第80話:痴漢
突然ある男の腕が女性に掴まれた。
「この人痴漢です!」
「な…何言ってんだ?」
女性は逆上し、腕を離さず、周囲に聞こえるぐらい大きな声で叫ぶ。
「誰か駅員を呼んでください。この人痴漢です。私のお尻を触りました」
「俺はやってないって言ってるだろ!」
男も女性の対応に激怒するが、やがて駅員が2人駆けつけてくる。男は前にテレビで見た無罪の主張は難しいことを脳裏に蘇り、一目散に逃げようとした。
しかし、周りの群衆によりその経路は阻まれてしまい、ついには線路へと逃げるしかなかったのであった。
「最近の痴漢の流行りなのか?線路に逃げるというのは」
逃げ切れることは困難であった。線路に群衆が押し寄せ、皆が男を捕まえるヒーローを目指そうとしている。
無謀であった。逃げ切れない。しかし切ない。
その後、男は立件され、投獄。舌を噛んで自殺を図った。
後に聞かされたことであるが、その女性は頻繁に痴漢対象者、特に怪しげな風貌や服装、いかにもやりそうなそれっぽいオタク系男子などを狙うことも多いが、それでいて50代前後のサラリーマンを狙って、示談金などをだまし取ろうとする、俗に言う「美人局」のような非常に悪趣味な、常軌を逸脱した人間の相互互換とも呼べる総称であった。
「一回につき70万円の稼ぎ。こりゃやめられないわ」
男女4人組による緻密な犯行且つ計画性のある手段であるが、その証拠を物証するには電車内にカメラを設置しなければいけないわけだが、それを設置するだけの国益はどこにも存在していなかった。
秋葉王の掲げる「王国制度」は王が絶対的であるが為、国民には一切の血税も支払わないことが今回の事件への助長を促す。
「次、あの男狙うのどう?」
いかにもジャニーズ風な男であるが、どちらかというと痴漢をするようなタイプではなく、むしろ壁ドンして口説きをするようなタイプの男であった。
「ああいうやつ見てると底辺な人生に落としたくなるんよね~俺」
「ぎゃはは、やっちゃおうぜ」
2人の男と1人の女が近づき、傍らで女性が1人撮影していた。
ジャニーズ風の男は立って音楽を聴いていた。目の前に2人の男が近づいていく。
「兄ちゃんよぉ。金持ってないか?」
「持ってない」
「嘘をつくな。お前中央区から来たやつだろ?」
「それが?」
「痛い目見ないうちにおとなしく従った方が身のためだぜ」
「失せろ」
「は?」
男はぶち切れた。
男の手を掴んで、そのまま近くにいた女性の尻を無理やり触らせた。
「きゃああ痴漢よ!」
「おいおいひでえことする奴だなこいつ!」
「痴漢だってよ、最悪だなこいつは!」
大きな声で周囲に聞こえるぐらいの声で男達はジャニーズ風の男を陥れた。映像もばっちりとれている。当然男が無理やり腕を掴んで触らせているところは見事に死角となっている。
「もう逃げようもないぜ?」
「別に逃げないけど?」
「線路に逃げなくていいのか坊や?」
「あんたらこそ逃げなくていいの?」
「この小僧挑発してくるとは面白いな!」
「まあ警察呼ぼうぜ警察」
「…」
間もなく警察が到着し、ジャニーズ風の男は身柄を拘束された。
「君さあ、顔がイケメンなんだからなんでこんなせこいことしたの?」
「だから俺はやってないって言ってるだろ」
「証拠があるんだよ、この女の人の友人と思わしき人物から証拠の映像がね」
そこには確かにジャニーズ風の男が女性の尻を手で触っている瞬間がうつされていた。
「これでまだ言い逃れできるの?」
「隣にいた男に無理やり腕を掴まれて、触らせられたんだ。俺は被害者だ」
「いい加減白状しろ!お前のために俺たちは時間をさいてるんだぞ!」
警察も激昂し始めた。
「いいか?これ以上言い逃れようとするなら罪を重くするぞ?」
「分かりました。なら俺が無実である証拠をお見せしましょう」
「あ?」
ジャニーズ風の男がビデオデッキに手を翳し、映像を公開した。そこにはハッキリと男が陰謀を企んでいる光景がしっかりと映像として記録されている。しかもそれだけではない。先日線路へと逃げた男が捕まった時に、何が起きたのか、過去の映像がそれぞれ放映された。
「どういうことだ?」
「これが真実です」
「お前ら!これはどういうことだ」
警察が今度は4人組を追求し始めた。
「知らねえよ。こんな映像でたらめだ!何かおかしくないかこの映像」
4人は悲鳴を上げ、そのまま連行された。
「いやー君、さっきはすまなかったな」
「謝って済むなら警察はいらないと思いますけど?」
「なんであんな映像持ってたの?」
「…」
男はボソボソと話した。
「ん?」
「昨日バキュームベッドオナニーしてたところを偶然早帰りに家に帰宅した奥さんに見られて気まずくなった野郎に警察名乗る資格ねえわ」
「はぁあ…?」
警察官は顔を真っ赤にした。羞恥心ありすぎるマニアック映像を垣間見られているかのようで、死にたくなってくる程の屈辱を浴びせられたのだ。
「もう帰るよ」
ジャニーズ風の男は名乗ることなく、去っていった。
「女性専用車両があるなら男性専用車両も作ればいいのにな。まああっても意味ないけどな。どうせ疑われるのはいつだって男の方。そういう世間の倫理的思考は数年経っても何も人類の進歩はないのだから」
想定外の出来事はいつだって起きるのであった。それを未然に防ぐにはやはり情報の多さ、特にこの謎の男には他の人にはない、ちょっとした強みがあったのだ。
彼は言った。「法律や証拠は真実の前には無意味である」と。
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