第90話 海岸沿いのシーフードカレー。
定番の観光地を巡り。丁度いい感じに日が落ちかけた頃、私たちは宿泊先の
ツインベッドの部屋は(たぶんダブルだったけどカメさんが気を利かせて変更してもらったのだろう)広々としていて綺麗で。しかもカーテン開けたらオーシャンビュー。
ホテルの裏口からビーチにも行けるし、それで朝食付き一泊のお値段もなかなかの価格。
部屋からの眺めは素敵だし。これならリピートしたくなる気もわかる。ホテルの親切なフロントスタッフさんのすすめで、水平線に消えていく夕日を眺めながらの海岸の散歩も楽しかった。
寄せては返す
靴を脱いで波打ち際で波と戯れると、水が冷たくて砂と一緒に脚を引っ張って気持ちよくて。海は広いな大きいな――っていう平凡なフレーズが浮かんできたけど、まさにその通りだ。
自分が今まで落ち込んでいたこと全てがこの
浜に伸びてくる波の音は時折強く荒々しきなるけれど。ずっと見つめていると不思議と穏やかな気持ちになれる。
ようやく大きく息を吸える場所に来れたんだと、この時思えた。
「ミツル、どうした?」
真ん中にサイドテーブルを挟んだシングルベッドの上で、ぼーっと横たわっていたら、背中の方から少し心配そうなカメさんの声が飛んできた。
時刻は午後十一時、潮が満ちると同時に、下田の夜が深まる。
「気持ち悪い? ご飯食べ過ぎたんじゃない?」
そんなことはない。
ただ少し、うとうとしていただけ。
お腹いっぱい食べて、ホテルの温泉に入って、寒くも暑くもなく、ふかふかのベッド、程よい明るさのオレンジ色の照明、耳を澄ませば潮騒の音。
文句のつけどころもない。
満たされてる瞬間ってこういう時のことを言うんだろうな。
「少し疲れたんだね」
「でも、いい疲れですよ」
言って、私は小さく思い出し笑いをする。
「どうしたの」
「夜ごはん、面白かったなーって」
カメさんが予約していた食事処に行ったのは数時間前。
ホテルからバスに乗って、少し歩いて。ビーチの近くにぽつんと建っている個人経営の小さな海鮮飯屋。待ってました海鮮料理。海の幸のグラタンもいいし、海鮮かき揚げ丼も捨てがたい。
「おれもう決まった。牛ステーキ丼にする」と、カメさんが平然と言ってのけたから、私はメニュー表を落としかけた。
いや。遠路はるばる静岡まで来てステーキ丼ですか。
海鮮飯屋の看板掲げてるのに、ステーキ丼置いちゃってるここの店にもビックリだけどさ。流石カメさん、予想を裏切らない肉食系。
「ミツルも好きなもの食べれば良いんだよ」
「じゃあ…………。特製シーフードカレー大盛りで」
「大盛りって、食べれるの?」
「好きなもの食べればいいって今言ったのカメさんですよ」
今日はたくさん動いたし、大盛りくらいならぺろっと食べられそうな気がするのだ。
じゃあそれで、と。オーダーを通したはいいが、その後におばちゃんがお盆に乗せて持ってきた、皿の上の料理に私が唖然とすることを。
カメさんは注文した時から知っていた。
皿からはみ出さんばかりのルゥに寝姿山のようにこんもり盛られたご飯、そのまま刺さった素揚げの赤エビと、ホタテとイカ、上に散らされた釜揚げシラス。
魚介の旨味が詰まって、大変美味しかったけれど。
あれは大盛りというよりも特盛りと形容するべき量だった。見た目の豪快さに気圧されながらも、好調に食べ進められていたのは三分の一あたりまで。一口一口にボリュームがあってお腹に溜まる。ペースは落ちていくのに、カレーの山がなかなか崩れていかない。こんなことなら普通盛り頼んどくんだったと、後悔しかけているところに、正面から銀の助け舟登場。
結局、半分ちょっとカメさんに食べてもらってなんとか完食した。
膨らんだお腹を押さえて一息ついていると、お冷のお代わりを持ってきてくれたお店のおばちゃんがクスクス笑いながらピッチャーを傾けて言った。
「うちの大盛りすごいでしょ? このへん学生さんや漁師さんが食べに来ることが多いから、もっとがっしり盛ってくれって催促されているうちに、あんなになっちゃったのよ。女性の方にはちょっと量がねえ~。うふふ、でもまた挑戦してくれるとは思わなかったわ」
また……?
「お客さんたち、確か二、三年前くらいにも此処来たわよね? オバちゃん覚えてるのよぉ。だってその時もお姉さんがカレーの大盛り頼んでね、お兄さんに手伝ってもらって。あんまり前回と同じだから奥で主人と笑っちゃったわ。ごめんなさいね」
カウンターの方を見ると、浅黒い肌の板前の旦那さんが、にっかり手を振っていて。
「すごく仲よさそうにしてたから、私も主人も記憶によく残ってたのよ」
おばちゃんは私たちを嬉しそうに見ながらそう言ってたっけ。
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