第35話

 何か聞こえた。変な詠唱が聞こえたぞ。絶対に聞きたくない悪魔の名前が人ごみの中から……


『KUSOGEI』

『KUSO! KUSO!』


 クソゲイ。クソ。クソ。


「アラビア語っていうのは罪だなあ。こんな言葉が聞こえるなんて。一体どんな人達が会話をしt……」

「クソゲーって言ってるわね一鬼君!」

「皆まで言うんじゃねえ! せめて俺に現実を見ない権利をくれ!」


 ああもう、横の人が目をキラキラさせてるので認めよう。

 至る所から「クソゲイ」という不慣れな日本語めいた発音が聞こえてしまうのだ。他国の言語がまるで分からなくても、この終身名誉絶対超魔王の名前だけはしっかりと聞き取れてしまう。


「おお、そうだったのう。エジプトではクソゲーブームの真っただ中だったと聞くのう、ワッハッハ!」

「星見さん!? 復活早っ!」

「水を飲めば落ち着くものよ! それよりもいいのう、クソゲーブームとは! 普段は鼻つまみ者の我々も、ここでは大手を振って歩けるわい!」

「そうよね! テンション上がるわ!」

「一鬼さんどうしましょうか。あの二人SHITSの起こしたクソゲーブームを喜んでいますよ」

「お前だけが味方か。これからもよろしくな大門」

「何で顔が土気色に!?」


 そうもなろうよ。まったく。クソゲーブームなんて極々一部の好事家の間でしか流行っていないものだと思っていたのに、こうも浸透していたなんてな。

 しかも畳みかけるように、空港の一角に「KUSOGEI」と書かれたお店が開かれていたし、壁にも男二人が向き合った背景に、「KUSOOGEI」とスタイリッシュに書かれたポスターが貼ってある。


「ぐう……た、体調が悪くなってきた……」

「一鬼さん!? 大丈夫ですか!?」

「一鬼君、大丈夫!? ほら、処方箋の良ゲーよ!」


 そう言って、昔懐かしの携帯ゲームを差し出してくれる剛迫。

 名作シューティングゲームが、中には入っていた。


「おお、名作……良作! すまねえ!」

「いいのよ、良ゲーセラピーでダメージを癒しなさい」

「何ですかそのセラピー!?」

「よし、治った!」

「体質がおかしいですよ!」


 そう言われても体質だから仕方ない。


「とにかくここから出たい……スリップダメージが深刻だ! 早く出よう!」


 俺は三人の背中をまとめて押して、空港の外へ! さあ、カビを浄化するように、エジプトの灼熱の太陽を浴びよう。天気はカラっと晴れていて、日本と違ってジメジメ感がほとんど無い爽やかな暑さが身を焦がす。立ち並ぶ摩天楼、乱舞する広告! まさに首都・カイロ!

 そしてその摩天楼の中心には、


「……え?」


 『KUSOGEI TOWER』

 直径5メートルくらいの超巨大な円形の看板で、アルファベットで、すっごーーーく見慣れないけどすっごーーーーく見慣れた綴りの文字を認めてしまった。

 駅前のど真ん中。まさに駅前一等地とも言える場所に鎮座する、この世の地獄を思わせる名称の巨大な建築物が目の前にある。


「ワッハッハ、あれが噂の! 思ってたよりも大きいのう!」

「え、星見さん、あれ何!? すっごい素敵なことが書いてあるんだけど!」


 テンションが瞬時にマックスチャージされた剛迫が指をさす。ものすっごい煌めく瞳の輝きが、何故だろう。すごく憎たらしい。

 星見さんもどこか嬉しそうに、目の前の腐臭漂う建築物を指さす。


「うむ! あれこそが世界一のクソゲー施設! クソゲータワーよ!」


 遊園地を見る子供の目の剛迫。

 信じられない巨悪を見上げている戦士の目をした大門。

 俺? 知らないよ。強いて言うと、

 世界最後の日を眺める半死人の目みたいになってたんじゃね?

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