第15話美月の里1

維月は昼前に曾祖母の美月の家に到着した。高台にあるその家は、古いが代々のツクヨミの子孫達の守りの力がほんのりと残っていて、それが何重にも重なって守られているので、いつ来ても清浄で、清々しい空気を感じた。

裏手の少し離れた所には神社の鳥居が見えて、その奥には村人達がずっと手入れしている本堂がある。かなり古いもののはずだが、丁寧な手入れのおかげで朽ちることなく、美しく維持されていた。

荷物を降ろすと、維月は恒と遙を連れて、林の道を歩き出した。

振り返ると、14歳の二人はしっかり手をつないでついて来ていた。仲がいいからではない。いつでも力を送れるように、警戒しているのだ。

恒は、小さい頃から落ち着いていて凛とした雰囲気がある。頭も良く、争いを好まないのでいつも物静かだった。

遙は引っ込み思案でおとなしく、兄弟姉妹達以外とは滅多に話さない。恒と離れるのは不安なようで、恒もそれをわかっているので、二人一緒に居る事が多かった。

そんな二人と小一時間ほど歩くと、神域として守られ続けている区画へたどり着いた。


川が流れているのを横目に、維月は山の方へ向かった。山肌に、大きな岩が1つ、不自然に突き刺さるようにあり、その岩を無数の綱で、山に縛り付けるように押さえているように見える。

昔、月の神様が、ここに悪いものを封じたので、決して触ってはならない、という言い伝えがあると村人は話していた。

縄が古くなって来ていたので、取り替えようという話が出たことがあったそうだが、村人達がいくら切ろうとしても、この縄は切れる事はなく、仕方なく古い縄が見えないように、新しい縄を上から何重にも巻き付けたという話も聞いた。

見たところ、変わったことは無さそうだった。

「そこに居てね」

維月は恒と遙に言い置くと、1人で岩に近付いて行った。


岩に触れるほど近くへ行くと、光と闇の両方を感じた。間違いなく光の力は今も闇を押さえていて、圧倒しているのがわかる。ホッとした維月は何かにつまづいて膝をついた。

「お母さん、大丈夫?!」

遙が向こうから叫んでいる。維月は答えた。

「大丈夫よ、ちょっとつまづいただけ。」

不注意に恥ずかしく思いながら維月が立ち上がろうと手をつくと、目の前の岩の下に、古い縄が一本、ぶら下がっていた。刃物で切ったようではなく、ちぎれたような感じだ。

村人達が上から重ねたものが劣化して切れたのかと触れると、そこからは古い光の力を感じた。

これは、月音が封じた縄だ。

嫌な予感がして維月は慌てて立ち上がり、その縄の、切れた先を探した。

もう一方は、まだ岩の近くに張り付いていた。

その下に、長さ10センチ程の、亀裂が入っていた。

その時、ざわざわと回りの木々がざわめき出し、何かの念が、維月の頭の中に入って来た。

そして、それを見たのだ。



維月は自分を呼ぶ声を聞いた。

「お母さん!」

ハッとして飛び起きると、そこは美月の家だった。日がかなり傾いて、今にも沈もうとしている。

「よかった、このままだったらどうしようかと思ったの…月ともまだ話せないし…」

遙は泣いて抱きついて来る。維月は傍らの恒を見た。「恒?」

「母さんは倒れたんだ。回りの木々が母さんに何かしたみたいにオレには見えた。悪い気じゃないのはわかったけど、そのまま気がつかないから、ここへ運んでもらったんだよ。」

遙が言うには、恒が携帯で村役場へ連絡して、みんなでここまで運んでくれたらしい。医者も来たが、脳震盪を起こしただけだと、先刻帰って行ったらしい。

「そう…ありがとう、心配させたわね。」

維月は空を見た。もうすぐ月が出る。木々は、維月にどうしても伝えたかったのだろう。見せてくれた光景は、維月の脳裏に焼き付いていた。


暗い光景だった。

恐らくかなり夜も更けている。維月は川の近くに、何人かの人影を感じた。近付いて来る。30代くらいだろうか?男の人が5、6人居る。皆酔っているようだった。

「誰だよ、肝試しなんて言ったやつ~」1人が大きな声で言った。「なんも恐くないじゃんか。」

維月は警戒した。よそ者だ。やがて維月は、それは木々が感じた気持ちなのだと気付いた。

「あの民宿のばあさんが、めちゃくちゃここを怖がるからさ~もっとおどろおどろしいと思ってたんだよ。」

誰かが答える。1人がこちらを向いた。

「何かあるぞ。」

木々はざわざわと音を立てて、近寄らせないようにと願った。男達は、その願いも虚しく、木々の下までやって来た。ふと、維月はそのうちの1人が、ぼんやりとした守りの結界に守られているのを感じた。本人の力ではなく、他の誰かがその人物に張って守っているような感じだ。

《こちらへ来い》

常人には聞こえない、微かな念が飛んだ。維月はゾッとした。なんて悪意のある念なのだろう。

それでも結界に守られた人物は、引き寄せられるように大岩の端へ近付いた。

《待っていたぞ。その力をよこせ!》

その人物の結界の力は、まるで吸い込まれるように大岩に開いた小さな亀裂へ入って行った。

とたんに、同じ亀裂から何かの力が吹き出して縄を一本引きちぎった。

そこに居た全ての男達は、ビクッとした。縄が勝手に切れた…。

男達は顔を見合せ、一目散に走り出した。

結界を取られた人物は、少し遅れて走り出した。もう遅い。維月は目を背けた。

亀裂から深く暗い悪意の念が吹き出してその人物に巻き付いた。木々が絶望にざわついた。

その人物は激しく地面をのたうち回って唸っている。念が首を絞めているようにも見えた。

やがてその動きが止まると、ムックリと立ち上がって叫んだ。

『抜け出したぞ!』

木々の悲しみが痛いほど伝わって来た…。

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