第32話
「……んじゃ、そろそろ私は要らないね。ちょっと食べ物買ってくる」
と。会話の流れを見切った不死川が、のっそりと緩慢極まりない動きで立ち上がる。
「ちなみに何食うんだ? お前」
「……適当。予算は3000円で」
「ようデブ」
ガラの悪い前蹴りを喰らい、内臓破裂一歩手前まで追い詰められた。
「……ヨイ、ついてきて。警備」
「はいはーい。あと、蹴りの入れ方甘いよ。もっと腰を入れない方が威力出るよ」
「……そうなの?」
「そうだよ! あたしを信じなさーい!」
ちゃっかり威力を減退させる方法を仕込んでる辺りが四十八願だ。こいつマジ先生。
「よし、じゃあ私達は、ショップにでも行ってましょう。ふーちゃんいっぱい食べるんだけど食べるのは遅くて暇だしね」
「ショップ……」
クソゲーショップ。
それは路地裏でぼろ布を纏った露天商並みに近寄りたくない場所である。
「今更、お前が見るレベルのクソゲーなんてあるのか?」
「もちろんよ! ここでしか手に入らないグッズも売ってるし、見どころは沢山あるわ! さあ、行きましょう!」
と、立ち上がって手を差し伸べる剛迫。
その白くて滑らかな手は、触れるのも憚られるほどに美しい。
だが、手を取れば地獄観光へご案内の、悪魔の手である。
「……まあ、行くか」
それでも。
こいつとの初ショッピングだと考えれば。
たとえ行く場所が最低だと分かっていても、きっと耐えられるだろう。
夜の8時。
俺は夜道をふらふらの状態で歩いていた。
「……頭が痛い……」
俺は今、剛迫を家まで送り届けた直後だった。剛迫の家はなるほど、確かに経済状況が知れるほどの小さなアパートであったが、本人が『気にしていない』という弁を体現するように堂々と「ここが私のアパートよ!」とどや顔をしていたので気にする必要は無いだろう。
まあ、剛迫を送り届けたというよりも、正確にはそこまでアシストしてもらったと言う方が適切なわけだが。
結論を言うと、いくら剛迫と一緒とは言っても。俺はあの瘴気に耐えることが出来なかった。
剛迫はノリノリで色んなグッズや、古のクソゲーをきらきら光る瞳で見せつけてくるわけなのだが、俺にしてみればまったくの理解不能。興味のないものの買い物に付き合わされるのは相当に辛いのだ。
そして一番の原因は、剛迫が心底楽しそうにしていた点だ。
そらもう、遊園地に来たように大はしゃぎ。それを見せつけられることは、かなりのストレスとなった。
結局、そのショッピングで残りの時間は全開放してしまったわけだし。
なお、そうなった原因は不死川の食べる遅さにも起因していたわけだが。
「あいつ、もう……本当に、クソゲー好きなんだな……」
そう思うと、心から切なくなる。思わず、あいつの黒髪のように星々の煌く夜空を見上げてしまった。
知れば知るほど分かってしまう、あいつのクソゲーへののめりこみっぷりは、相当なものがある。人格の深く深くへと食い込んで、密接に絡みついている、悪性の寄生虫のような存在になっているのだ。
クソゲーのテスターになって、距離が近づいたと思ったのに。
それは実は逆で、どんどん離れている気がする――
「夜空を見上げるとは雅ね、一鬼君。でも危なっかしさを秘めているわ」
「!?」
背後。
電信柱の裏から――そいつは、まるで俺自身の影のように出てきた。
「太平寺?」
「ええ、太平寺 暁舟(たいへいじ ぎょうしゅう)よ。どうしたのかしら? そんなにびっくりして」
「知人が電信柱の裏から出てきてびっくりしねえ奴がいるかよ」
「あら、花も恥じらう乙女をエイリアン扱いするだなんて失礼ね。貴方もしかして、彼女いたことない?」
「大きなお世話だ」
「大丈夫。わたくしも居たことないから、彼女」
「知らんがな」
マイノリティではないことを知ったところで何のメリットもなかろうに。
夜に見る太平寺は、背後の暗さと相まって――一種の不気味さを演出している。街灯の光が顔の半分だけにかかり、物陰から覗いているような深緑の目は、直視が難しいほどだ。
服装はこの闇に溶け込むように真黒だが、たった一つ、百合の花を象ったような銀色のブレスレットが手首に嵌められている。
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