第12話 拾い物

 二十分後、アリアスは城へ来ていた。

 外に面した通路は夕陽によって、淡い橙色に染められていた。

 腕には積み重ねた本。全て城の蔵書であるので、図書施設――図書室へ向かうところだ。向かうところであるのだが、前が見えない。これくらいなら一度でいけるか、と思い持ち上げた本の高さは額と同じくらいの高さになっていた。それでも二度来るよりはいい、と思い顔で本を支えながらここまで来た。

 床には陽によって伸びた真っ黒な影。固く響く靴の音は少なくとも近くでは一つ。通路に人はアリアス以外にはいない。


「重……」


 腕の中のずっしりとした重さにぽつりと呟く。重さは紛れるはずもないが。よくもこれだけ拝借していたものだ。いつからあったのだろうか。館の蔵書もやはり混ざっていたが、そちらは先に返したあとだ。そちらは数冊ほどだったのだ。ちなみに大半を占めていたのは、城や館のものであるという印のないジオの私物であった。


「その内本棚でいっぱいの部屋の床が抜けるかもしれ……っ」


 ジオの隣の本がぎっしりの本棚。塔自体が石造りなのでそうそうあり得ないだろうこと。でも、老朽化が進めばあり得そうなのでアリアスが腕の中の本の重さもあり、そこまで考えながら角を曲がっていたとき。

 アリアスは何かにぶつかった。彼女は軽い衝撃に、ぶつかったと理解して急に足を止めたこともあって重心が揺れた。ぐらりと身体が傾ぐ。

 思ったことは、本が落ちる、だった。手に力を入れた。積み重なった本には一番下の方にしか意味がないと分かりながらも。本も揺らぐ。

 ――だが、それが突如止まる。同時に聞こえたのは、本が数冊落ちた音。


「危ね」


 それから、降ってきたのは男性特有の低い声。

 アリアスの腕には違和感。大きな手に腕を掴まれていたのだ。


「……ゼロ様」


 目の高さよりも上にあった本がなくなり、アリアスの目の前はクリアになっていた。そしてそこにあったのは、眼帯をした顔。アリアスがその名前を呼ぶと同じくらいに、ゼロもまたアリアスであると認識したのかその灰色の目が見開かれる。その服装はいつもの通り軍服だ。


「あ、すみません! ぶつかってしまったみたいで……」


 驚きに固まっていたのは数秒で、アリアスは本を抱えたまま謝る。すると、その前でゼロはとっさに掴んでいた腕から手を離して、その様子にほんの少しだけ眉を下げる。


「いや俺も角で気を付けてなかったからな」


 どうやら角でお互いに同じような場所を歩いていたのか、ぶつかったのだ。タイミングがタイミングなだけに、そのときまでどちらからも見えなかったのだろう。

 お互い様だと言ったゼロは石の通路に散らばった本を拾い上げる。アリアスはそれに慌てるも、手が塞がっている。


「すみません拾って頂いて」

「それよりな、持ちすぎじゃねえか?」

「そうでもな……え? ゼロ様? あの、」

「どこに運ぶんだ」


 本を拾ったゼロはそれをアリアスの腕の本のタワーに乗せることなく、それどころか半分以上をさらに取った。どうも持ちすぎではないかと感じたゆえの行動だろう。

 反対に、本が自分の腕から移動していくことを見るしかできないアリアスは目をぱちぱち瞬かせる。その前でゼロは軽々と本を持って尋ねてくる。


「え、あ、図書室です」

「じゃあ行くか」

「あ、あの、」


 尋ねられるがままに答えたが、普通に自分の行っていた方向へ足を進め始めるゼロにアリアスは声をかける。大きめの声で。歩みを進め始めていたゼロは振り向く。


「どうした?」

「ゼロ様どこかに行くところだったのでは……」


 そこでアリアスは思い出す。師が会議に行ったことを。魔法師騎士団の団長含めの会議かどうかは分からない。だが。


「会議とか……」

「まだ時間あるから問題ねえよ。ほら、行こうぜ」


 会議は正解だったようだ。ひょっとして、師が時間があると言っていたのは本当だったのか。こちらの言葉に笑ったゼロの後を追いながら、アリアスはそんなことを思い出した。


「こんだけ持ってたら前見えなかったんじゃねえか? というより、これ全部借りてたのか」

「いえいえ私じゃないんです。師匠ですよ」


 より濃く橙色に染められていく通路を並んで歩くことになったアリアス。足音は二人分に増えた。


「ジオ様か、なるほどな」


 二人の距離は近くも遠くもない。どちらかといえば少し遠いかもしれない。

 ゼロは本の量に納得したようになった。


「アリアスは普段はジオ様の手伝いしてんのか?」

「手伝いというほどではありませんけど、師匠は何かと無頓着なところがあるので雑用ですね。そういう意味では大抵は師匠のところにいます」


 これだって師が本棚以上の量の本を増やしてきたからなのだから。アリアスは思わずため息をつきそうになったが、ゼロが隣にいるので自粛した。


「私は正式な魔法師ではないので」

「そうなのか? ああ、そういえばルーも学園には通ってなかったもんな。ジオ様が師匠じゃあ必要ねえし。ってことは独立はどうなんだ?」

「どうなんでしょう? 考えたことなかったです。学園は順当に行けば十八で卒業ですから、それを考えてもまぁ十六なので少なくともあと一二年はあるかなと」

「十六……」

「でもそういえば、ルー様は十七で独立されたような」

「ああ、そうらしいな」


 そんな会話をしながらアリアスはそっと横を歩くゼロを見上げる。ゼロは真っ直ぐ前を向いていて、見えるのは横顔だけだ。ちょうど右側を歩いているわけで、眼帯に覆われていない灰色の目が分かる。

 うんなるほど、兄弟子も兄弟子で顔が整っているがこの人もタイプは違えど整っていることに変わりはない。どうりで二人一緒に揃っているところに自分がいたからソフィアたちの目に止まったのだろうか。目を引くことこの上ないに違いない。ついでにソフィアが彼に関して言いかけていたことを思い出したことにより、観察するような目になってくる。

 その視線に気がつくのはさすがは軍人というものなのかどうか、灰色の目がちらと向いた。


「何だ?」

「あ、いえ……何だか今までゼロ様とお会いしたことがなかったことが不思議だなと思って」

「……確かに、そうかもな」


 アリアスが口にしたことは思い付きは思い付きでとっさに言ったが、思ってはいたことだった。ルーウェンと親しい様子のゼロ。ルーウェンとは館でも会ったことがあったが、その彼と共にゼロを見たことはなかった。けれども、紹介されてからは偶然に会ったりする。どういうことだか。


「……ルーの妹弟子だとは思わなかったんだよな」


 ゼロの小さな呟きがそれにどう繋がるのかは分からなかった。





 数分後、図書室に本を運び終えた二人。

 アリアスは重厚な扉を閉じた前でゼロに一礼する。


「手伝って頂いてしまってありがとうございました」

「ああ、役に立てたならよかった」


 そこでゼロは何を思ったのか、するりとアリアスの横髪を取った。その髪はすぐにその手を離れる。右目の灰色の色彩が彼女の目を真っ直ぐに見る。それによってか、アリアスはなぜだかどきりとするのを感じた。


「じゃあな」

「は、はい」


 それからはっとしたようになったゼロはアリアスにそう言って来た通路を歩いて行く。アリアスはつっかえながらも返事をすることで手一杯になっていた。軍服の背中はすぐに角を曲がり、消える。

 そのあとアリアスは目を何度か瞬かせてから、はっとする。


「師匠の部屋……床の本並べなきゃ」


 しかしこのあと、アリアスは思わぬことになる。







 夕陽が沈みかけているのか、それとも歩いている場所の位置で日当たりが悪いのか薄暗くなってきた通路。再び一人となったアリアスは足早に歩いていた。

 師が戻ってくる前にはきっと片付け終われるだろう。いっそのこと城の方の部屋の方が本棚の規模が大きいので、そっちを全部空にして定住すればいいのではないだろうか。などと考えを巡らせていた。

 元々人通りはほぼない、夜になれば真っ暗な通路。

 そこに、カツンカツン、と音が響く。アリアスの靴音だ。


「うん?」


 そこで、こつんと靴の先になにかが当たった。それは通路を少し滑っていった。何かを蹴ってしまった。石だろうか。外とも直接繋がっているから……と思っていたが、近づくと角度によってかきらりと光った。石ころではないのだろうか。

 蹴ってしまったなにかに何気なく近寄り、しゃがみこむ。つまみ上げたのは、手のひらに収まるほどの固いものだ。それに、小ぶりの袋が近くにある。ついでとばかりに、そっと袋をもつまみ上げる。袋の中には何が入っているのか、ずっしりと重い。

 アリアスは目の前に持ち上げたそれをどうしたものか、と思いながらも前を見るももちろん足音の人影はない。音もない。


「誰が落としたんだろ?」


 仕方なくまた歩き始める。

 しばらく歩きながら手に持った袋を持ち上げる。袋は真っ黒だった。口を縛ってある紐は白。何気なく紐を引っ張る。縛ってあると思われた紐は解かれていたのか、巻き付けられていただけだった。簡単に解けたのだ。


「何だろ、これ」


 ついでに少しだけ傾けると、


「うわ」


 何かがぼろりぼろりと出てきた。そんなに簡単に滑り落ちてくるとは思わなかったもので、アリアスは受け止め切れずに落としてしまう。

 通路に音を立てて落ちた物体を追ってしゃがみこみ、急いで拾う。

 一つ拾ったところで、気がついた。最初に拾ったものとは同じだ。二つを並べて、くるりと回すと、その物体が何であるか何だか分かった気がした。黄色と茶色の合間のような色合いの石が一つにつき一個はめられた、上下は平べったい円形の鉛色のもの。石をはめた道具、というもので馴染み深いものがあった。

 それは自分が腕にはめている腕輪も然り。鈴の中には普通ではない石が入っているのだ。それは、魔法師にとっては馴染みのあるもの。


「魔法具……?」


 魔法をこめることが出来、魔法力をこめることができる道具。

 ではこれを落としたのは魔法師だろうか。魔法師しか行き交わないところだったことも考えればそうだろう。


「あ……」


 そのとき、自分ではない声がした。低い、知らない男性の声。

 しゃがみこんだままのアリアスは声に反応して顔を上げる。薄暗い通路の先。数メートル先に一人の男性がいた。軍服姿であることから騎士団の人間であることが一目で分かる。その顔は固まっていた。ただ突然人に会って驚いた、というわけではなさそうで……。視線はアリアスの手元に向いている。アリアスは自分の手を見下ろす。あるのは、さっき拾ったばかりの魔法具。


「あの、もしかしてこれ……」


 言葉の途中で、男性の目と合った。目に浮かべられたのは、焦燥。みるみるうちにその顔の強ばりは増していき、


「なっ……!」


 指を向けられた、と思ったときには目の前で魔法の光が弾けていた。

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