第86話 一泊二日の旅。

 八月の最後の土日二日。


 前から気になっていたけど私はそこに有給休暇を入れていた。


 そしてその二日間の休暇に静岡、伊豆への二日間の旅行の予定を設けていたとカメさんから打ち明けられたのはつい先日。


 何故そんな間際になるまで黙っていたのかと問えば、私の忘却事件やら様々なことが重なって、伝えることを躊躇していたとのこと。


 まだキスもしていない相手と同じ部屋で一夜を共にするということに私が不安を感じるだろうと、キャンセル料発生を承知で。


 気遣いは嬉しいけど。それはなんとしてでも行かないわけにはいかない。特急券もホテルも全て押さえているのだ。


 不安を大きく上回る私の貧乏性が決定打となり。地元埼玉を飛び出し、こうして二人、一泊二日の小旅行に赴くことになったのである。


「こういう電車の旅っていいですよね」


「うん、おれも好き」


 東京の品川駅から、午前十時発の伊豆急下田行きの特急『踊り子』に乗り出発。


 天気は快晴。絶好の旅行日和だ。


 もちろんスタートに駅弁は欠かせない。駅で売ってるお弁当ってだけなのに何故か食べたくなる魅力。列車旅の醍醐味だ。


 甘い厚焼き卵に、赤いウィンナー、ぼてっと大きな鶏から、魚の形の醤油入れ、味の染みた人参、インゲン、大根の三色煮物。パリパリのしば漬け。


 海苔シャケ弁当と生姜焼き弁当を一口ずつ交換して。ぺろっと平らげた私たちは、ゆったりと座席に体を預け、窓の外の景色を楽しみつつ自然と会話を弾ませる。


「やっぱり食べるのはやいな」

「ミツルがゆっくりなんだよ、草食動物みたいにノソノソ食べてる」

「ノソノソってなんだよ。カメさんこそ、子供の頃からそんな食べっぷりなんですか」

「んーそうだったかも、おれ別にスポーツ少年ってわけでもなかったけど、ごはんだけはいつもガッツリだったなあ。たまに野球部かよ、とか言われたりしてね」

「手汗も子供の頃からずーっと?」


 出発から私の右手を緩く握っているその手は、もう随分前から湿っぽい。

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