第48話
「ウェイキング! スタンバイ!」
ウェイキングで発動させることの出来るバグは全て暗記している。どれを発動させる気だ?
もしくは星見さんの目論見を看破し、的確なバグを発動させてくれるかも知れないが、このタイミングで発動させて最も有益なバグは。
たった一つしかない。
そしてそれは最悪の選択だ。
「万象一切、塵芥までもその喉に誘え! ステージボス強化バグ(フォース・オブ・テュール)!」
『災禍覚醒』の文字が画面に踊った。
ペガサスに表面上の変化は無いが――
「こ、これはーーーー!? 速くなっています!?」
その動きの速度が、段違いに上昇していた。
観客席からもざわざわと声が上がっている。クソゲーをやりこんだであろう審判でさえ翻弄されるこのスピード、傍目から見れば無理ゲーにも近い難易度だ。
クソゲーバトルにおける災禍覚醒とパッチ適用の仕事は、相手の属性を上回るか、もしくは全く別の属性を付加して、相手との被りを防ぐかにあるらしい。
前者は相手の長所をそのまま上回ってたたき伏せる、攻めのクソ。
後者は相手とは違う長所で攻める、守りのクソ。
剛迫がここで前者を選択したのは、相手が『無理ゲーにしすぎた』と判断したためだろう。だから、この酷い無理ゲーによるストレスで、相手を相対的に上回ろうとしたのだ。
見れば、窮奇は未だにあの理不尽エンカウント地獄から抜け出せていないようで、またもゲームオーバー。しかしストレスより先にダルさがすでに先行しているようで、剛迫へのダメージは微々たるものになっているようだ。
い け る。
剛迫の息が荒い。口元には薄い笑みが浮かび、言い方は悪いがやや下卑てすら見える笑みだ。
ここで詰めの一撃を叩き込めば――
剛迫はリストバンドに手を伸ばした。
「!」
まさか!?
「おい、剛迫! 待て! もう『それ』を使うのか!」
「何を言っているのよ、見なさい! どう見てもこっちが優勢よ! 言ったでしょう、使用タイミングは早いほうがアドバンテージを取れる! 切るわ、ダメ押しのジョーカーを!」
パッチ適用・エヴォリューションは強烈な世界の改変だ。ゲーム全体のバランスに関わるために、使用のタイミングは速い方が――審判に対して改変された強力なクソ要素を叩き付けることが可能だ。
しかしゲームそのものを改変するという特性上、相手のゲームとの相性をよく見極めたうえでの選択を強いられる。そこが、エヴォリューション使用の駆け引きとなる。他ならぬ剛迫自身に教えられたことだ。
その剛迫自身が下した決断・即時使用、短期決戦。
俺のようなペーペー中のペーペー、クソゲーバトル歴たった数日の野郎が口を出すようなことではない。
だが。
ギガンテスタワーのパッチが有効なのは。
相手が『難易度の高さ』で攻めてくる相手だった場合、に限られるのである。
剛迫の行動を受け、せり上がる台座、USB挿入口が露わになる。
「剛迫選手、圧倒的な攻めの姿勢だ――――! 今大会最強の相手・天落を相手に、早々と災禍覚醒、及びパッチ適用を宣言します!」
これは――いけない!
天高くUSBを掲げる剛迫を目にして、俺は思わず駆け出してしまう。
「ギガンテスタワーよ! 我は……」
「剛迫ォ! 待て!」
俺はタックル同然に剛迫に組み付いていた。
衝撃で台座にぶつかりそうになる剛迫の体だが、その軽さが幸いして抱きとめることに成功する。しかし剛迫は俺を睨むように見下ろしていて、USBを握る手を震わせている。
「な、なにをするのよ一鬼君!」
「お前が何やってんだ! 一気に二つも切り札を使いやがって!?」
俺の乱入で、観客からはブーイングが発生している。ポーズのかかったままで試合が止められているのだから当然の反応といえば当然の反応だろう。
「だって、見てよ! どう見てもチャンスじゃない! 星見さんは明らかにミスをしているわ、今こそ攻めて、勝ちを盤石にする絶好の機会よ!」
「バカ! よく考えろ、お前! 『お前の憧れの相手』が、そんな初歩的なミスなんてするか!?」
剛迫の目が大きく見開かれる。
瞳が、心臓のようにきゅっと縮まって――戻ることはなかった。
「油断は出来ないって何回も言ってたのは誰だ! まだ相手はもう一つのバグを明かしてねえ……! そしてそのバグってのは! 俺の予感が正しければ――」
『『『喝っっっッッッ!!』』』
ブーイングも、俺の言葉も、剛迫の荒い息も――全てを圧殺する、星見さんの大声が天を貫いた。
「剛迫よ。――貴様は本当に気づいておらんのか? 貴様がそやつに救われたことに」
虚しく響くレトロサウンド。
数万人導入の大舞台で異様としか言いようのない静寂の中、続ける。
「貴様は優秀なクソエイターよ。そして我に対する対抗意識、畳みかけるだけの意思の力、決断力、精神力。どれをとっても、この舞台に上がるに相応しい資質を持っておる」
ギガンテスタワーをプレイし、ペガサスに翻弄されている審判の頭からは湯気が立っている。相当に怒り心頭のようで、それだけに星見さんに入っているリアルダメージの度合いも相当なものだろう。
だが揺るがない。最高レベルの苦痛を負ってなお、揺るがぬ霊峰。
「だが貴様はやはり足りぬわ! この星見を屠るに足りぬ!」
「何を……!? そう言う貴方のゲームは、最早クリア不能の『ゲーム未満』になっているじゃない! 人のことを……」
「それが未熟と言っておるのだ。ならば見よ、もう一つの我が災禍……! 渾沌ノ黒尾が、その姿を!」
轟く様な声で叫ぶと、その体躯に似合わぬ速度で――俺達に急接近する星見さん。
「きゃっ!?」
「!」
俺は反射的に、迫りくる巨影を前に剛迫を抱きしめていた。
大砲から射出された鉄塊のごとき怪物・星見 人道は手にUSBを握り――
「ふんぬッッ!」
そのUSBを、叩き壊さんとするばかりの勢いでスロットに挿入した。
瞬間、巻き起こる『パッチ適用』の文字――
「な!? 何をしやがった、あんた!」
「見ればわかろう。――エヴォリューションによるポーズは、USBを挿さねば解除されぬ。安心せい、何のデータも入っておらんわ」
氷が解けるように解除されるポーズ。唐突にゲームプレイが再開され、ギガンテスタワーは再び襲い来るペガサスの攻勢との闘い、窮奇は延々と続く強敵との不毛過ぎる闘いに戻っている。
だが――今度の窮奇の闘いは、今までと違う。
コマンドの「じゅつ」を、二人の審判が選択していたのだ。
敵は一方の審判は赤き奇獣・窮奇。もう一方は貧弱なゴブリンを赤茶けた大砲に乗せたようなデザインの敵だ。
「剛迫! 貴様は見誤った! 窮奇が真の正体は、難易度の高さによる『無理ゲー』ではない!」
「……!?」
たった一つだけあったほのおのじゅつを、使用する審判たち。
その瞬間――簡素なエフェクトと共に爆散する敵達。
剛迫の顔に、絶望の影が差した。
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