第82話 剣木家主催すき焼きパーティ。
翌日。私は仕事終わりに駅前に行き、待っていたカメさんを迎えに行った。
「ミツル、平気?」
平気なものか。もう喉がカラカラしてきた。顔が自然と引きつる。
「そういうカメさんは……?」
「ん……少し緊張してる」
ええ、全然そうは見えないんですけど。
「いや緊張するからね、だって……ねえ、ミツルの家行くの初めてだし、普通に遊びに行くわけじゃないし」
「それは……なんかすみません」
「いや、ミツルは悪くないよ。どうなるか少し怖いけど」
夏の夜空に二人して盛大なため息を吐く。
数日前、彼を家に連れて来なさいと、うちの父親が言ったのがことの発端。
この前の騒動のこともあって改めて御礼がしたいのだろうが、どうやら雰囲気的にそれだけじゃ済まされなさそうだから怖いのだ。
病院であれだけ頭を下げて、今更難癖つけられることはないだろうが、前々からうちの父親の筋金入りの頑固さを私から聞かされていたカメさんも、気は抜けないと思ったらしく休日なのにパリッとスーツを着てきた。
一体なにを話すつもりか、ただ食事だけして和やかに終わればいいけど。
「それが想像できないからなああ〜」
いつも以上に繋いだ手に、熱が籠る。
実家なのに、扉を開けることに少し躊躇した。
「あら、いらっしゃい」
バリバリに気合の入った化粧顔の母親が出迎えて、中に入れば、父親、姉貴がリビングのテーブルの前から立ち上がり、この前のように亀井戸さんにお辞儀をした。
「いらっしゃい。亀井戸君、忙しいのに来てくれてありがとうね、怪我の具合はどう……?」
「いえ……、こちらこそお招き頂いてありがとうございます。あの、これ、良かったら、うちの庭で採れた桃です、皆さんで召し上がってください」
「あらやだ! 気使わなくて良かったのに! 今日は亀井戸君が主役なんだから!」
取り囲まれて恐縮そうにぺこぺこするカメさんに、父親がビール瓶をテーブルに乗せながら、手招きする。
「急に呼びつけてしまってすまなかったね。さあ、そこに座って、たいしたものじゃないけれど。たくさん食べて飲んで行ってくれ」
たいしたものじゃないって。よく言うよ。
テーブルのど真ん中ですき焼きの鍋がグツグツ言ってる。
我が家はいつも、牛肉の下に豚肉を入れてカサ増しするのに、今日は通常ではけしてありえない。純度100パーセントビーフだ。
しかもかなりいいとこの霜降り。おまけに6パックもある。どんだけ見栄張ってんだよ!!
確かにカメさんは見かけによらず肉食だって言ったけど、まさかここまでするとは思わなかった。
「あと、カメさんお酒飲めないから! 無理に飲ませないでよね、お父さん!」
そんな感じで、カメさんを急遽用意したお誕生日席に座らせ乾杯をして。
意外と普通に食事会がスタートしてしまった。
「大丈夫?」
「あら、その手じゃ動かすの辛いでしょう。ミツル」
「わかってるよ」
「白滝と野菜しか食べていないじゃないか、もっと遠慮しないでどんどん食べなさい」
「白ご飯もおかわりたくさんありますからね。あっ、生卵出すの忘れてたわ」
始まって早々、話題の標的にされるカメさん。仕事の話だとか、家族の話だとか、私との話だとか。
「この子家でまったく話さないから、もう……今回のことも、そりゃあ驚いたわよ」
「そーそー、ま、自分からのろけるタイプじゃないのわかってるけど、こういう機会がないと聞けないからさぁ、で……今どんな感じ?」
「どんな……というと、健全なお付き合いと、言いましょうか」
「え、三年だよねでも。まー健全って言ってもそういうとこまでいってるよね」
「
そうなるとは予想してたけど。そんなにいっぺんに話題振ったら、そりゃ食事に集中なんてできるはずないでしょうが。
無難な返答をしながら、ちみちみと白滝を摘む彼が不憫で、私は鍋の中の牛肉をガッサリ取って器によそる。
「ねえ、亀井戸君、気になってたんだけど、うちの子のどこを好きになったの? なんていうか、ミツルって清楚な感じじゃないでしょう? ガサツそうで」
「告白したのってミツルの方?」
「ちょっとお姉ちゃん、お母さんもなんでそっちの方向ばっか持ってくのよ!」
「アプローチしたのは僕の方で。ミツルさんは……その、笑顔がとても素敵で、動物に向ける優しそうな眼差しに惹かれました」
答えるんかい!
「うっわぁ! 聞いたお母さん!? ピュアだねぇえ~」
ていうか脚じゃなかったのかよ! 好きになったポイント! 繕うなこの眼鏡!!
次々にカメさんに向かう投球に、なんか私、見ててハラハラする。
「もうちょっと普通の話しようよ!」
「あら、せっかくミツルの彼が来てくれたんだから、今のうちに色々聞かせてもらわないと」
自重しない姉貴と母親の無茶振りに彼はしばしば困り顔でいたけれど。依然として平和な時間が流れていき、鍋の中身が浅くなった頃。
ようやく話題がカメさんから逸れ、母親は貰った桃を剥き始め、姉貴はテレビに吸い寄せられて行った。
テーブルに残ったのは、私と、カメさんと、父親。
あれ。ちょっと待って。これって……。
「亀井戸君、少しいいかな」
思った矢先に、今まで淡々と食べるか相槌を打つかビールを飲むかしていた父親が口を開いた。
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