第48話

 かつてある名人がいた。

 その名人の必殺技は、「16連射」。一秒間に16回も特定のボタンを押せることで有名である。

 昔はそれが尊敬の対象になるほど、連打を必要とするゲームは多かった――しかし後々に連打をするという行為を求めるのは、その回数・内容共に減っていった。

 その理由は簡単。「腱鞘炎」に代表される、手指への負担の問題である。

 こんなげーむにまじになっちゃってどうするの。っていう話だが、マジで連打ゲーに取り組もうとすると、この影が必ずと言っていいほど迫りくる。コマンドが複雑かつスピーディーな操作が要求される格闘ゲームでもなることはあるらしいが、連打ゲーはよりダイレクトにその影響を叩きつけてくる。

 ゲームの与える苦痛とは何か。

 まさか肉体を攻撃するものは無いだろう? せいぜい目が悪くなる程度だろう?

 違う。断じて違う。世の中にはリアルダメージを与えてくる種類のゲームが、確かに存在したのだ。

 連打ゲーをクソゲーバトルに出せるくらいのクソゲーにする。

 それは、すなわち――災厄の到来を意味している。







 ガチャガチャガチャガチャ!


「ウオオオオオウ!」


 ようやく、連打で押し切ったところだった。スライムは散り散りになり、わずかなお金と経験値が手に入る。

 しかしその審査員の顔に達成感は無い。これから起こるであろう長い長い長い闘い……。それを察してしまったのだ。


「ええ、ええ、よくわかりますよぉ。貴方がわかってしまったことは」


 平々凡々なこの男は、息を切らしている審査員たちににじり寄る。


「そうですよぉ、貴方たちは戦う度にこの連打を行うんですよぉ。さあ、もっともっと元気出していきましょう。今全力でやり遂げたことは、次の最低限のノルマになる。社会人なら常識ですねぇ? 頑張りましょうねぇ、ちっとも楽しくないことを延々と」

「な、なんてダウナーな精神攻撃だ……!」

「ああああ、止めるんですよそんなことをコンセプトに作るのは! こっちまで余計なこと思い出すでしょうがあ!」

「お前本当に女子高生!? 完全に社畜じゃねえか!」

「悪いですか! でもあれ、本当にそんな感じしますよ……。ゲームじゃなくて、嫌な日常を表現しているようです!」


 俺と大門と視点は違うが、さすが禁断を謳うだけはある。凄まじい破壊力を持つゲームだ。既に未来を見てしまった審査員たちは、汗を流しながら青ざめている。観客席からも同情の声のようなざわめきが上がっていた。


「『恐るべし! 恐るべしクソゲーが出てしまったああ! 精神だけに飽き足らず、肉体までも食らうクソゲー! ご覧ください、たった一戦でこの消耗具合! これを彼らは一体何度続けなくてはいけないのか!?』」


 実況もクソゲーとHの前におののいたのか、数歩引いて画面を見ている。世はまさに地獄なりと、顔には浮かんでいる。

 しかし……俺は疑問にも思う。

 確かに連打ゲーは苛烈な責め苦だ。しかしそれにしても審判たちの疲れ方は異常だ。

 そしてあの、まるで氷の粒を一回ごとに砕いているかのようなガチャガチャという異音とも言える連打音。

 本人たちのやり方やコントローラーのロット番号の問題だけとはとても思えない。


「! まさか……! 加護って!」

「え、何か分かったんですか一鬼さん!?」

「ああ、ベス神の「加護」……予想以上に恐ろしいぜ!」


 背筋が凍るような事実だ。疑問が確信に変わった今、俺は大門に声高らかに宣言する。

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