第29話あちらの世界

次の日、警備してくれていた警官たちにパトカーに乗せられて、警察署まで星路を迎えに行った。星路は相変わらず黒いままだったが、あやめはもう、星路が何色だろうと構わなかった。手続きをして、星路に乗って警察署を後にしたが、それにはパトカーも付いて来た。しばらくは、家の回りを交代で警備してくれるらしい。

あやめは少し緊張気味に星路を運転して、家の車庫に入れると、警官たちに会釈して家に入って行った。心配してくれているだろう、プリウス達とは話せなかった。家の車庫にあったはずの、代車のデミオは持って行かれていた。連絡があって、ロードスターが戻って来ると知って、先に場所を空けて置いてくれたらしい。後であのデミオの鍵を一本預かっているので、返しに行かなければとあやめは思っていた。

家の前の警官を気遣って、あやめは話せなかったが、星路は話していた。

「いろいろ心配掛けたな。」星路は、回りの皆に言った。「オレの色は変わっちまったが、まあ中身は同じなんで心配すんな。」

プリウスが気を使っているのか、言う。

「いいじゃないか。むしろ前よりこっちのほうがいいかも知れないぞ。塗装をし直してもらえるなんて、なかなかない事だからな。」

星路は笑った。

「もう11年なのにな。外を綺麗にしても、結局中の部品の交換は避けられねぇ。もうそろそろ寿命の部品も多い。」

「ドライブベルトはまだ大丈夫か?エルグランドは去年交換したと言っていたぞ。」

プリウスが言う。星路は答えた。

「そろそろだろうな。この間の車検でブレーキパッドを換えてもらった。いろいろガタ来てるのさ。今は大丈夫だが、部品を換えられるたびに死ぬんじゃないかとひやひやしたよ。前回のセルモーターの時は、一瞬意識を失ったしな。」

プリウスは唸った。

「明日は我が身だ。まあ、私は皆と少し造りが違うから、一概に同じ寿命とも限らないがね。」そして、一度息を付くと、続けた。「ところで星路、代車のデミオが言っていたことで、気になることがあってな。言おうかどうか迷ってたんだが、やっぱり言っておこう。」

星路は、気になって言った。

「なんだ?」

「ほら、黒のスカイラインのことだ。」プリウスは、星路に思い出させようとしているようだ。「あやめの会社の上司が乗ってたとか言ってた。あれが、デミーのオーナーだった女性の所へ代車で出ていた時に、同じレストランの駐車場で見かけたんだと。」

星路は、合点が行った。やはり悟が、由香里に焚き付けていたのか。

「…ありがとうよ、プリウス。だがな、もう遅い。それを先に知っていたら、あやめをあんなめに合わせずに済んだかもしれねぇのに…オレは、悟を一瞬でも疑おうと思わなかった。ざまあねぇな。人は変わるってのに。」

プリウスが、驚いたように星路を見た。

「では、世間で騒いでいるのはやはりあいつか。詳しいことがここまで流れて来ない。前回の事件が騒がれ過ぎてこんなことになっているからと、警察が報道規制を敷いてしまっていてね。パトカーもだんまりで、物達でも知れることは限られているのだ。」

傍であやめの家を警備している警官が乗っている、パトカーが咳払いをした。プリウスは黙った。

「なんだ、パトカー。お前、誰にも言わないのか。」

星路が話を振ると、パトカーは言った。

「オレ達の仲間内では、当然のことだと思ってるよ。あやめがこんな目に遭ったのも、結局は皆が騒ぎ過ぎたせいだ。もう少しで命を落とすところだったんだぞ?」

星路は、頷いた。

「確かにな。お前達には世話になりっぱなしですまねぇとは思ってるんだ。」

パトカーは急いで言った。

「そんなことを言ってるんじゃない。オレ達はこれが仕事だしいいが、あまりにいろいろあり過ぎたろう?オレ達車だけじゃなく、白バイもカブもそりゃあ神経尖らせていたんだぞ?この近辺に、あやめのように物と話せる人はいないだろうが。居なくなったら、困るんだ。だから守るのさ。この近所の物達も、くれぐれもこの件は言いふらすんじゃないぞ。人ってのの中には、愉快犯ってのが居て厄介なんだ。」

どうせ人には聞こえないが。

星路は思ったが、黙っていた。何しろ一生懸命あやめを守ろうとしてくれているのだ。パトカーの助けは、有り難い。

あやめが、そっと顔を覗かせた。小声でささやくように言う。

「星路?そろそろ行く?早くしないと、悟さん、なんだか危ないみたいだから…。」

星路は、あやめを振り返って言った。

「ああ、行こうか。どっちにしても助からないかも知れないが、オレも頭に血が上ってない状態であいつと話してぇんだ。」

あやめは頷いて、そっと警官から見えないように星路のテールに触れた。そして、あちらの世界へと飛んだのだった。


悟に触れていた訳でもないのに、念じただけで二人はいつもと明らかに違う場所へと飛んだ。

おそらく、望めばいろいろなことが出来るのだろう。まだ学ばねばならないことがたくさんあることを、二人は知った。

そこは、思ったよりは悪い場所ではなかった。

あんな大それたことをしようとしたにも関わらず、そこはあやめが、先に襲われた男と共に行った世界よりは、数段明るかった。それでも、自分達が最初に行った真っ白な世界よりは、幾分落ち着いた明るさで、不安感も感じなかった。

「なんだか、あっちの生きてる世界に居るようだな。」

星路が言った。そうなのだ。自分達が行った世界は、あまり現実身がないほどに美しい場所なのだが、ここは幾分俗っぽいのだ。

悟はどこだろう。

二人がためらいがちに歩いていると、どこからか男声がした。

「なんだ、客が多い。お前達は、ここの住人ではないだろう。」

いきなりの声には、もう慣れている。星路が答えた。

「知り合いがこっちへ来てるはずなんだが。まだ死に切れてないヤツはいないか?」

その声は答えた。

「そんなもの、山ほど居るが、その中にここへ来るべきでないヤツが混じっている。お前達が探しているのは、奴だろうな。」

「どんな人ですか?」

あやめが訊くと、その声は答えた。

「悪党なんだが、悪党じゃない。難しい分類の奴。だが、オレはここには受け入れたくはないんだがな。なので戸も開かないし、死に切れてないんだろうよ。」

星路が言った。

「お前は、シアと同じか?」

相手は、驚いたような声を出した。

「シア?あいつは上の階層の担当の番人だ。同じというのは役目のことか。ならば同じ。オレはここの番人、ネスだ。この辺り、中の階層のな。上は少ないが中ほどは多いんだぞ。たまに不公平だと思うことがある。」

星路はそんなことは聞いていないと思ったが、頷いた。

「とにかく、そいつはどこにいる。」

「案内しよう。」光りがパアッと光ったかと思うと、シアと同じように光の中に人の形が見えた。今度は、がっしりとした体型の男の人型だった。やはり顔立ちは美しい。「ついて来い。」

星路はあやめの手をしっかり握った。あやめは、星路から自分を守ろうとする気持ちを感じて、心が暖かくなった。星路…恋愛が分からないからそんなに何も言わないけど、でも、こうしてウソの無い気持ちを行動から知ることが出来て、嬉しい…。

あやめが星路への愛情を再認識しながらその男について歩いていると、その男は振り返った。

「…お前達、ここへ来る魂じゃないだろう。こんなに光りの強い魂をここで見ることはない。純粋過ぎて、ここの奴らには食われるぞ?気を付けないと。」

あやめが繰り返した。

「食われる?」

ネスは頷いた。

「染められるということだ。魂の汚れっていうものは、汚いものから綺麗なものに流れる性質があってな。熱が熱いものから冷たいものに流れるのと同じようなものだ。話すなとは言わないが、相手の考えに流されるんじゃないぞ。お前達にはお前達の考えがあって、それが正解だと信じることだ。」

なんだかよく分からなかったが、二人は頷いた。遠く、ぽつんと人影が見えた。途方に暮れてただ佇んでいるといった感じだ。ネスはその人影を指した。

「あれだ。真っ黒に染まり切ってる訳じゃないが、外側はもう綺麗にメッキのように黒くなっているな。中身は、割って見ないと分からない。だが、オレは生憎ああいうものに触れるのが嫌いでね。ここで放置しておいてもいいかと思ってたところだ。じゃ、気を付けて行ってきな。」

それは、悟だった。

遠めに見ても、その形から分かった。星路とあやめは、一つ息を付いて、そちらへ向かって歩いた。ネスは、黙って見送っていた。

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