第46話

 『窮奇伝(きゅうきでん)』。


 俺達のギガンテスタワーがロードをしている真っ最中に表示された、星見さんのゲームタイトルだった。

 異形の虎が吠えるタイトル画面が映っているが、かろうじてそれだと認識出来る程度の荒いドット。正直、家庭用ゲーム機黎明期を少し過ぎたくらいの画質だろう。


『さあ! あっさりとしたロードを抜けましたのは、天落のゲーム! その名を『窮奇伝』! その古めかしいドット絵で描かれし汚い窮奇の牙、その鋭さやいかにいいいいい!』


 実況している間に、俺達のギガンテスタワーもロードを終えた。

 実況が切り替わる。


『おっと!? なんと! ギガンテスタワーもロードが早い!』


 両者、タイトル画面までダメージ無し。

 それを見て満足げなのは、星見さんだ。


「――良き判断だ、流石よ」


 まず最初の俺の変更点は、ここからだ。

 ロードの長さによって与える、最初のストレス対決だが、俺はこれに対してNOを突き付けてやった。ヘル・ロード、ヘヴン・ロードと名付けられる基本戦法らしいが、俺はこれを真っ向から否定する。

 何故なら、これは所謂『初見プレイ』だからだ。

 ロードの長さとは、何度も何度も味わうからこそのストレスである。

 しかし一番最初に行うプレイでロードが長ければどうだろう。今か今かと待ちわびる、新しい世界への期待と不安を膨らませる時間にもなるだろう。

 それならばむしろ短くすっきりさせてしまっても変わりはなく。さっさとクソを叩きつけてやった方がいい。予想以上に、クソゲーバトルはスピード勝負なのだから。

 ひとまずここは、俺の判断が肯定されたところだろう。

 そしてほぼ同時にオープニングに入るが――

 ここで、星見さんが動いた。


「――だが! 剛迫よ! 貴様がロードを削ったことによって、我と同じ時にオープニングに入ったのが運の尽きよ!」

「何ですって……!?」


 ビギギ。星見さんの筋肉が、そこから引き裂かれんとばかりに割れていく。

 右腕を高々と上げ、握りしめる拳はまるで隕石のようだ。


「早々と、先制攻撃を宣言! このオープニングには一体、いかなる罠が隠されているのか!?」


 オープニングは進む。こちらのギガンテスタワーはお姫様が浚われて助けに行くのを決意する場面――つまり、ごくごく普通の場面である。

 そもそも、オープニングに組み込むクソ要素など聞いたことも無い。画面では窮奇という中国の怪物が今まさに数人の僧に飛び掛かろうとしている場面である。

 そこで剛迫は何かを察したらしい。

 一気に顔を青ざめさせて、審判に叫ぶ。


「ダメ! 避け――」

「もう遅いわ、小娘! 喰らうがいい、我が僕の異形なるアギト!」


 飛び掛かる窮奇。

 コントローラーを置いている審判達――


「峻烈なる不可避の爪牙! 『壊滅爪・虚ノ型』!」


 振り下ろされる拳と共に、僧は虐殺された。

 瞬間画面に走る――ゲームオーバーのドット文字。


「あぐ!?」


 同時に審判達のストレスと共に、剛迫に走るダメージ。

 まるで星見さんの空を飛ぶ一撃を受けたように引き下がり、呼吸を乱して膝を突く――。レベル6の中でも上位のダメージが入ったのだろう。


「な! なんとお! オープニングからすでにゲームは始まっていましたあ! 一切ノーヒントのままで攻撃を仕掛けた窮奇! 動かせることすら分からないうちになすすべなく一撃死! これは酷い!」


 タイトル画面に戻される窮奇。ロードの長さは確かにそこまで長くはないが――ゲームプレイをしたかったのにそれすらさせてもらえなかったというストレスは、想像に難くない。

 それが例えクソゲーであっても、操作するという当然の権利すらはく奪する魔性の爪。

 それによるストレスを真っ向から受けた剛迫。仁王立ちで見下ろす星見さん。

 だが――


「お!? おお!? ギガンテスタワー、これは何だーーー!?」


 剛迫は顔を上げた。

 攻撃を受けたままではいられない。闘志にぎらつく眼が、そう語っている。


「……お返しよ……! 貴方が爪で来るのなら……」


 ギガンテスタワー側でも今、『クソ要素』が炸裂していた。

 精神を引き裂く爪を振るった窮奇。それを受け止めるのは――


「こっちは『鱗』よ! 勇壮なる旅路を阻め! 『ビギニング・スケイル』!」


 最高硬度の雑魚敵の表皮だ。

 ギガンテスタワーは今、パンチを繰り出しまくっている。それも、相手はこのゲームの中で最大の体力を誇る『オハン・リザード』。盾を纏う二足歩行のクソトカゲ。

 それを延々と殴り続ける審判達の額には、確かな青筋が浮かび始めて――


「ぬ!」


 星見さんへのダメージとなった。

 苦痛に僅かに顔を歪める巨躯。窮奇の方はオープニングの窮奇の攻撃を抜け、いよいよ物語スタートの場面である。

 互いのクソ要素、最初のぶつかり合い。

 それを終えた二人は、どちらともなく不敵に笑う。


「ワッハッハッハ。やられっぱなしでいてくれる……わけでもあるまいか」

「私が案山子にでも見えてた?」

「ワッハッハ……小娘よ」


 最初のぶつかり合いの傷も癒えぬうちに、星見さんは攻撃態勢に入る。

 馬鹿な? もう次のクソ要素を? 窮奇には見たところ、未だに敵すら出ていない。古代の中国を意識したような住宅やツボが並んでいる街を横から見た画面で、敵がのこのこと歩いている場面。こっちはまだオハン・リザードの一匹目すら倒せていない段階だ。


「物言わぬ案山子でも殴れば、ささくれによる多少のケガもしようというものだぞ」

『『『ぬうん!』』』


 気合が、会場のスピーカーの音をたたき割った。

 響いた音は、恐らく数百メートル先の人間でも聞き取れただろう。そう確信させるほどの大声である。


「ヌルイ! ヌルイヌルイヌルイ、ヌル過ぎるわ剛迫ぉ! その程度で我が攻勢を受け止めるとぬかすか!」

「……!?」

「ふんぬう!」


 天を殴殺するように拳を振り上げると、同時に出現するキーボード。

 キーボードの出現、それはすなわち――


「か、開始僅か1分で、天落! ウェイキング使用宣言です!?」

「ヌエエエエエエイ!」


 言葉を返すことも無く、一撃一撃でキーボードをたたき割るような打鍵を始める星見さん。入力を終えて最後のエンターキーのみとなった時、空に飛び上がる巨大なる霊峰。


「飛んだ――――――!」


 全員の視線は、漢に集中する。

 その剛脚を高々と掲げ、叫ぶは。

 巻き起こす災禍がその名前。


「食らうがいい! 我が窮奇に搭載されしバグがその一角……! 『饕餮ノ赤牙(とうてつのあかきば)』! チェストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 台ごと断裂するかのごときかかと落としの一撃が、エンターキーを破壊と同時に押し込んだ。

 キーボードはたたき割られ、衝撃が剛迫の後ろにいる俺達にまで伝わってくる。コンクリート製の台座は抉れ、この男の一撃がいかに凄まじいものだったかを物語っている。

 そしてゲームには一体何が起こ――


「キーボードを持てい!」

「!?」


 バグの効果もまだ分からぬうちに、破壊したキーボードの替えを要求する星見さん。

 まさか? まさかそんな?


「ワッハッハ……何を驚いておる、すまいるピエロ共よ」


 ウェイキング。バグを誘発させるこのルールは、相手の出方・審判の様子などを伺い、流れを変えるために使用する種類を吟味して行う駆け引きの要素。俺の中の認識はこうだ。

 断じて、開始1分で畳み掛けるように使用していくものではないと決めつけていた俺の思考に喝を入れるように、次のキーボードに巨大な指を振り下ろす『天落』。


「クソゲーとは勢いこそ全てよ! 真正面より淀みなく間断なく一気呵成に攻め立て、苛み、破砕する!」


 雷のように轟く声で叫ぶと、数回の打鍵の後にキーボードを上空に投げ、人差し指と中指を突き出し合わせ、固く握り込む。


「窮奇が持つバグがその一角……!」


 闘気が形作っているのか――この漢の背中に、鬼が見える。

 キーボードの表面が星見さんに曝された瞬間、大気を引き裂く様な連打による打鍵。さっきの攻撃が重厚な一撃による圧殺だったのに対し、今回は息もつかせぬ連打による圧倒。


「『渾沌ノ黒尾(こんとんのこくび)』! ぬえええええええええええええええええええええええええええええええい!」


 エンターキーを最後に打鍵した瞬間、キーボードは爆砕。

 二つの災禍を一度に目覚めさせた窮奇は、邪な心臓を胎動させるように『災禍覚醒』の文字を浮かび上がらせている。

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