ブラック加東ルミ江9 ~アキバが日本の首都になった日~

 バイクから降り立った加東ルミ江は、和洋折衷の大きな屋敷の中に入っていった。いつもの黒いミニスカートのワンピース姿で大股に歩いていく。左腕にしているバンドの中にはワイヤーが入っている。細身のドスはスカートの中の太ももにぴったりと装着され、隠されている。屋敷のある奥多摩湖畔の東屋財団の私有地まで来た頃には、日が暮れていた。ここを訪れたのは如月ヰラを預けて以来だった。通称“忍の里”は、ヨルムンガンド・レンジャーを始めとする東屋財団の忍達を要請する極秘訓練所である。「蛇の孔」が新宿東屋の本社内にあるのとは対照的だ。山々に囲まれた広大な敷地はさながら戦国時代の忍の里に、近代的な軍隊の訓練所を兼ね備えたような雰囲気で、中でも“長老”の屋敷は忍の里を象徴する異様に大時代的で古風な建築物だった。今でもどこかの部屋で如月ヰラが静養しているはずだ。

 長老はたった一人で広い畳敷きの部屋に布かれた布団に寝ていた。眠ってはおらず、ルミ江が部屋に入ると目を開け、彼女の顔を見た。長老には片目がなく、これまた古風に黒い眼帯をしていた。以前からのことである。

「お久しぶりです」

 ルミ江は片膝を立てて座ると挨拶をした。

 忍の里の長老は黙って頷いた。

「お一人ですか?」

「今は独りだ。すべて美姫の指図でここを出払っている」

 だだっ広い屋敷に長老は一人でいた。

「------お身体の方は?」

 二人の会話は簡素に進んだ。

「明日の朝までは持つまい。わしは毒を盛られた。美姫の仕業だと分かった時は手遅れだった。美姫は、お前を恐れている。元老が、彼の死後、お前を新帝王にと考えていたからだ。六条美姫ではなくだ。美姫は、それによって東屋が二つに分裂する事を危惧し、自分に従わぬ忍を一人一人消していった。恭順か、死か、全ての忍に選択を迫っている。ここも、突然閉鎖が決まった。ここでの忍の養成はわしの代で終わる」

「如月ヰラは?」

「……心配無用だ。ヰラは調子が大分良くなったのて三ヶ月前故郷へ帰ったよ」

 長老の言葉にほっとする。……そうだったのか。

「あなたが、毒を盛られるなんて-------」

「美姫は禁断の技に手を出した。お前に対抗する為に。美姫はバジリスクを殺せるのは、イタチだと言った。気をつけるのだ! わしの事は心配せずともよい……」

「長、私に何ができるのでしょうか?」

 押し殺したようなルミ江の言葉だった。

「迷いがあるな、ルミ江。自分などにできる事などない、と。------数年前、お前が最初にここへ連れてこられた時はわしに迷いがあった。今まで他の者には感じた事がない、お前には闇の世界に入る要素が何一つなかったからだ。それはお前が数多くの暗殺を経てきた今もって同じだ」

 ルミ江の美しい黒い瞳はじっと長老の顔を見つめていた。

「だが、お前に素質がある事はわしにはすぐ分かった。何者も持ち得ない、何百年に一度の忍としての素質が。確かにお前はわしの期待に応え、蛇瞳の秘伝を体得した。------だが、それが今のお前を苦しませ続けてもいる。特別な力を持つがゆえに他人はお前を放ってはおかない。そして世の中を動かしてしまう。お前ほど、他人を押し退けて生きるのが嫌いな者が」

「私に、できる事など何もないのです」

「ならばお前に使命をやろう。間もなく、戦争が始まる。金剛アヤナたちが立ち上がろうとしている。今度の戦は忍共が仕掛けたものだ。歴史上、日陰の存在であったはずの忍がだ。戦を止めさせるには、争いの原因である、忍が全て滅びるしかない。もはや忍を終わらせる時が来た。我らは今の世まで生き延びるべきではなかった。我等の遺伝子は、時の権力者に利用されるためにこれまで存続してきた。だが今は忍共が逆に権力を利用し、戦の主役になろうとしている。忍が忍術で権力を乗っ取ったのだ。……戦の世を終わらせるために、平和な世を築くために、我らは生き残ってはならない。戦国の世で潰えていれば、今日のような戦いは決して起こらなかっただろう。我らは戦国の遺物でしかない。そんなものが、いつまでも続いてはならないのだ」

「-----------」

 ルミ江は頷くでもなく、首を振るでもなく話を聞いていた。

「--------終わらせるのだ、お前の手で。ここがわしの代で潰えても、奴等は自らの手で己の欲するがままの訓練所を作るだろう。ならばまた苦しみは続く。生き残った忍の技をマスターする者たちを全員消すのだ、それがお前への最後の指令だ……」

 血塗られたこれまでのブラック加東ルミ江の歴史の最後に待ち受けているものは、やはり血で血を洗うような殺し合いだった。

「もう一つ、わしの望みを聞いてくれ。お前の手でわしを消して欲しいのだ」

 ルミ江は長の言葉に驚いた。

「何もためらう必要はない。明日の朝まで持たぬ身だ。わしの作り出した最高傑作の手によって死ねるなら、これ以上思い残す事はない。それに、お前にはわしを消す理由があるはずだ。忍を抜けたお前を、他の忍に追わせたのはこのわしの責任だ。たとえそれが九々龍の指示であろうと、お前にはわしの命を奪う権利がある」

 長である高遠ゲンジは、そう言って温かい笑顔で微笑んだ。

 ルミ江は目を瞑った。

「分かりました」

 ルミ江は目を開き、短刀を手にすると喉元に向かって振り上げ、長老の命を断った。蛇瞳は長老相手にとても使う気になれなかった。


 加東ルミ江が秋葉原に到着すると、すでに二人の案内人が待っていた。それは黒いメイドの格好をした美少女たちだった。メイドカフェのビラ配りをするメイド達の中に紛れていたらしい。秋葉原を象徴するアイドル的存在、メイドたち。それが最初にこの地で姿を現した「彼ら」だった。見るからに二人は双児だ。歳はおそらく十五~十六、幼くて、愛らしい顔立ちだが、切れ長の鋭く輝く眼は他の者たちとは違っている。ルミ江は予告せずにここに現れたにも関わらず、ルミ江が町に入ったという情報は、すぐに彼らの元に入ったようだった。忍の世界では珍しくもない事だが、ルミ江は町の、ありとあらゆる所に視線を感じた。人工的な視線------おそらく、この町のあらゆるところに隠れた監視カメラが設置され、人の動きを追っている。この町は一見開放的ながら、酷く警戒心が強く、外部の、それも自分達の敵となる者に対しては恐ろしく閉鎖的で、城塞のような町だと、ルミ江は悟った。

 ルミ江は、前をゆく案内人の双児のメイド姉妹にもただならぬ気を感じている……。そのメイド服の下は甲冑にも似た防弾装備が施されているのだ。彼女たちも忍か------いつの間にこのような若い忍が育てられたのだろう。そんな事を考えながら、ルミ江は裏通りに面するビルの五階へとエレベータで運ばれた。ここは表の中古物件としか言い様がないビルの建築仕様の外見とは裏腹の、まるで恵比寿のクラブのような黒と白の大理石と金の柱に彩られたメイドカフェだった。

「いらっしゃいませ、お嬢様!」

 ずらりと左右に十人ずつ並んだメイドたちを見てルミ江は返事もできなかった。彼女らは完璧に動きも声もユニゾンし、整然と並んでいるばかりか、案内人の双児とまったく顔が同じだったのだ! 二十名もの人間の顔が同じ-----幾ら何でもそんな事がありうるだろうか? ところでこのメイドカフェの名称には聞き覚え事があった。

『キラリン星』

 そうか、あの彼女か-----。

 店の奥から支配人が現れた。ほっそりと華奢な体型に、子供のような表情、愛くるしいどんぐり眼の不知火月姫(かぐや)は白とピンクのミニスカートのメイド服を着て、フワフワと歩いてきた。その身のこなしを見る限りは、まったく忍とは感じられない。筋肉など微塵もないようなフニャフニャの体型、表情もとらえどころのない。目つきが常にフワフワとしていて、いつも現実逃避して幻想の世界を幻視しているかのようだ。テレビで見るのとまったく一緒、期待を裏切らない不知火月姫、キラリン星人がそこに居た。

「ようそこキラリン星へ。やっと会えたのね。月姫はぁ------あなたがここに来てくれる日を指折り数えてェ-------、ずぅ-----っと待ってたの」

 月姫はにこりとして挨拶した。

「私はあなた達の仲間にはならない。それを告げに来ただけよ」

 ルミ江はきっぱりと言って、月姫をはね除けた。

「見せたいものがあるの。こっちこっち、月姫に着いてきて?」

 月姫はルミ江の言う事等気にも止めず、アルカイックスマイルの微笑みを浮かべながら手招きすると、くるりと背を向け、ルミ江を奥に誘った。その背には、ボディボードのようなものが備え付けられていた。一見して相当重量のあるものと分かる。やはり月姫は忍だ。そんなものをおぶりながら、あんなに軽々と、ふわふわと歩いていく月姫はかなりの力もあるようだ。

 月姫が案内したのは、部屋の奥にある、来た時とは別のエレベータだった。二人を乗せたエレベータはどんどん下がっていく。地下へと向かっていた。それもかなりの高速で、どこまで降りるのかルミ江には検討も着かなかった。ドアが開くと、外とは違ってヒヤリとした空気だった。広大な空間だった。完全な軍事基地だ。秋葉原の地下に東京ドームのような空間があり、そこに軍が隠されていたのだ。

「これは?」

 さすがのルミ江も寡聞にして聞いた事のない目の前の現実に、思わず月姫に質問した。

「これからぁ---------、革命のためのぉ------戦争がぁ-------、始まるの」

 なんとイライラする喋り方だろうか。

「横暴を極めるぅ------専制君主のぉ------、六条美姫の支配する腐敗した絶対権力ぅ----、東屋財団の時代を終わらせるための戦い-------ここはぁ-------月姫達の革命のための軍隊なんだよ」

「こんなモノがいつの間に……、まさかあなた達は。そうだったのね。秋葉原再開発の正体は、これだったという訳ね」

 地上の再開発の何倍もの規模で、秋葉原地下の再開発が行われていた。

「ここがぁ-------日本の首都になるの。秋葉原が。戦いを終えた暁に。そして月姫たちはぁ、絶対勝つぅ-------。忍に勝つ戦士はこの世に存在しないけどぉ------、今、世に存在する忍たちの数は限られている……でしょぉう? たとえ------、東屋がぁ-------警察力と軍事力を動員してもぉ、東屋の六条美姫自身を含めた忍の絶対数は数少ないからぁ。でもぉ月姫たちには------」

 その瞬間ルミ江は見た。高台から空間を見下ろすルミ江と月姫の眼下に、黒いメイド服の軍団が並んでいる有り様を。単なる兵士達なんかではない。あの、メイド喫茶に居たメイド達と全く同じ顔のメイドが千人も並んでいた! これはもはや「スターウォーズ」の一シーン。ストゥームトルーパー。

「そうか、自衛隊の一部が起こすというクーデター情報は、あなた達の流したフェイク情報だったのね。真の計画はあの軍団。同じ顔のメイド達が沢山居る。あれは一体」

 ルミ江にも何が起こっているのか掴めなかった。

「メイドのコンバットだよ。……えーとえーと、最新の遺伝子工学を駆使してぇ忍のDNAを持った、最強の軍団だよ、えーと」

「まさか、クローン?」

 月姫は天使のような笑顔で「あ、そうそう!」と頷いた。

 クローンなどという代物が、そもそも人間で存在したとは。クローン羊は、確か早死にしたと聞くが。しかもこれほどの数を、ここまで成長させるのにどれだけの研究期間と、設備投資が必要なのか、ルミ江には想像もできなかった。

 月姫の口許には、備え付けのマイクがある。もしかしたら、月姫の指令で、メイド軍を自由自在に動かせるのではあるまいか。

「こんにちは」

 黒いスーツを着た金剛アヤナが現れた。案の定、月姫のボスは金剛アヤナだ。

「月姫ちゃん、説明してくれてありがとう」

 月姫はアヤナにコクリと頭を下げた。

「来てくれてどうもありがとう。計画が完璧に始動するまで、あなたをここに案内する訳にはいかなかった。すでに御推察だと思うけど、私たちがここをあなたに見せたのは、あなたが私たちの革命を理解した、完全な味方だと思っているからよ」

 アヤナの言葉は傲慢な思い込みだとルミ江には感じられる。

「勘違いしないでくれる。わたしが、いつあなた達の一味などと------そんな事、言った覚えがない」

「あなたが今敵に回している、六条美姫と、東屋は、あなたが元老の長沼乱舟を殺した事によって、躍起になってあなたを殺そうと狙っているわ。そんな事、とっくに分かって、あなたは元老を殺したはずよ。美姫は、半永久的に生き長らえるはずであった、元老があなたによって消された事をいい事に、日本の帝王のみならず、今や元老の地位まで独占し、絶対権力を獲得しようとしている。かつて、美姫の師であった宇田川リカが追い求めていたものを、美姫は何もかも手に入れた。でも美姫のようなナチュラルボーンキラーが絶対的独裁権力を得たら、この国はどうなってしまうのか、あなたには責任を放棄してはならない義務がある。元老を殺したのはあなたなのだからね」

 フン、くだらない。革命家にはそれなりの理由があるだろう。彼らは革命理論を構築し、時の権力がどれくらい腐敗し、打倒せねばならないのかとせっせと自己正当化に励む。そうでなければ革命は成り立たないからだ。それが結果的に正しい事もあるだろう。が、ルミ江が見たところ、こんな人工人間のコンバット軍団を作り出し、世の中を撹乱し人々を戦争に巻き込まなければならない理由など、ルミ江は絶対認める訳にはいかない。元老を殺した加東ルミ江を自分達の正当化の道具にするなど、ルミ江にしてみれば甚だ迷惑、もっての他という他ない。

「あなたには軍の先頭に立ってもらいたい。それが私たちの革命の象徴的なシンボルになる。メイド達の将軍である月姫ちゃんと共にね」

「断るわアヤナ。あなたは何度もわたしに迫った。世の中を変える為に立ち上がれと。それが、どこかの勢力の利益になる為のことなら、お断りよ。私は、この戦を何としても止めなければならない。忍たちが暗躍する時代はもう終わりにしなければならないから」

 金剛アヤナは沈黙した。

 メイドコンバット軍団は、不知火月姫の指示を待って、整然として動かない。無気味な静けさをたたえている。張り詰めた緊張感の中、アヤナは質問した。

「ゲンジ長老を殺したのはあなたね」

「……」

「長老は最期に何を言ったの? 何か言ったわね。あなたに」

「ええ。だからあなたには協力しない」

 全ての忍を消し、伊賀忍法の伝統を終わらせる。

「ならば、何故あなたはここへ?」

「あなた達二人を、今すぐ消す事もできる」

 蛇瞳を使えば、ルミ江に敵う敵は居ない。

「月姫達を敵に回すの?」

 月姫はちょっと怒って、顔を膨らませた。かわいいだけで迫力などなかったが、眼には一応抗議の意思が宿っている。

「やめなさい、たとえ私たちを殺せても、ここから出られると思っているのルミ江? あなたが幾ら強くても、メイド軍をたった一人で倒す事はできないでしょ。私たちを敵に回し、東屋も敵に回して、あなたは一体どうするつもり。そんな無益な戦いは、あなたはするべきじゃない」

 金剛アヤナのこのぶれない立ち位置。だが……

「私は東屋の手先にもならないし、あなたの革命のシンボルにもならない。これがわたしが革命家・金剛アヤナに言う最後の言葉」

「アヤナさん、月姫もういい、アヤナさんの言う通り、ルミ江さんせっかく来てくれたから、すっごく嬉しくて期待していたのにぃぃ! 月姫達の事殺すなんて言って許せない! -------もう大っっ嫌い!!」

「待ちなさい、月姫ちゃん」

「嫌だ! 月姫はルミ江さんが嫌ぁい!」

 月姫はおちょぼ口の下唇をつんと尖らせる。

「止めなさい! 止めるのよ」

 不知火月姫の突然の剣幕に、金剛アヤナも驚いていた。しかもアヤナの制止に、月姫の怒りは収まる様子がない。アヤナの眼に初めて焦りの色が映る。依然としてメイドコンバット軍団に何も異変は起こらなかったが、月姫はルミ江の肩を掴んで押してきた。凄いバカ力で、ルミ江でも対抗できず後退した。こんな細腕のどこにこれほどの力が秘められているのか、忍は体格とは無関係に、精神力の鍛練で通常の人間の五~十倍の力を発揮するが、加東ルミ江でも押し合いで勝てないほどの力を月姫は持っている。一旦体勢を整える為、ルミ江は後退した。

 走ってエレベータへ向かうも、当のエレベータは閉鎖されているらしく、動く様子がない。階段を掛け登る他になかった。月姫が走って追ってきた。あのおっとりとした歩き方からは想像も着かない健脚だ。韋駄天のルミ江を以ってして互角、あるいはそれ以上の足の持ち主だ。地上まで五十メートルはあっただろうか、大の男でもスピードを落とさずに登る事は不可能だが、忍は別である。ルミ江は登り始めたと同じ速度で駆け上がりきり、地上へのドアを蹴やぶった。それでも月姫との距離は縮まっており、ルミ江はドアを閉じると近くに停車していたタクシーの運転手をほうり出し、タクシーを横付けして完全にドアを塞いだ。

 バン、バンとドアが中から叩かれる音が響いた。ここは電気街の中心だ。

 ドカン! その強烈な破壊音と共に、周りのコンクリートごとドアが砕け散った。もうもうと粉塵が巻き上がる中から、華奢な月姫が障壁となっているタクシーを引っ付かむと、車体はメリメリと音を立てて持ち上がり、ルミ江に向かって宙を飛び、突っ込んできた。ルミ江はとっさに車をかわしたが、相手の壮絶なパワーには驚く他ない。これではもう人間とは思えない。ターミネーターである。

 何事かと注目していた町行く人々は一斉に逃げまどい、ルミ江だけが「月姫ネーター」と対峙した。月姫は背中かから例のボディボート状の金属板を取り出し、ガチャンと組み立てた。それは月姫と同じくらいの大きさのVの字の巨大なブーメランだった。

「死んじゃえ! ルミ江死んじゃえ!」

 と月姫が叫ぶと、ブーメランがルミ江に向かって放たれた。低い回転音を響かせながら、巨大ブーメランが迫った。ルミ江は前転を何度かして避けた。ブーメランはアスファルトをひっ裂き、弧の字を描いてヴワンと空に舞い上がった。月姫が腕時計を回すと、それと連動し、ブーメランはルミ江に向かって戻ってきた。ジャンプして停車する車の中に避けると、ルミ江はブーメランからモーターの音が響くのをはっきりと聞いた。ブーメランは中心にモーターを持っていて、最初の回転を加えることで、後は自立的に回転し、飛び回る事ができるらしい。それを月姫が腕時計のコントローラーで操作するのだ。強大な破壊力と、完璧なコントロールが利く鉄蝶みたいなものか。

 再び空から襲撃を喰らわそうとするブーメランは、ルミ江が避難した車を真っ二つに引き裂いていた。ルミ江はワイヤーを道路標識に引っ掛け、飛び上がった。金属だろうとアスファルトだろうと引き裂く。一体どのような素材で出来ているのだ。ルミ江は再び走ったが、巨大ブーメランと月姫ネーターはどこまでも迫って来る。

「食らえアダマンタイトッッ!」

 ヴァ----------ン……。無気味な回転音を響かせながら、超合金・アダマンタイト製の怪物兵器とその主は相手を追い掛けた。地下の秘密を知った者を生きてこの町から出す訳にはいかない。月姫は怒りに身を任せながら、加東ルミ江をしとめる事に全力を掛けた。

 だが、加東ルミ江の気配はすでに町から消えていた。敵を感知する町の防衛システムにも、ルミ江の情報はなかった。

「-----------畜生………!」

 月姫の腹立ち紛れの拳はビルの壁面を粉々に破壊した。華奢な白い手には傷一つ残されていない。

 夜になるまで、ルミ江は雑居ビルの屋上で隠形滅心の法で気配を消していた。頃合を見計って、老婆に変身すると秋葉原を逃げ去った。アキバといえばコスプレも文化だが、それもコスプレの一つには違いあるまい。散々たる予想外の敗北。自分ほどの忍でも、あの破壊的な不知火月姫には手も足も出なかった。おそらく忍の精神ある力を、物体を破壊するまで極限にまで高める術を体得したのだろう。その意味で、宇田川リカの術に似ているとも言える。月姫ならリカにも勝てたかもしれない。その月姫が操る、千人のメイドコンバット軍団とは、どれほど恐ろしい代物だろうか?


「加東ルミ江と、金剛アヤナは決裂したか……不知火月姫の暴走で、か」

 八本木ヒルズのクラウドに居る桃流太郎は部下から電話の報告を受けていた。モモタロウは青い長蘭を身にまとい、「サイクロトロン魂」と書かれた鉢巻きを頭に締めていた。携帯を右手に持ち、左手で煙草を吸って窓の外を眺めている。この景色も、今日で見納め。

 モモタロウは携帯の報告に耳を傾けながら、考えていた。加東ルミ江も、バカなやつだ。これで東屋もアキバも、両方を敵に回す事になった。いくら独立自尊を旨として生きる女でも、あまりに無謀といえるだろう。

「やれやれだぜ……」

「は? 何かおっしゃいましたか」

 電話の向こうの南方九郎は、桃流の声が小さくて聞き取れなかった。

「いや、何も。よし分かった。今夜決行するぞ。兼ねてからの計画通りに動くんだ。集結地を決めておこう。いいか、銀座のショットバー、『本能寺』だ。そこに各部隊(アイドルユニットの事)のヘッドクラスを集結させる。【サイクロトロン】上げての最後の祭りだぜ。これから何が起こるか、俺にも検討がつかない。だが、楽しみだな。お前はどうだ? 九郎」

「はい、自分も楽しみです」

 レーヴァテインのメンバーは外見上平等だが、闇のレベルではモモタロウが【サイクロトロン】のヘッドである。同メンバー・南方九郎といえど、モモタロウには敬語である。表向きは対等でも。

「よぅし、一発景気よく行こうぜぇ」

 モモタロウは一人でジャガーに乗ると、銀座のショットバー『本能寺』へ向かった。

『--------まったく、加東ルミ江という女には敵わない。世界を敵に回し、妥協のかけらもない、俺のような男でも、駆け引きの一つや二つはするところを、あの女と来たらはなから毅然と自分の意思を貫こうとし続ける。俺はあの女には敵わない。あのままいけば、近い内にNo1の女優になれたものを』

 戦争の前だからだろうか、帝王・六条美姫は、モモタロウのテレビをジャックした大パフォーマンス、アジテーションへの制裁を先延ばしにしていた。モモタロウが、忍ではない一介のタレント--------たとえ闇社会を知っていたとしても-------、だったからであろうか。そう、美姫帝にとっては虫けらのような存在なのかもしれない。美姫の感心は今、もっぱら加東ルミ江に集中しているのだった。

 だからこそ、モモタロウは決心していた。【サイクロトロン】挙げての一斉蜂起により、自分は加東ルミ江の捨て石となる。自分の屍の上をルミ江が踏み越えていけばいい。忍でもない彼にとって、加東ルミ江に命を救ってもらった感謝の思いは、それでしか果たせない。

『俺は自分のやり方を変えない』

 東屋財団に見せつけてやる。俺の戦いを。そして加東ルミ江にも。その時に、ルミ江の心に自分の事が少しでも残ってくれれば、それでいいのだ。

 店の前で、モモタロウを【サイクロトロン】の部下たちが出迎えた。彼らは整列し、頭を下げ、眼を合わせようともしなかった。それだけボスの威光は【サイクロトロン】内部に徹底していた。

 店内は静かだった。もちろん、【サイクロトロン】の貸し切りである。

「早く着き過ぎたな。まだヘッド達は一人も来ていないか……」

 桃流太郎は、ヘビースモーカーである。カウンターに腰掛けると、ピカピカに磨かれた机の上に肘を置き、得意の仕種でライターに点火すると煙草を一本吸った。

 薄暗く設計された店内の照明で、手許にゆらめく青白い煙を眺めながら、ふと思った。

「ショットバー本能寺か……。不吉だな。フッ……」

 今まで気づかなかったが、ここの店名は、すなわちここの店主が信長ファンなのだろうとしか思った事はなかった。信長といえば、本能寺で明智光秀に裏切られて果てた。だが、自分を待ち受ける運命も、もしかして信長と同じなのかもしれないと一瞬桃流は考えるのだった。だが、自分で用意した集合場所だ。特に考える事もなく。そんなはずはない。ともかく忍たちにくらべれば無能な己だが、あっと驚くような事をやってやる、桃流太郎はそればかりを考え続けていた。

 いやに部屋の中が生暖かい。気づけば依然、部屋には誰も居ない。何時まで経っても店長がいないではないか。桃流は薄暗い店内で、立ち上がった。不吉な予感がして、ドアに近づいた。ノブを握って、ハッと手を放つ。異様に熱い。身構える。ドアは閉じられている。パチパチパチ……何の音だ? 店の外が妙に明るい。

「チョ待てよ」

 モモタロウは眉間に険しいしわを寄せながら、窓の方へと向かった。店が外から火を着けられている!

「バカな!」

 窓の外を見ると、暗い目つきをした一人の男が立っていた。南方九郎だった。そしてその隣には、六条美姫がいた。桃流は歯ぎしりした。

 携帯が鳴った。とっさに出ると、窓の外の男も携帯を掛けている。

「九郎! テメェ……」

「仕方ありませんでした。桃流さん。……僕には選択肢なんてなかったんです。こうしなければ、僕は彼女に殺されていた。本当に申しわけありませんが」

 南方九郎の黒目勝ちの目つきを見れば、何が起こったかは一目瞭然だ。さっき九郎が「楽しみだ」といったのはこういう理由だったらしい。

「何だと、テメー俺の側近を何でもそつなくこなしながら……いつもいつも、ずっと何かイケ好かねーヤツだと思ってたが、やっぱりそうだったのかよ!」

 よく見れば他のヘッドクラスも並んで高みの見物をしている。裏切られたか。こっちの味方は一人もナシか!

「僕達、今度独立して新しいクラウドを構えるんですよ。美姫さんが全面的に援助してくださるんです」

「【サイクロトロン】から独立だと? フカしこいてんじゃねーぞ。テメーら……俺をハメたつもりか? テメーら全員クビだ!」

「オイ皆聞いた? 天下の桃流さんが俺等(おれら)の事クビだってよ?!」

 ハハハハハ! ワッハハハハハハ。やれるモンならやってみろよ!というざわめきが外から聞こえてくる。

「コノヤロウ。おい小僧、口に気をつけろよ」

「許してください……桃流さん」

 その声色は実に事務的、官僚的だった。片手をポケットに突っ込んで喋る南方九郎に申しわけない気持ちなど微塵もない事は明白だった。

「テメーなんかを信頼した俺が間違いだったぜ! 隣の女を出せ! 話がしたい……」

「分かりました」

 炎の勢いはますます上がる一方だった。

「わざわざ俺ごときのためにあんたが出向いてくれるとはな。ここは感謝するべきか!」

 美姫帝は窓越しに桃流を睨んでいた。

「あなたのような千両役者なら、たとえ忍じゃなくったってあたしは北極にだって出向くわ。それにあたし、あなたのファンだし」

「ほぉ……、それはどーも」

「別にお礼なんか-------。九郎ちゃんだって九郎(くろう)ちゃんだけに苦労してんのよ! 許してあげなさい。それにしてもさすがは桃流太郎ってところね。最期の死に場所が本能寺だってさ、アッハッハッハ! 自分を信長になぞらえるなんて、一流のタレントはやっぱりやる事が違うわ。アレだわ、あっぱれだわ、アッハッハッハ!」

 コイツは、「あっぱれ」が言いたかっただけなのか!

 桃流に着いて来る者は一人もいなかった。すべての部下たちは窓の外で、美姫に従っている。桃流は、ゆっくりと懐に手を忍ばせた。

「このままあなたを二酸化炭素中毒なんかで死なせるのはもったいないわ。一流の役者には一流の死に方が似合う。そのために私がわざわざ出向いたのだからね! フフフ……そろそろ苦しくなってきたでしょう? わたしがこの炎を消し飛ばしてあげようか?」

 六条・キラーレディ・美姫帝の手に握られたアルティメットラケットを見て、いよいよ桃流は決心する。

「もっとも、この店ごと吹き飛んでしまうけど」

「お前なんかの手に掛かって死ぬものか---------!」

 モモタロウは懐からドスを取り出すと、振り上げ、自分の腹に突き刺した。ひざまづきながら、炎に揺れる裏切り者たちと、六条美姫の視線を睨みあげた。口許から鮮血が流れ落ちた。

「あらら、バカなんだから」

 美姫は軽蔑するだけだった。

(……流れ流れて、モモタロウ……か)

 加東ルミ江の戦いに、少しも役に立たなかった事が心残りだった。俺自身の命は、虫けらのように消えてしまうが、ルミ江には生き残って、この戦を収めて欲しい。勝手な望みだが-------。どうせ消え逝く者の心の中に去来するだけの代物だ。好きに思わせて欲しい。それにしてもだ。アイツは人間五十年か、俺なんか三十四年ってところだ。桃流太郎は炎で崩れ去る店の中で果てた。


 人の居ない晴海の屋上レストランの白い丸テーブルに伏せ、わんわんと泣いている逢坂芹香を、上遠野杏奈と加東ルミ江が肩を抱き、無言でなぐさめていた。桃流太郎の死は、彼が自分のために行動しようとした為だとルミ江は分かっていた。風の強い夜明け前だった。

「私は、桃流さんを救えなかった---------」

 泣き続ける芹香の傍らで、ルミ江は呟いた。

「あの人は幸せだったんだよ。きっと。あなたと一瞬でも同じ目的を見据えて生きる事ができたんだからさ」

 ルミ江の無念さを自分なりに受け止める杏奈だった。

「彼はこの世界に一石を投じてくれた。あんたのように」

「そんなんじゃない。私のせいで、関係なかった桃流さんを巻き込んでしまった。----死ななくてよかったのに。それなのに、私のせいだわ。すべて、私がいけないんだ」

「あんたがそんなに自分を責めたら、彼だって死んでも死に切れないよ」

 杏奈はいつもの切れ長の眼差しで微笑んだ。その表情にルミ江はハッとした。

「なぁルミ江さん、わたしにはあいつの気持ちが分かるんだよ。あたしも、あんたに対する感謝で一杯さ。その感謝をどうしても自分の身で表現したかった。あいつはその一心だった。忍でも何でもなかったのにな」

 ルミ江は立ち上がり、杏奈の肩を掴んだ。

「止めて、杏奈! わたしは、あなただけは失いたくない。-------あなたは一体何を考えているの? 教えて! あなたも、これから彼と同じように私のために死のうとしているの?」

 ルミ江の声は震えていた。

 杏奈は返答せずただ笑っていた。何もかも、達観したような眼差しで。

「分かるでしょう? わたしは一人だった。今まで、ずっと。でもあなたが居てくれて、それ以来どんなに私が嬉しかったか。お願いだからバカな事は考えないで-------」

 芹香が驚いて顔をあげる。

「心配しないでよ。あんたをこの世界において自分一人で逝きやしない。最期まで伊達男だった桃流さんとあたしは違う。------あんたの側を離れたりしないさ」

 ルミ江の切れ長の視線は海を見た。

「杏奈。聞いてくれる。私は戦を止める為に、すべての忍と戦う。今や、中立の忍は存在しない。全て、東屋か、アキバのクーデター派に与している。戦を止めさせるには、軍を動かしている忍を消さなくてはならない。でも、あなたと芹香は違うわ! いくら戦の元凶が、忍であったとしても、わたしはあなたも、芹香も殺したいはしない。あなたたちを守ってみせる。絶対に」

「心に染みるよ」

「だから、約束して。東京を離れ、身を隠すことを。二人とも、ここに居ちゃいけない。山にでも隠れて欲しいの。あとは、私の手で、すべてを終わらす。私の望みは、あなたたちが生きている事。それ以外にはないわ。お願い、約束して」

「-------分かったよ。それであんたの気が済むんなら」

 杏奈は頷いた。芹香も同意した。

「ありがとう。なら、今すぐ東京を発って。二人ともここでお別れよ」

 ルミ江は微笑んだ。杏奈も芹香も忍だ。身を隠す方法は幾らでもあった。


 その六時間後の事。遂に秋葉原が独立を宣言した。

 日本の「首都」を標榜し、金剛アヤナが表だってテレビ画面へ登場し、東屋財団及びその傀儡政府への反抗の意を表したのである。

 自分はツイている。常々、六条美姫-帝王-はそのように考える。以前のボスであった宇田川リカが消え、帝王の座が転がり込んできたばかりでなく、生涯その前にかしづく筈であった元老も、加東ルミ江の「蛇瞳」に消されて存在しない。今やその元老をも飛び越え、歴史上最高の権力者になった六条美姫の前に、立ちはだかった最後の抵抗者としての加東ルミ江、そして金剛アヤナ。素晴らしい。敵が強ければ強いほど、美姫は燃えた。美姫のキラーレディ、戦士としての血が滾るのであった。

 このほっそりとしたつり目の美少女は、ダックスフンドのように長々しいリムジンで永田町に乗り付けると、東屋財団の手下を率いて国会の中に乗り込んだ。もはや、元老の権限を兼ね備える権力を有する帝王が、闇から表に出た瞬間だった。衆議院の中を堂々と歩く六条美姫のために、全ての国会議員が頭を下げている。まるで江戸時代さながらに。美姫帝は空席の議長席に座ると、首相を呼びつけた。

「秋葉原に戒厳令を布く。秋葉原の内乱に対し、全警察力と軍事力を動員しろ。------全軍の指揮は直接私が執るからな」

「しかし-------」

「今や時代は変わったんだよ首相。忍が表舞台に出る時代だ。私が直接にこの国を牛耳る時が来た。その事を、決して間違えるなよ」

「はい、分かっております」

 首相は美姫帝の鋭い目つきに気づいて言いかけた言葉を引っ込め、頭を下げた。何時の時代も闇に生きた忍とは超人であり、忍に勝てる常人はいない。さらに、この国が表向き議会制民主主義の、実質封建社会であったことを認めぬ議員も居ない。東屋財団、その権力に逆らえるものは誰一人として居ないのだ。もっとも、それを破ろうという不届きな者が居る。それがのさばる限り、六条美姫は戦うのだ。この時代に生まれた事を美姫はこの上なく喜びに感じていた。遂に忍が表に出てくる秋(とき)が来たのだから。

 美姫の軍は、秋葉原を包囲した。警視庁と自衛隊の合同による包囲だった。その状況をテレビが報じている。ルミ江はアジトにしていたマンションの一室でテレビを見て、武器を身に装着していたが、立ち上がった。だが、一瞬映ったものに釘付けになった。

 画面は、秋葉原を包囲する軍の前に現れた一人の女を映していた。普段は車の通りの激しい交差点のど真ん中に彼女は立っている。今は戒厳令により、封鎖されているエリアだ。

「杏奈、杏奈……一体どうして!」

 上遠野杏奈は黒い衣装に赤いくちびる型のギターを抱えていた。

 それを見ていたもう一人の女、六条美姫はワナワナと震えていた。

「あの女--------、どこまで私をなめる気なんだ!」

 帝王美姫は立ち上がった。軍の部下は我々が排除すると帝王の行動を制したが、

「勝手な事をするな! 思い知らせてやる!」

 と美姫はいきり立って、聞く耳を持たなかった。

 秋葉原の基地の中から様子を見ていた金剛アヤナと不知火月姫の二人は、突如現れた上遠野杏奈と、六条美姫の様子を伺っていた。

「お前はバカだろ? 今や完全に東屋を牛耳っているこのあたしが、お前の武器のシステムを阻止しない訳がなかろうが。そんなギターが今さら何の役に立つ……」

「おっつー」

 上遠野杏奈はニヤリと微笑んだ。

「やれるもんなら、このあたしをやって------」

 美姫帝王が言いかけたが、杏奈のギターはすでにかき鳴らされていた。交差点の四方にあるビルの広告から、爆音が響いた。とっさに美姫はアルティメットラケットを振り回し、音波を避けた。が、自身を吹き飛ばしてしまい、硬い路上に転がった。跳ね返った超音波は、ビルというビルを破壊していく。四方のビルが崩れ始めている。

「な、なんだって……」

 腰を抜かした美姫はそのまま、信じられないという顔をした。

「そんなバカな、全システムを止めたはずなのに!」

 上遠野杏奈の音波兵器は、ビル広告の形を取った巨大ペーパーアンプから発せられる指向性の超音波である。それは、東屋財団の広告媒体の組織を含むクラウド局が開発したシステムだった。東京中のビル広告にその装置は仕掛けられていた。全権を掌握していたはずの六条美姫が、その杏奈の兵器を止めさせたのは当然の事だった。だが、それにも関わらず杏奈は平然と兵器を使った。システムは生きているのだ!

「お前------一体何者だ?」

「教えてやる。かりそめの帝王さん。わたしは生前、元老からこの役を仰せつかった。わたしが東屋財団の黒幕なんだよ。美姫、アズマトロンは制したか?」

「くっ」

 東屋を牛耳るには、データセンターの場所を知ることが不可欠だ。「アズマトロン」は、東屋クラウド局の厳重に管理されたエリアにあるはずだった。「データセンターは何処だ?」それが、近頃の美姫帝の口癖になっていた。焦りを感じていた一番の要点を杏奈は突いてきた。

「クラウドを支配するデータセンターがアズマトロンだ。芸能界は、アズマトロンのクラウドが作り出した『ネズミーランド』だ。あたしたちは、そこの住人だったって話さ。それを掌握していないお前なんかが、帝王になれるわけがないだろ。お前なんか繋ぎにすぎない。本当のな。スーパーコンピュータのアズマトロンを制さない限り、東屋は制せない」

 アズマトロンのある場所を、結局美姫自身はまだ掴んでいなかった。

「お前は加東ルミ江のために席を開けるんだ。そのために、わたしの使命は存在する!」

「な、なんだと------」

 上遠野杏奈は八重歯を見せて笑っていた。

「私は加東ルミ江のために道を切り開く。お前に代わって、ルミ江さんが東屋財団の帝王になるんだ。わたしはその為にここで命を落とすだろう」

 上遠野杏奈は、その姿を捉えているカメラを見据えた。

「わたしは、あんたになりたかった……」

 杏奈の言葉を、ルミ江はアジトのテレビで見ていた。

 杏奈の正体には驚きを禁じ得なかったが、ルミ江はなぜ、あれほど言ったのに、結局、自分のために桃流太郎と同じ道を歩むのか。幸いな事に、戦地に芹香は来ていないようだった。

「東京中にあるビル広告を使えば、お前の軍なんか簡単に壊滅できるんだよ。だから、悪い事は言わない。この地から引くんだ」

 杏奈の脅しに、美姫帝は震え上がった。こいつこそ、加東ルミ江以上に、自分にとって倒さねばならない相手だったのか。その事が六条美姫は今、初めて分かった。もはや、加東ルミ江を倒すためにとっておいた、秘策を使う時なのかもしれない。

「戦車部隊、命令だ。この町にある全てのビル広告を砲撃しろ!」

 美姫帝王は怒鳴った。

「フッ、そんな事だろうと思ったわ。その前にあんたが死ぬんだよ」

「何をバカな、死ぬのはお前だろ」

 戦車の砲撃が始まると同時に、杏奈のギターがかき鳴らされ、超音波が戦車部隊を破壊する。帝王美姫は移動する杏奈を追いかけながら、アルティメットラケットを自棄になって振った。

「これ以上あいつらの勝手にさせたら、町が壊れちゃう!」

 月姫は、メイド軍に指示を出した。地上のあらゆる出口から、バタバタとメイド達が流れ出した。彼らは、手にトランペット型のマシンガンを持っていた。

「みんな、この町の侵略者をすべて消すのよ!」

 トランペットのマシンガンは戦車の砲撃並の破壊力を持って、自衛隊に襲い掛かった。

 月姫は、自分の秋葉原で勝手に戦いをはじめた六条美姫と、上遠野杏奈の両方を追い掛けた。

 加東ルミ江は少し前にバイクに飛び乗り、戦地へと向かった。

 杏奈……。アナタを死なせはしない。

 秋葉原が近づいて来るにつれ、砲撃音と、超音波が鳴り響き、空に煙が立ち篭めている。


 ルミ江が戦地に到着した時、突然雷鳴が轟いた。雷鳴は三度響く。晴天の霹靂だった。

 稲妻が青空を激しく飛び回っている。そして空が、一瞬にして暗黒になった。

 暗黒の一点から、眩い光が渦になって発生し、地上に降り注ぐ。全ての者が、戦いを止めて上空を見上げた。光から、突風が吹きすさぶ。

 杏奈も、帝王美姫も、月姫も、金剛アヤナも、加東ルミ江も光の渦の中を凝視する。

 渦巻きの中から、ゆっくりと人間が降りて来た。

 誰もが見覚えのある顔だった。誰もがその姿を驚きを持って見守った。

 加東ルミ江がかつて戦った女。……宇田川リカ。

 ルミ江との戦闘の最中に宇宙へとUFOによって拉致された宇田川リカは、全身を超兵器に固めたリーサル・ウェポン・ヒューマンとなり、再びこの地球に舞い戻って来た。もはや、地上の何者も抗う事の不可能な力を備えた『宇田川リカMAXゴールド』として。

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