第56話

「これから始まる試合で教えてあげる」

「不死川!」


 俺は倒れる不死川を両腕で支える。どうやら気絶させられたようだ。

 ちょうどその時を見計らったかのように、館内のスピーカーから司会の声が鳴り響く。


『えー、では! 休憩は終了とします! 決勝の選手の方は、控室までお越しくださいませ!』

「はいはい。それじゃ、先に行ってるわね。一鬼 提斗君」


 喪服を翻し、控室の方向に歩みだす太平寺。

 その後ろ姿は――俺の知っている太平寺ではない。

 何かに憑りつかれて、暴走している。修羅道に身を落とした女のようだ。


「待て、太平寺」


 俺の言葉に、足を止めてくれた。

 スピーカーの残響も収まらない中。俺は、自分でも信じられないくらいに細くて、頼りなくて、情けない声で問いかける。


「ゲームについて俺と語ってた時のお前も……嘘だったのか?」

「……」


 数瞬の間は、数日のような重みだった。


「……貴方は確かに、私にとっては偶然の見つけものだったわ。貴方があそこで剛迫さんと怒鳴りあっていなかったら。わたくしの道と貴方の道は決して交わることはなかった」


 けどね、と。

 平坦な声音の中で唯一、動きのある声だった。


「貴方と語り合ってたその時の楽しさだけは。何の打算も偽りもなかった」


 わたくしが言うのもなんだけど。

 それだけは信じていいと思うわ、と言い残して。

 最後の敵・『LOST』は去っていった。







 最終戦の布陣は、四十八願と不死川を欠いての、二人きりの戦いとなった。ともに原因は負傷である。四十八願はダメージだけでなく気絶した不死川の介抱もやるつもりらしいが、別れ際にいやらしい目つきでこう言ってきた。


「へっへっへー、二人っきりの最終決戦……。こりゃ、一気に距離を縮めちゃうチャンスじゃないのかなー?」


 大きなお世話だあの女。後輩のくせに。

 かくして壇上に上がるのは俺達二人。そして対戦相手・LOSTは、太平寺一人だけが壇上に上がっている。

 最後の相手が同じ学校の同級生だと知った剛迫の反応は――


「まあ! す、すごいわね! 見て見て、私達の相手、太平寺さんよ!? 覚えてる、ほら! この間の! まさか、私達の学校から、私達の学年から二人もこの大会の選手が輩出されちゃうなんて! まさにゴールデンエイジよ、私達!」


 どこがどうゴールデンなのか。卑金属に遥かに劣るただのクソなのに。

 それを聞いている向こう側・太平寺は、はしゃぐ剛迫とは対照的に心底嫌そうな顔で正面を見据えている。

 計画。

 この大会の結果で、不死川が仲間になると言った根拠は、この戦いで明かされると太平寺は言った。

 一体何が起こる? 一体何をする気なんだ、太平寺。

 一体何がお前をそうさせてしまっているんだ?


「えー、皆さま、ご静粛に……。そう、静粛に。そして、ご覧ください。この壇上に在る、奇跡の中の奇跡を」


 会場の照明が消えると、俺達がスポットライトで照らされた。

 決勝の舞台・共に、男ならば誰もが無視出来ないであろう美女同士。


「ご覧のとおり、本日の大会の決勝は、クソゲーバトル全体でも稀に稀。女性同士の戦いとなります。それも、見てのとおり!」


 と、モニターに半々ずつ映る剛迫と太平寺の顔。


「美女と美女です!」

『ひゃっほおおおおおおおおおおおお!』

『いいぞおおおおおーーーーーーーーー!』

『ダメージレベル9! 9! 絶対に9!』


 今あそこに隕石でも落ちればいいのになあ、マジで。


「それも、データを見ますと、二人とも同学年にして同窓の高校生! これはなんという神様のいたずらなのでしょう! では改めて、激戦を制した二人の美姫の紹介をいたします!」


 俺はガン無視のまま、紹介に移りやがった。そっちのがいいけど。


「第一回戦において、格上の相手・天落選手を破り! ジャイアント・キリングを果たしたすまいるピエロがその代表! その記憶はまだまだ鮮烈だ! 決勝でも、その熱い魂を見せてくれ! 剛迫おおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 蝶せええええええええええええええええええええん!」

「ふっふーん」


 ドヤア、と言いたげに鼻息が荒い。悦に入ってやがるよこの人。

 その歓声は割れんばかりだ。


「そしてその相手は! 第二回戦において、別の意味で我々の記憶に刻み付けるような戦いぶりを見せました! 試合時間・たったの10分! 戦いにドラマなど不要、ただ圧倒的なクソ度で押し潰すのみ! 決勝においては、果たして全力を拝むことが出来るのか! 『LOST』、太平いいいいいいいいいいいいいいいいいいいっじ! ぎょおおおおおおおおおおおおおおう舟ううううううううううううううう!」


 対して太平寺は無表情である。

 しかしそれに大喜びする人種もいるようで、あちこちから豚の悲鳴のような歓声が上がっている。人の性癖は人それぞれ。否定してはいけないのだ。


「では、ハーツ・トゥ・バディの準備を! 今回の適正レベルは……剛迫選手が2、太平寺選手が6です!」


 そしてこのトリプルスコアである。

 しかし、四十八願をも封殺する武術の達人なら、これくらいの肉体の頑強さはあるのかも知れない。


「引き上げはいかがしましょう!」

「わたくしはしないわ、そんなの。無益よ」

「私は6に引き上げ……」


 ラーメン大盛りを頼むような気軽さでレベルを引き上げようとするこの脳筋の口を封じた。


「あー、いいです! そのまんまで!」

「いいんですか? すっごい暴れてますけど剛迫選手」

「いいんですって!」


 かくして強制的に、適正レベルでのバトルになる。

 剛迫はめっちゃにらんできた。


「どういうことかしら? 私は対等の条件でやりたいのよ! 太平寺さんだけずるいわ!」

「ずるいって何だよ、苦痛を美徳にする日本人体質め!」

「魂の問題よ! まったくもう!」


 怒られた。今までにないくらい怒られた。理不尽である。

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