第61話
「ぐくうううう……!」
「剛迫……!」
審判の受けたストレスで剛迫の受けるダメージも、レベル2とはいえ小さくはないだろう。まして、星見さんとの戦いで散々無理をしたのだ。現に、今も項垂れたままで、顔を上げない。
「はっ……! はっ……!」
一人はリアルダメージに。
一人はメンタルダメージに、満身創痍。
対する太平寺は、無傷のままでこの地獄を満足げに眺めていた。
放火犯は自分が火を放った住居を見に来る可能性が高いと言うが、この太平寺の様子は正にそれだ。
「どうやら気に入ってもらえているようね。この分なら、このまま出しても十分に『殺せそう』ね。思い出達を」
すでに、戦いなど眼中に無い。そう言いたげに、太平寺は言う。
「冥土の土産、なんて、この後に逆転劇をされる小物の言いそうなことを言うつもりは無いけどね。わたくしの計画を教えてあげるわ」
「一体何をするの……?」
「貴女の察しの通りね。わたくし、ゲーマー共を憎んでいるの。それはもちろん貴女も含んでいるし、その他大勢を含む。まあ、もろもろの事情込みでね。そこは悪いけど割愛するわ」
ぺらぺらと喋り始めた太平寺の目に、『現在』は映っていない。
過ぎ去った過去の闇を見据えて、睨みつけて、諦観しているようだった。
「わたくしは今後勝ち進んで、一般公開の権利を得て。全てのグローリー・USのプレイヤーをこの絶望に落とすわ」
「……何!?」
グローリー・USの熱心なプレイヤーだったからこそ。太平寺のこの計画のおぞましさが理解出来過ぎてしまう。
「太平寺! お前、こんなもんを世界にまき散らす気なのか!?」
「当然よ。今回はテストのつもりでこの子を出して、ゲーマー共の反応を見たかったのよ。それに、この子はまだまだ進化の余地を残している。――完膚なきまでにプレイヤー共を叩き伏せるためには、まだ足りないわ。そのためにも、ふーちゃん先輩も欲しいのよ。グローリー・USと白銀の吸血鬼の最低の続編登場というダブルパンチ、更なる絶望のためにね」
まだ進化の余地を残している――だと!?
既に周りの観客達は、阿鼻叫喚の叫びすら上げていなかった。
突き抜けた最悪の未来を知ってしまい、目は真っ黒に、真っ暗に染まっている。うわ言を言っているような人もいれば、両手に顔をうずめている人・椅子に深くもたれかかったまま動かない人・隣人の介抱をしながらも死んだ目をした人。
動き回っているのは、錯乱状態に陥った人、それを止めようとしている人、そして深刻な身体への影響が出た人達のために動く救急部隊くらいのものであり、その足音や叫び声だけが響いている。
桁違いの絶望の余りに、誰もが生きる力を奪われている。
自殺者が出ていないのが奇跡な状態だ。
これですらまだ進化前――その事実が、何よりも恐ろしい。
完全体になってしまえば、一体……何が起こる?
考えることすら恐ろしい、現代の地獄絵図と化すだろう。
「――でも、これじゃあ戦いになんてならないわね? 剛迫さん。ここはわたくしのゲームのテスト会場だったかしら?」
そう言って、太平寺はすまいるピエロ側の画面にちらと目をやった。
スマイリー・サーカス。それは基本はRPGパートであり、サーカス団のテントの中に入ってそれぞれの場所でミニゲームを行うというミニゲーム集であるようだ。
今、審判の一人は空中ブランコを、もう一人は玉乗りをプレイしているが、特にクソな要素は見られない。
一体どうした? 剛迫?
これが、お前の全てなのか?
「まあ、その程度が貴女の全力ならば、それで構わない。わたくしは一方的な虐殺も嫌いじゃなくてよ。さあ、次の罪に移るわ」
「おい……剛迫! どうした……これがお前らの集大成なのか!?」
「……」
「おい! どういうことなんだ……普通に面白そうじゃねーか! ただのゲーム……凡ゲーだぞ、あのままだと……!」
俺はこの時点で――気が付いた。
剛迫は右腕を上げようとしているが、僅かに左手よりも浮いているだけで、ぶるぶると震えている。
「剛迫……?」
「はっ……! はっ……!」
それが意味するところは――
剛迫は、エヴォリューションを狙っている。
つまり、それを以てこれは完成するゲームなのだ。
しかし、エヴォリューション使用の合図は『右腕を上げること』。
満身創痍。ダメージの蓄積しきった剛迫では、それが困難なのだ。
「そうか……! 剛迫、今行くぞ。待ってろ……!」
太平寺の繰り出す余りのストレスに、俺の体もかなりのダメージを受けている。口は血の味でいっぱいだし、全身は震えが止まらない。
だが、それがどうした――
「第三の罪・『憤怒』」
突如鳴り響く、グローリー・USの音楽。
だがそれは――前作のアレンジ曲であり。
しかも、天を貫くような怒りを伴うほどに『クソアレンジ』された最低の曲であった。
あの最高のBGMをよくもここまで汚して――!
「うぐぅ!?」
怒りの余り、頭の血管がイッタか!? 急激に頭痛が襲い掛かる。血圧が上がって、頭がクラクラしてきた。
ただでさえ全身を引きずるようだった俺は、それによって再度膝突きの状態から再開となる。
「無理はしない方がいいわ、一鬼君。そんなにストレスを受けるほど、わたくしの前作を愛してくれたことには感謝しているわ」
「……!」
「貴方のことは、正直わたくし、嫌いじゃなかったわ。いえ、むしろ、気に入っていたわ。貴方は、貴重な……ゲームを心から愛して、その膨大な経験を基に平等に見つめることが出来る、素晴らしいゲーマーだった」
でも。
太平寺は、すでにゾンビ状態と化している審判をちらと三日月状の目で見てから、蜘蛛の巣が揺れるように腕を天に伸ばす。
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