一人が直ぐ様向かったので間に合っているかと……」


 ゼロと騎士団の兵は共に部屋をあとにし、足早に通路を歩く。


「そいつが関係者なら儲けもんだな。とっとと捕まえて締め上げて片付けるか」


 さっきの会議での話題のこともあって直々に出てきたゼロは口の端を上げた。

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