最終話
「……え?」
クソゲー開発室に、告知無しで現れ、ある宣言をした俺に対する、剛迫の反応である。
さて。どうしたものか。我らがお姫様である、剛迫 蝶扇様のこの反応は。
何言ってんの? みたいな反応をされた。これを俺は、何度か見たことあるぞ。ということはこいつ、またか?
「大会までって、クソゲーバトル・エクストリームの上にあるクソゲーバトル・エクストリーム・チャンピオンシップの上にあるクソゲーバトル・エクストリーム・ジャパニーズ・チャンピオンシップの上にあるクソゲーバトル・エクストリーム・ワールド・チャンピオンシップまでってことじゃなかったの!?」
「世界制覇目指してたのかお前! っていうかそこまで俺を連れて行こうとしてたのか!? そこまでやる気だったのかい!」
っていうか、そんなクラスあったのかよ、クソゲーバトルの大会。
クソゲーバトル・エクストリーム・ワールド・チャンピオンシップなんて舌をかみ切りそうな名前の大会に出るクソゲーなど、見たくもない。
「相変わらず自分が都合がいい方に思考し過ぎなんだよお前は……。俺が残留してやるってのに、そんな反応されたらすっげーやる気なくすんだけど」
「あ、ごめんね!? うん、とっても嬉しいわ! 勘違いで世界大会に出場するまでずっと居るものだと思ってたから、感動薄くて……」
「ひでえよお前……」
本当に、ある意味不死川よりもタチが悪いなこいつ。人の善意を計算に織り込んじゃってる辺りが恐ろしい。
今、この開発室には俺達二人だけだ。四十八願は文芸部の活動があるらしく不在、不死川は一応あんなんでも三年生であるため、進路相談に出ているらしい。
しかしゲーム・フロンティアは既に起動されていて、あるゲームが映し出されている。
「でも、ちょうどよかったわ。今、私達が次の大会で出すためのゲームをテストしようとしてたところなの。貴方にやってほしいわ」
「? 次の大会? またあるのか? クソゲーバトル・エクストリーム」
「ええ。三週間後にね」
「スパン短けえ!?」
「予選ももう突破してるわ」
「やること早ぇ!?」
そうもあっさりと予選を突破してしまうこいつのクソゲークリエイター・クソエイターとしての実力が恐ろしい。
はてさて。次のクソゲーとは一体何なのか。俺は画面をのぞき込む。
「今度はシューティングか」
「ええ。今の完成度は半分ってとこだけど、結構いい出来だと思うわ。でも私、シューティングってあんまりやったことないから、ちょっと自信なくて……。批評をお願いするわね」
「なんだ、そうなのか? でもせめて、エックスフォースくらいはやったことあるだろ?」
「ええ、やったわ、それは! 名作ですものね。あの常識破りな斜めスクロール3Dシューティングっていう発想が面白くて、何周もしちゃったわね!」
「お、分かるな! ほぼ全方位の斜めから画面見れるからいいよな、アレ! んで、4面辺りの雑魚の……えーっと、ホラ、牙持ったアレ」
「アレね、分かるわ! アレクッソムカつくわよねー。ランダムでボタンを一つ封印なんて、鬼畜にも程があるわよねー」
「だよなあ、アレ考えた奴絶対鬼だろ。電気を流して操作系統を狂わせるって設定だけど、それでピンポイントにAショットを封じてきたりすっからな」
「私はボムを封じられる方がキッツイわね」
時間を忘れるほどの談笑。
やっぱり、こいつとのゲームの話は楽しい。
ここで作られるのが、どんなクソゲーだろうと。こいつが作るから、テストプレイ出来る。そう確信する時間だった。
「んじゃ、閑話休題。そろそろお願いするわ、テストプレイ! また、最高の意見を期待してるわよ!」
「おう、任せとけ」
モニターに向かい合った俺は、一つの変化に気が付いた。
モニターの脇に、ガラスケースに入って大事に飾られている準優勝の盾。シールでわざわざ大会の日付・戦った相手・戦い抜いたゲーム達の名が貼ってあり、地震による落下防止の金具まで完備されていた。
「……良い戦いだったわね、こないだは」
俺が気付いたことに気付いたのか、剛迫がぽつりとつぶやく。
俺を見つめる目に、嫌味は無い。
ただ、純粋に――美しい思い出を映して、振り返っているのだ。
その遠くを見ているような目を向けられると、その色気で頭が陽性の熱に襲われる。
「ねえ、またあの時のことを蒸し返すわけじゃないけど。私、やっぱりね。あの戦いで負けててよかったと思うの」
オープニングを眺めながら、剛迫は言う。
操作可能なオープニングだが、被弾しても無敵。操作方法を無敵な状態で学べる、ちょっとした親切機能だ。
「あそこで私が勝利していたら、太平寺は一体どうなってたのかなって思うと、ぞっとしないかしら。余計に恨みが強くなって……何をしでかすか分からなくなる」
「ああ。太平寺のことだからな……。下手すりゃ実力行使に出そうな勢いだったしな」
あの戦いで勝ったから。太平寺はしっかりと俺の話を聞いてくれて、真っ当なゲーム作りに心血を注ぐ結果となった。もう、俺達のクソゲーと交わることは無いであろう、稀代の名作を目指す道を選んだ。
もしも負けていたら……俺の話を聞いてくれなくて、あいつは歪んだままだったのだろうか?
たらればの話など無意味だと分かっていても、背筋が確かに寒くなる。
「もしも実力行使に来ても、お前は迎え撃ちそうだけどな。案外勝つかもな」
「ふふ、それは無いわね。だって私、運動音痴よ? 体も鍛えてないしね」
「え? そうなの? お前って完璧人間じゃねーの?」
「そんなはずないじゃない、完璧な人間はクソゲーなんか作らないわ」
だから、私は嬉しい。完璧じゃなくって。
心底嬉しそうにゲーム画面を眺める剛迫。
自機は一面に差し掛かろうとする。
一瞬暗転する画面には、俺と剛迫が二人並んでいる姿が映された。
「……!」
その距離の近さに、座り直すふりをして少し距離を取ろうと思い立つが――やっぱり、やめた。一瞬だけ浮いた腰をまた下ろして、ソファのバネが鳴く。
すると――
「……?」
思い込みだろうか。
暗転が明ける刹那、映り込んだ画面の剛迫の顔が――はにかむように笑っていた気がした。
「あ、注意してね。ステージタイトルの文字に触れたら死ぬわよ!」
「はあ!? ……うわ!? マジだ! 死んだ!」
最低最悪のゲーム群・クソゲー。
「ってかボム無いのかコレ!? 敵の玉消せないのか!」
「ボムはあるのだけど、隠しアイテム扱いね。あ、ホラ! 出現したわよ!」
「小さっ!? アレ、ボム!? かんしゃく玉じゃねえか!」
この一週間で、俺はそいつの力を見てきた。
絆を結んでくれた。
絆を育んでくれた。
絶望からも蘇らせてくれた。
あれだけ憎んでいたはずのゲーム達に、皮肉なことにも俺は多くのものをもらってしまった。クソなのに。最悪なのに。
「パワーアップさ。しないの? さっきから直線状にしか撃ってねえ」
「してるわよ。連射力が地味に上がってるわ。もう少しすれば、もっと地味に上がるわ」
「何で地味ばっかなんだ! 殲滅が間に合わねえよ!」
「殲滅出来るバランスに作ってるはずがないでしょう!」
「言い切るんじゃねえクソエイター!」
俺はクソゲーというものに、感謝しなければいけないだろう。
それはどうやって? クソゲーを褒めればいいのか?
答えは、NO。
おどけるピエロに感謝を示すために、膝を突いて恭しく敬礼する必要など無いのだ。
彼らを笑うこと。それが敬意になる。敬意の形は、それぞれなのだから。
ではクソゲーはどうすればいいのか?
どうやって感謝の意を伝える?
簡単なことだ。ほら、一緒にやってみよう。
額に青筋を浮かべて。
喉の奥に怒りをため込んで。
コントローラーを割れんばかりに握りしめて。
こう叫べば、いいのだ。
「クソゲーじゃねーか!」
「こちらクソゲー開発部」・完
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