第81話:混沌

 駅前の雑居ビルは既に廃業となった街がチラホラと顔を覗かせる。今日もスーツを着たサラリーマンがよそよそしく定時時間までに就業をするために電車に揺られながら一日が始まろうとしている。

 スクランブル交差点には無数の人が立ち往生し、人込みに紛れ、それであって人々は見知らぬもの同士顔を合わせることなく、ただひたすらに真っ直ぐ目的の場所を目指して道を歩んでいく。

 人間とはこういう生き物であったのか、それは既に過去数千年もの歴史で誰もが疑問に思いながらもそれを無下に偽ることなく、それであって過程を頓挫し、強いては世界の中心的存在は自身であると自負すべき良心は今も尚凌駕するに等しい存在であること故、淘汰は既に喫しているに違いないと思考を巡らせた。


 概念と懸念、苦心に満ちた東京国南区に一つの刃が振りかざされた。叫び声は誰にもどこにもそれは隔離され、鏡台の柱は崩れ落ちるや否や、心は今も満たされぬ一人の男が世界の狭間を見た気がしたと言うのだ。聖書にある神話は既に宗教の違いを述べ、それを謁見するには死者の魂をも否定する混沌とした命題に頓挫は既に未来永劫背徳としなくては変革の地は訪れることはなかったのだ。

 公衆電話と聞くと聞こえはいいが、それは既に産廃した過去の遺物とも呼べるが、それであっても無くなることのない存在ではあるが、それを言うならばいずれ新聞もそうではないのかと思いあがる節も夥しく、湯が水に変わるのもまた時間の流説が立証に近く、人々の進化もまた見る人ぞ容姿の体系に因んで思慮も景観も時間軸により鋭い牙を磨くこととなる。

 男は電話ボックスに入った。消費者金融に電話をした。

「もしもし」

「お電話ありがとうございます。消費者金融の村田です」

 若い女性の声であった。しかしその声は次第に元気が無くなっていった。

「融資のご用件ですか?」

「はい、お金が欲しい」

「では名前と住所、連絡先、あと保険証を今から指定するところにファックスを」

「お金……」

「ご融資でしたら……」

「お金……」

「あの~お客様?」

「何でだろうね。不思議だね」

「?」

「あんな紙切れ、何で欲しがるんだろうね」

「はい?」

「脳が、呼吸が、遺伝子が、緩やかに人は誰かに、過去の遺産に縋り、操られているのかな?君は何で今そこにいるの?」

「言ってる意味がわかりません」

「僕が壊すよ。全てこの世から。一滴も余すことなく」

「?」

 電話が切れた。それと同時に電話先の女性は息を引き取った。男は狩りをしていたのかもしれない。雑居ビルで、飲食店で、ゲームセンターで。狩るか狩られるか、狩猟は何も食物連鎖だけではなく、人間界に於いても駆逐が進んでいるのやもしれない。男は続けた。本当の「死」の意味を。深い暗闇の中に一つの光を照らしてもただ飲み込まれるだけなのか、試してみる価値はあると考えた。

 自分自身の命で試そう。その為には多くの命の犠牲が必要だ。一つの刃を振るうにはどこが一番いいのだろうか。

「そうだ。出来れば空にしよう」

 空の便で影響があるのは何も嵐だけではなく、人災が最も怖いものであった。

 男は飛行機を狙った。空高く聳え立つ壁に向かって飛行を続けるジャンボジェット機、落下したらどうなるだろうか?人類の滅亡は今やかつて、こんな大惨事は起きたことがあるのだろうか?しかし人々の歩む道には安楽の世界もあれば苦楽の世界も存在するのだ。独奏をするならばここ南区であるか、どうか。

 男は行動をした。遠隔ハイジャックというやつだ。だが要求はない。ただ実験してみたかった。小学生の頃の理科の実験、それと同じ感覚だ。

 飛行機は落ちた。機体はバラバラ、搭乗者140名が帰らぬ人となった。それだけでなく、街中の落下はその後の2次災害にも発展した。消防が多く出動するも、範囲が広く負傷者も多く出た。火の手を鎮火するにも水が足りない。まるで戦争、地獄絵図だ。この世の終わりに近い。しかし男はその光景に性癖が注ぐ。

 彼は呪術師。遠隔で相手に声を届け、マインドコントロール、しかも相手の脳細胞を直接刺激し、動かす。たいていが死に至る呪い。

 彼は遊んだ。ひたすら遊んだ。しかし満たされなかった。まるで世界が俺を見てくれないみたいに、ずっとずっと……。苦しい日は幾度となく、彼の精神に蝕みを与える。劣等感も孤独も恐怖も皆、空前絶後のように留まりは無く、夢幻の高揚は既に吐いて捨てる。


「この世界、誰が中心か?」

 東高の授業中であった。担任の先生が金成を指名した。

「はい、自分自身でしょう。しかし他人がいなければ人は生きていけません」

「金成君、もし壁が無くなったら人々は何をすると思う?」

「奪い合うだけなのかもしれません。競争社会では常に弱肉強食、自然界の掟では常に食物連鎖があります。持つ者と持たざる者は常に貧富の差。生まれた時からすべてを手にしているものと、手に入らないものの二極化と言わざるを得ません」

 金成は椅子に座った。日本統治時代には誰かが権力を握ることはまず間違いないだろう。今東京国で起きていることは既に秋葉王の支配が進行しているというだけであった。

「原点に返る……か。意思は無尽蔵に沸いてくるものでもなく、継続できるかどうかは創意工夫でしかないものなのか」

 金成は先の思いやりも考えている。次来るとしたら誰だ?阿修羅か?伊弉冉と伊弉諾か?それとも王最強の盾の誰かか?

 シャーペンを鼻と口の間に挟み、口を尖らせながら、椅子を後ろに倒しかけ、後ろの席にもたれかかる。

「金成君、ちょっと邪魔」

「んんん」

 日本統治時代は既に戦禍の局地である。特にスキルを高める4つの高校はまさに徒党を組めるかどうかで、戦闘を避ける道は既に閉ざされている。

「放課後は生徒会に参加か……」

 金成は久しぶりに憂鬱になっていた。

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