第18話
『まずは基本の「歩」の動きから学ぼう。この駒は一つずつしか進めないが、相手の陣地に入ると「と金」になって強くなるぞ! さあ、「と金」になってゴールを目指そう!』
「うわ、めんどくさ! っていうか何気に将棋としての説明も大雑把じゃないこれ!? と金の動きとか陣地の範囲とか説明してないし!」
「そんなのは些細な問題だ! いいからやってみろ!」
「出たわ、「デーモン・ハンド」!」
剛迫の指す通称・デーモン・ハンド。それは、駒をつまんで駒を動かすための手である。まあパソコンのカーソルのようなものなんだが。
これこそが諸悪の根源である。
「ほんじゃ、まず一手から指すよ。ほい、じゃあ歩にカーソルを合わせ……」
カーソルを動かし、歩に合わせる。
するりと滑って、飛車二つ分くらいはズレた。
「……え?」
諦めずにまたデーモン・ハンドを動かして合わせる。
今度は香車一つ分くらいズレた。
「イッチー。なにこれ。この盤面、氷でできてるの?」
「それがデーモン・ハンドだ!」
「将棋ゲームどころかありとあらゆるゲームで最悪とまで言われる操作性! ランダムに慣性が乗って滑ってしまう、人の心をへし折る為に生まれた悪魔の手よ!」
「はああ!?」
一体どんなプログラムをしているのか? 何故乱数が発生するのか? これはコンシューマーゲームだよな、狙ったクソゲーじゃないよな?
こんな疑問が秒単位で発生する程度には謎過ぎる、そして最悪のクソ要素の一つがこの「デーモン・ハンド」である。
操作性の悪さとはクソゲーにおいて定番ともいえるクソ要素だが、このたのしい将棋のクソ操作性は他とは一線を画している。っていうか将棋なんだからマス単位で移動させろよと言いたくなるが、そんなものはほんの些細な問題だと思い知らされるのだ。
しかも!
「ぬぬぬ……よし、掴めた! あとは前に移動し……」
真正面に移動させようとするが……そこでも慣性がはたらき、更に前のマスに半分ほど被ってしまう。
そしてそこで決定ボタンを押してしまうと、前の前のマスに歩が置かれた。
すると、画面の下から大魔王、もとい熊次郎が生えてくるように出現する。
『ダメダメ、焦っちゃいけない。歩は一つずつしか進めないんだ。さあ、もう一度初めからやって、しっかり動きを覚えようね!』
そして、画面がロード画面へ。地味に長いロード画面へ。
んで、最初の画面に戻される。
『まずは基本の「歩」の動きから学ぼう。この駒は一つずつしか進めないが、相手の陣地に入ると「と金」になって強くなるぞ! さあ、「と金」になってゴールを目指そう!』
「さっき聞いたよ! え、なにこれ!? ミスしたらリセットされんの!?」
「それこそが大魔王様の所業よ……! 因みにどんなにこの「歩」のステージで進んでいようと、ミスすれば必ずここからリスポーンよ!」
大魔王様のミスを決して許さないシステムと、ミスを積極的に誘発させるデーモン・ハンドの合わせ技。これこそがこのクソゲーのクソ要素の神髄となる。
クソ操作性にぴったりはまった、ミスを許さない仕様。
いや、俺じゃなくてこのクソハンドが勝手に滑ったんです、なんて言い訳は通用しない。全ての罰はプレイヤーが被ることになり、デーモン・ハンドはその後も快調に滑り続ける。
社会人プレイヤー曰く・「反省しないミスしまくる部下+理不尽上司のコンボを受けてる気分」。
四十八願の手が震えてきた。顔からは余裕など消えている。こいつの初めて見る表情だ。
「……ねえ、もしかしてだけどさ。これって、8駒全部やるんだよね
?」
「もちろんよ。しかもその後には、相手が駒を落とした状態で一つ一つ対局しなきゃいけないの」
「ひとつひとつって……?」
「最初は歩と王だけ。次はそれに香車が加わるだけ。次は更に桂馬、銀、金……それを一つずつやらなきゃいけないの」
四十八願は俺の方を見る。こっち見んな。
四十八願は剛迫を見る。ひきつった笑顔が返される。
四十八願は大門を見る。今にも笑いだしそうなどや顔で返される。
四十八願は画面に目を落とす。目前にクソゲーが広がる。
「クソゲーじゃんこれえええええええええええええええええええええええええええええエエエエエエエエエエエエエエエエ!」
渾身の咆哮が放たれた。怒りと不満と苛立ちが全ましで乗せられたカロリー満点のお手本みたいな咆哮である。
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