第36話:新薬

渋谷の「ファイヤー」に比べ、練馬の「ウォーターフール」は自身に水を纏うことが出来る。まさに対となる能力であった。金成にとってまさに身近な存在に欲していた能力が目前となっていることに相反する理念を追随した。

職員達も駆けつけ、怪我人はいないかどうかの確認。教師に今回の事故の原因についての追求など慌ただしくなりつつあった。

実験は一時中断し、警察や消防も駆けつけたのだ。

事故は最悪を免れたが、事態は大きなものである。もしものことがあれば人命に関わる事態を巻き起こしたからである。

学校側としても真摯に受け止めねばなるまい。学校長なども出てきて、保護者に対しての説明会を開くというのであった。

どさくさに紛れて金成は練馬に近づいた。

「なあ練馬、さっきの能力は一体?」

「ああ、金成君。さっきのはね、私のスキル:ウォーターフールっていうんだけどね。水を自在に操ることが出来る。まあ範囲はたかが知れているけど、水を纏い、被せることが出来るだけさ。言っとくけど、飲むことは出来やしないよ」

「いやあ、飲んだりはしないけどさ。それって自分の体を液体化することは出来ないのか?」

「残念ながらそれは無理。人間は固体だから性質を変えることなんてできやしない。水と同質化してしまって海や川にでも飛び込んでしまえば、それらが混ざり合い原型なんか留めることが出来やしないからさ」

「そうか。でも水を自在に出すなんていい能力だな」

「そうかい?火事とかぐらいだよ、こんなの役に立つのは」

「いやいや十分じゃないか。炎を消せるのはやはり水に限るじゃないか」

「異様に水に拘るね。そんなに羨ましがられるの初めてだよ」

「よければさ、ちょっとそのスキル、俺にも分けてくれよ」

「どういうことだい?」

「俺はスキルマスターって言ってな。相手の能力をコピー出来るんだ。今までも何人かクラスメイトから能力を分けてもらったんだけど、練馬の能力は今俺が凄く欲しい能力なんだ。頼むよ」

「ふーん。いいけどさ、何か見返りあるの?タダとは言わないよね?」

「勿論だ。何か望むものであれば・・・」

「おーい練馬」

タタタタタ

駆けつけたのは文京だった。練馬とは仲がいいらしい。

「あれ金成?ナンパしてんの?」

「そんなんじゃないって。さっきのスキルのことについて聞いているんだ」

「どうやら金成君は私のこのスキルが欲しいらしい」

「ふーん、そうなんだ。まああんま浮気すんなよ。私の蒼天流は最強なんだから」

「ああ、文京の蒼天流は物凄く活躍しているよ。それに加えてちょっと水の能力も使えたらと思うんだが」

「そうねえ、あくまでも蒼天流の特に金成が知ったのは真空刃、風切りだからね。水切りの『明鏡止水』が使えたらかなりいいかもね」

「なんだよ、その明鏡止水って」

「教えてやんないー」

あっかんべーしながら文京は練馬の腕を引きながら金成から逃げるように走っていった。

「おい、待てよ」

「金成、ちょっといいか」

「ん?なんだよ」

渋谷が金成の腕を掴み、その場に居合わせるように促す。

「水能力を使えるようになるのはいいが、それだと俺の炎は使えなくなるかもしれんぞ」

「なんでだ?」

「考えてみろよ。俺の能力は炎。どんな高熱でも水とは相反するんだぜ。一度周りを水浸しにしてしまえば、その後の戦闘ではなかなか使えねえぞ」

「うーん」

「お前の言っている王直属の戦士十戒は他にも強いスキルを隠しているんだろ?尚更此方の手数を減らすような行為をするのは厳しいかもしれんぞ」

「まあでも能力は持っているに越したことはないしな。それにさ」

「ん?」

「水と炎も使い道次第では両立できるかもしれねえぜ?」

「え?」

「考えてみろよ。風呂みたいに熱い湯にしちまえばいいじゃねえか」

「合技・・・か?」

「まあ出来るかどうかは知らねえけどな」

「まあそういう選択肢もあるわな。悪い引き止めちまって」

「いいってことよ。それより渋谷もちょっと協力してくれよ」

「ああ、いいぜ」


事件もひと段落付き、警察と消防も引き上げていった。

放課後のことであった。教室にて練馬、文京、金成、渋谷の4人だけになった。

「さっきの続きだけど、私のウォーターフールは水を覆い、それを相手に飛ばすだけ。」

「でも文京の言うようにその技と蒼天流を併せりゃ明鏡止水も出来るわけだろ?」

「まあやってみないことにはわかんないけど」

「まあなんでもいいじゃん。金成にスキルを分けてやってくれよ練馬。確か条件として金成が願い1つ叶えてくれるはずだぜ。俺は叶わななかったけどな(笑)」

「願い事ねぇ・・・」

「ん?」

「たぶん無理だと思うよ」

「言ってみろよ。可能な限り応えるぜ」

「私の大好きなおばあちゃんがね。病なの」

「病?」

「アルツハイマー病にかかってるの」

「病気か・・・何か治療の手立てはあるのか?」

「東京国北部のある病院で新薬が開発されたらしいの。それを手に入れれば治るとは言われているけど」

「それを手に入れたらいいんじゃないか?」

「希少性の高い新薬でね。1本1000万円はくだらないそうよ」

「1000万!?」

「たっけえなおい、誰も買えねえぞそれ」

「富裕層には人気の薬らしいね。ほんとバイオテクノロジーだの人体実験だの好きな連中多いからね。裏の組織には」

「まあ要はその薬ゲットしてくりゃいいんだな」

「1000万よ。支払いっこないわ」

「まあ任せろよ」

「え?」

「そん時はウォーターフールをよろしく頼むぜ」

金成と渋谷は東京北部に向かって電車で出発した。


電車にて揺れること2時間半。北部の病院にまでたどり着いた。

「なあ金成どうするんだ?盗むのか?」

「まさか~」

「じゃあ脅し取るのか?」

「いやそんな犯罪しねえよ。貰うんだよ」

「どうやって?」

「まあ任せろっての。医者なんてちょろいもんだろ」

「?」

渋谷はいまいち金成の勝算が理解できないまま、東京北病院に同行した。

病院内で受付を済ませ、院長のところへと向かった。

50代ぐらいの白髪交じりの男性、眼鏡とマスクで顔を隠し、白衣に包まれたいかにも「先生」という感じの人間だ。

「なんだね君たちは?見学か?」

「いやー、ちょっと先生にお尋ねしたいことがありまして。アルツハイマー治療薬がこの病院にあると聞きましてね」

「君たち、帰りたまえ」

「何で?」

「私は忙しい」

「ちょっとそのお薬欲しいんですよ」

「子供には分からんだろうが、あの薬は凄い価値があるんだ。そこらで処方されている鎮痛剤とは訳が違うんだよ」

「これから投与される患者さんとかいるんですか?」

金成が医者の名前を見ながら気にしていた。医者の名札には「雨松」と書いてある。

「ああ、この後50代の男性に投与する予定だ。なんでも記憶障害など起きているんだそうだ。と君たちに言っても分からんだろうがね」

「確かに分からんな金成」

「いやあ、どうなんでしょうね」

金成はやけに周りを気にしていた。

「さあ帰りたまえ。私はこれから仕事をしなければいけないんだ」

男性はマスクを外し、眼鏡を布で拭きながら、溜息をつくように椅子に座り込み、少し休息をとっていた。その時に金成はしっかりと顔を覚えた。

「ああ、ちょっとトイレ行ってきます」

金成は部屋を後にした。

渋谷はとりあえずその場に居座って、色々と部屋の薬なんかを見て回った。

金成はトイレに行くなり、籠りながら予め用意していた紙とペンを準備した。


スキルマスター発動:デスティニー


対象者は先程の医者の雨松だ。顔と名前を覚えることで相手の命運を占うことが出来る能力だ。

本日のこの後起きるであろう出来事を1時間ごとに文章を作成していった。

この能力は誰にも知られていない。唯一千鶴婆さんを一緒に天に送った警備員ただ一人だけであった。

次の文章が記された。


同日18時 302号室で休養中の患者の若林さんに薬を投与したが効果が得られない

  19時 再度薬を変えてみたが特に患者の容体に変化がない

  20時 再度検視したところ、微妙な患者の容体の変化に気付く

  21時 患者はアルツハイマーではなく「脳血管性痴呆症」であることが判明

  22時 すぐさま患者の薬を変え、薬の投与を図る

  23時 ヒアリングを行い、薬理の調合・分析に一部間違いが発覚

  24時 カルテの見直しを最初にする必要があった。私の提唱していたようにやはり見落とししていたことに気付く。薬の無駄遣いであった。


金成はこの情報を入手し、笑みを溢した。

すぐに病室に戻らず急いで302号室へと向かった。

寝床近くの名札に「若林」と書いてある。この部屋には彼以外にはいなかった。

白いカーテンを開けて、中の人を確認した。

禿げ頭が目立つ、皺皺で衰弱しきっている「若林」と思わしき男性が倒れ、寝込んでいる。

金成はさらにペンと紙を準備した。


スキルマスター発動:デスティニー


今度は若林さんの1日を命運を占うことにした。


同日18時 医者の雨松に薬を投与されるが効かず、私はまた記憶障害の断片に苦しむ

  19時 やがてめまいや頭痛などで幻覚を見たりする

  20時 いつもフラッシュバックするのは悲しい火事の出来事。息子を守ってやれなかったことを悔やんで後悔する

  21時 鎮痛剤を受け、やがて精神が落ち着く

  22時 病名が違うことに医者が気づき、すぐに薬の投与を行う

  23時 即効性の為、記憶が少しずつ蘇る

  24時 安心して眠ることが出来る


「なるほどね」

金成は渋谷が時間稼ぎしてくれてることを期待し、急いで病室に戻っていった。

扉をガラガラっと開けて部屋に入る。

「雨松先生、ちょっといいですかね?」

「まだいたのか君は?いい加減帰りたまえ君たち」

「若林さんに会ってきました」

「彼は今ろくに喋れないぞ。どうせ寝ていたところなんだろ?」

「いや、彼の心に聞いてきました」

「はっ?」

「若林さん、火事で息子さんを亡くしてしまい、随分心労深めてますね」

「何で君がそれを知っているんだ?」

「記憶も非常に断片的ですが、めまいや頭痛も訴えてましたよ」

「・・・」

「雨松先生は薬理の方と薬の相談はされたんですか?」

「ああ、彼らとは診断上アルツハイマーであるとそう診断したことだが」

「それ情報見落としたりしてません?もう一度先生のカルテ見直した方がいいですよ?」

「え?」

「ちょっと今から見てもらえませんか?」

「全く何なんだ君は・・・」

渋々言いながらも内心同様しながら雨松は冷や汗を掻きながらも言われるがまま恐る恐るカルテに手を伸ばす。

そこには患者の容体や薬についての投与時間、診断結果についてなど詳細が記載されていた。

「まあ君が見たところでどうもならんが・・・」

「ああ、ここですよ」

金成は薬の調合と分析を指を指した。

「ここアルツハイマーと似たようなところみたいですが、もう一度しっかりとヒアリングされた方がいいですよ?症状は脳血管性痴呆症の可能性ありますよ。似たような病気ですが、薬の投与間違えるとせっかく先生が言うように希少性の高い薬なんだから大事にしなきゃ」

「何故君が調合と分析が違うことを知っているのかね?」

「まあ、勘ですかね?いいから早く薬理の人と取り合ってくださいよ」

雨松は電話で内線をかけ、薬理担当者に落ち合った。


電話を切り、目を丸くして雨松は金成の顔を見た。

「君の言うとおりだ。このヒアリングは間違っていた。症状が違っていたんだ」

「よかったですね。無駄に患者さんに薬を投与せずに余計に苦しめることがなくて」

「ああ、信用問題に関わるところだったよ。ありがとう」

「どういたしまして」

「何故分かったんだ?」

「ですから、患者の心の声に耳を傾けてみただけですよ」

「よくわからないが、助かったよ」

「じゃあ先生、このお薬は元々投与する予定でしたよね?これ譲ってもらえません?」

「ああ、別に構わないが、このことは内密にしてくれないかね?こんなことがマスコミにでも漏れたりしたら問題だ」

「ええいいですよ。その代り俺がこの薬貰ったのも内緒にしといてくれません?」

「ああ、分かった。持って行ってくれ」

「どうもありがとうございました」

金成と渋谷は病室を後にした。

その後雨松は若林に薬を投与し、次第に若林は回復にうつった。

誤った薬を投与しなかった分副作用や障害などほとんど残ることなく、若林は元気を取り戻したのだ。

雨松は金成との出来事を忘れずにいたのであった。


電車に揺られること2時間半。時刻は22時前に差し掛かろうとしていた。

「なあ金成。お前どうやったんだ?」

「何が?」

「いやさっきのだよ。心の声ってなんだよ」

「心理学とか勉強したことないんか?渋谷は」

「ないけどよー、お前まじあれ100発100中だったぞ。すげかったぞ」

「まあな。だから言っただろ?薬は貰えるって」

「いやそうだけどさ、それにしちゃすごくね?1000万もするんだろその薬」

「まあ結果的に無駄に使用するよりかはいいんじゃね?」

2人は電車を降り、練馬の実家へと足を運んだ。

練馬の家に着き、颯爽と上がらせてもらい、仏間へと案内された。

持ってきた薬を練馬のおばあちゃんに投与した。するとみるみる元気になり、普通に話せるレベルにまで即座に回復したのだ。

「おばあちゃん!」

「ありがとね。我が孫娘よ」

涙を流しながら抱き合った。

金成と渋谷は2人のそんな姿を見つめていた。


感謝の言葉を述べ、金成と二人で外に出た。

「ありがとう金成君。まさかこんなに早くあの薬を手に入れるなんて、一体どうやって手に入れてきたの?」

「知り合いの医者にもらっちゃった」

「君ってほんとすごいね」

「まあ、どうだろうね?」

「約束ね、私のウォーターフール。あなたに伝授するわ」

「ああ、ありがとよ」

金成と練馬はお互いに握手を交わした。

金成は練馬のスキル:ウォーターフールを手に入れた。


金成と渋谷は終電でお互い帰路に着いたのだ。

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