第72話

『やっほー☆ こないだはお疲れさまでした! 太平寺デース! うん、突然メールしてゴメンね~(汗)。ちょっと、お昼休みに校庭の端っこまで来て欲しいんだ☆ 校門側の方! んじゃ、そういうことでオナシャッス(はあと)』


 突然送られてきたこのメールを受けて、俺は今、校門側の端っこにて。太平寺と対峙していた。

 校庭の木の陰に潜むように立っていた太平寺 暁舟。

 決勝戦で見せたあの全てを滅する憎悪こそ発揮してはいなかったが、その沼を体現するような『陰』の――いや、『闇』と言った方が適切な空気には一片の変化も見られない。

 太平寺は太平寺のままだ。そのはずだ。

 だからこそ俺は、ここにいる。


「おい、太平寺、大変だぞ。ホラ見ろこのメール、お前をキャラ崩壊させようと画策してるクソ野郎がいるみたいだぞ? なんかちょうどよくお前はここにいたけど、成りすましだ。警察にでも届け出た方がいいぞ」

「それ、わたくしのメールなのだけど。そんなに変かしら?」

「言わねえと分からないか!? キャラ違い過ぎるだろメールの文面とお前のキャラ! お前はこういうのはもっとサバサバしてるイメージだぞ!」

「いいじゃない、別に。メールって打つとき、ちょっとテンション上がるの。女は色んな顔を持っているものよ、覚えておきなさい」


 と、淡々と切り返された。

 本気で、このメールに関してこいつはなんの疑問も持っていないらしい。


「それよりも、わたくしがここに貴方を呼び出した理由がわかるかしら」

「……あー、まあ、なんとなく」


 不吉なことしか頭に出てこないけどな。

 正直、俺は命を懸けてここに出頭している気分である。今日登校することすら、俺にとっては勇気のいる行動だった。

 まあ、太平寺にとってもそれは同様だっただろうけど。

 というより、あれだけの殺意を振りまいて呪いの言葉を吐いておいて、堂々とその対戦相手のいる高校に登校するこいつの神経は相当に図太いみたいだ。


「率直に言うわ。貴方は自分の罪を自覚すべきよ」


 ああ、やっぱりこんな感じのことか。

 大会のテンションじゃない今、結構キツイ感じになりそう。負け確定のイベントバトルの開幕である。


「わたくしがあの戦いの後、どれほど悩んだのかを貴方は知らないでしょう。――まあ、知らないのは当然だけど、わたくし、あのゲームに対する愛着は人一倍のものを持っていたのよ」

「じゃあ、何だ……? また作ってるのか? あの続編を……」

「いいえ。あのゲームは削除こそ免れたけど。もうデータを消したわ」


 と。全く信用ならない目を向けて、太平寺は言うのだった。

 一瞬だけ沼の中に光明が差したように思えたが、即座にこいつは『勘違いしないでほしいわ』と錆び付いた釘を刺してくる。


「別にわたくしは改心なんてしたわけじゃあない。あんなことで心変わりをするようなら、最初からあんな行動をとっていないわ。――でも、ええ、認める部分はあるわよ。わたくしはグローリー・USに対する自分の中の思い出を風化させるために。グローリー・USの全てを諦めるために。取り返しのつかないくらいに台無しにしようとした。その部分は確かに認めようじゃない」


 と。心底忌々し気にこいつは言うのだ。


「だからね。わたくしは、復讐の手段を変えることにしたわ」

「手段を……?」

「もう一度、グローリー・USレベルの名作を作る」


 自分の作品を名作とあっさりと断言する。

 このスタンスは――まさに太平寺 暁舟だ。


「わたくしはグローリー・USの件で、大いに匿名とネットの性質を学んだわ。だからこそ、今度は二度と同じ轍を踏まない。アカウントも変えて、わたくしは一から作り直すわ。グローリー・US……いいえ。アレをも遥かに超える名作を。一切の非の打ちどころのない名作を」

「……それ、本当に復讐になってんのか? 聞いただけだと、復讐の『ふ』の字も見えないんだけど……」

「かつて馬鹿にしていた相手が偉くなったら、嫌じゃない? それこそがわたくしの復讐よ。かつて貶めた相手がまた立ち上がって懲りずに名作を作る……。別アプローチの復讐を始めるのよ」


 これはまた、回りくどい復讐である。

 だが、太平寺の目は本気だ。あの時と変わらない復讐の意思を宿して、校舎をにらみつけている。

 人を変えることは簡単ではない。

 太平寺は改心などしてはいない。本人のこの主張には偽りは無いようだ。

 だが――復讐心を、陰鬱な方向ではなく。陽性な方向に変えてくれた。怒りを原動力として、人に良き思い出をもたらすための力として振るってくれるようになった。

 これだけでも、あの戦いに十分な価値があったと言えるだろう。


「……さて。以上がわたくしのプランなのだけど、いかがかしら。またお説教してみる? 懲りずに復讐を企てるこのわたくしに」

「いや。しねえよ。そもそも復讐になってるのかも分からねえし……」


 どっちかといえば単なる自己満足である。まあ、ゲーム・フロンティアに出すというのは突き詰めれば自己満足目的なわけだが。

 俺の返事を聞くと、太平寺はにやりと目を三日月状にして笑う。

 つくづく、こいつの根元は何も変わっていないのがよく分かる表情だ。


「そう。それならよかったわ。それではね」

「……? おい、それではって……。え、それをわざわざ言いに来るのが目的だったのか? それだけのために?」

「そうよ。何を驚いているのかしら。わたくしは貴方に、お伺いを立てに来たのよ。わたくしのやり方で、貴方が傷つかないかどうかね」


 太平寺はすっと、影のように身を翻す。剛迫と同じくらいに美しく、蜘蛛の糸のように繊細な髪が踊り、陽の元に舞い戻る。


「貴方を傷つけるような復讐は……もう、したくないものね」


 太平寺 暁舟。

 全てを取り殺さんとする巣を張り巡らせた美しい蜘蛛は、結局は蜘蛛だ。きっと、どこまでもこいつの復讐は終わらないのだろう。

 だが、この復讐ならば。

 本人は復讐のつもりでも、ゲーマーにとってはお仕置きという名のご褒美でしかないだろう。


「それに、どうやら……。そっちの木の陰に居る、親愛なる先輩にも許可を取れたようだしね」

「え?」


 太平寺が言葉にすると、近くの茂みからガサガサと物音が。

 親愛なる先輩――。こいつにとってのそれは、一人しかいない。


「不死川、そこにいるのか?」

「……いるよ」


 にょこっと。茂みの中から、ふーちゃん先輩が生えてきた。

 相も変わらずむっちりした体を茂みから引き出すと、ぎろりと太平寺の背中を睨みつける。

 振り向くことなく歩いていく太平寺を見やりながら、「けっ」といつもの捻くれた声を漏らす。


「……相変わらず捻くれた奴だよ、あいつ。昔っからそうだった。誰に似たんだろうね」

「そりゃあお前が師匠だったしな。お前に似たに決まってんだろ?」

「……は? 私が捻くれてるって? こんな真っすぐな人間そうそういないんだけど」

「真っすぐなのはお前のウエストだろうが」


 ってか、こいつは本気で自分の性格の悪さを自覚していないのか。とてもとても恐ろしい話である。


「ってか、お前も呼ばれてたのかよあいつに」

「……うん。あいつは気づいてたみたいだけど、一鬼君が来るまで無視された。たぶん纏めて話をしたかったんじゃないの。めんどくさいから。わざわざこんな遠い場所まで呼び出すって、ほんっと性格悪いよあいつ。この場所まで来るのに徒歩で三分もかかってるんだけど。マジで性格悪い」

「お前、後頭部がブーメランで見えなくなってんぞ。奇抜なヘアースタイル出来るぞ」

「……? どういうこと? 意味わかんない」


 自覚が無い悪。

 最悪のケースである。


「まあ、とりあえずよ。あいつはもう大丈夫そうだな。なんだかんだやり方は歪んではいるけど、こないだに比べれば遥かにマシな計画になってるし。良かった良かった、めでたしめでたしってこったな」

「……うん、まあ、そうだね。とりあえずは」

「じゃあ、戻るか」


 俺が校舎に戻ろうと足を上げるが。

 くいっと。服の裾を掴まれた。


「?」


 不死川の小さな手が、俺の服の裾を固く握っている。

 本人は目を大いにそらしていた。


「……あのさ。私、あの戦いにいなかったけど、大体のことはゴーから聞いたよ。アンタが太平寺に色々言ったって」

「あ……ああ。まあ、そうだな」


 言ったのか、あのお姫様。くそう、結構アレ、今思い出しても恥ずかしいのに。

 俺が肯定すると、不死川は意を決したように急に振り向いてきて、俺と目を合わせた。


「……ありがとう。あいつを、止めてくれて」

「え?」


 ……何?

 今こいつ何て言った!?


「……な、何で、そんな顔すんの……。その、アンタが、いろいろ言ってくれたから、あいつもああいう方向にすることにしたみたいで……だから、その……」


 俺は反射的に不死川を抱え上げて、保健室にダッシュをかけた。


「な!?」

「不死川、何も言うな! 今から保健室に連れてってやるからな! 頭のどこを打った!? いや、誰に洗脳された! お前がそんな素直にお礼何て……」

「事案発生! 直ちに処分する!」


 と。

 上空から現れた人間の一撃は、かかと落とし。

 それも器用に背中を切り裂いてくるような一撃で、靴のゴムで擦れた皮膚が燃えるように熱かった。


「あっづーーー! いってええええ! だ、誰だコラア!」

「あたしだよ! ふーちゃんを攫うなんて、あたしが許さないよ! それに色々無礼すぎるでしょ!」

「仮にも上級生に踵落としならぬ踵摩擦を仕掛けてくる下級生のが無礼だろ!」


 無礼どころか負礼だ。マイナスになっている。

 我らが先生・四十八願 桂子は、ショートヘアーに幼児のような結びをつけるというちょっとしたイメチェンをした姿で不死川を保護すると、ふんすと鼻息荒く俺を見下ろす。


「っていうかお前はどっから出てきたんだよ。グラウンドだぞここ、どこに潜んでやがった」

「さっきの木の上だけど。何かあったら、あたしがあの女狐を処断するっていう計画だったからね」


 目が爛々とぎらついた。到底、敵サイドでしか見ることが出来ないであろう影が見える。

 太平寺も十分に危険だったが、やっぱりこいつが一番の危険人物な気がしてきた。


「それにしても失礼だよ、イッチーもさあ。ふーちゃんだって素直なところはあるんだよ。普段の性格がクソ悪くて陰湿極まりなくて陰険だから気が付かないだけでさ」

「お前のが絶対失礼だろ。大体同意するけど」


 控えめに言って人間の屑だからな、こいつ。

 少し素直な面を見せられたからといって、油断をしては……

 ざりざりざり。

 さっきの踵落としを仕掛けられた場所に、塩がすり込まれた。


「ってええええええええええええええええええ! な、なにしやがんだ不死川! このデブ! 肉! おっぱいこけし!」

「……傷がついたらすぐに塩を擦り込む。これ常識」

「その常識と常に実行するために塩を持ち歩いてるお前が怖すぎる」

「……チャンスはいつ訪れるか分からない。運命の女神は後ろ髪が無い。だからこそ、準備が大事」

「お前は狩りでもやってんの? 人間狩りしたいの?」


 相変わらずの人間の屑っぷりだ。どうやら保健室に行く必要は無いらしい。


「いっつつつ、マジで洒落になんねえほどいてえ……。もう嫌だ、俺帰る」

「えー、もう帰るの? いーじゃーん、もうちっとダベッてこうよ。イッチー、もうこっちに来ないんでしょ?」

「ああ、そのことなんだけどな……」


 ちょうどよかった。

 こいつらにも一応、宣言しておこう。後で説明するのも面倒だしな。

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