第69話 彼の宝物。

 一番上にある封筒を取って、私は中にある便箋を出して広げてみた。


 一目見てわかった。


 私の字だ。

 丸まった特徴のある字で、こう書いてある。


『亀井戸さんへ


 初めて誰かに手紙を書きます。私は文章力ないから、つまらない手紙だとは思いますが。最後まで読んでくれたら嬉しいです。


 亀井戸さんに付き合おうと言われて、一ヶ月ですね。今もすこし信じられなくれて、整理がついていないところがあります。


 前にも言ったと思いますけど。私は今まで誰とも付き合ったことがないから。誰かをほんとうに好きになる気持ちがまだよくわかりません。


 そんな中途半端な気持ちで、一緒にいていいのか、心配になりますが。


 亀井戸さんがそれでもいいなら、もう少しこのまま、いてもいいですか。


 いつも優しくしてくれてありがとうございます。来月は誕生日ですね。お祝いしましょう。


 また手紙書くと思います。


 ミツル』


 封筒の裏に日付が書いてある、ちょうど三年前の春頃のものだこれは。


 二通目はそれからひと月後、バースデーメッセージが添えられている、その次は、花火大会、ハロウィン、クリスマス、お正月、バレンタインデー。


 手紙は季節を一巡りして、また戻ってくる。

 私の手の中には、三年分の彼への手紙があった。

 私が綴った。彼への、正直な気持ちが。


 一通読んで、また一通、封筒を開けて私は夢中になって読んだ。

 つたなくて素っ気ない言葉。


 だけど。


 だんだんと、少しずつ。

 気持ちが開いていっている。


『亀井戸さんといると安心します。最初はこんなふうじゃなかったですよね私……だいぶ慣れてきたのかな……。』


『普段は口に出さないけど、ちゃんと、大好きですよ。また手紙書きます。』


 ゆっくりと、時間をかけて。

 私は、この人のことを好きになっていったんだって……わかる。


 ちょっとずつ増えていく。好きという言葉。

 言葉から、嘘偽りない気持ちが溢れている。


「私…………ちゃんと」


 口元が勝手に震える。

 こんなに嬉しくて安心できたのは久し振りだった。


 気持ちは、形に残るんだ。

 残せるんだ。


 こんなに、たくさん。私はこの人に伝えていたんだ。デジタルじゃなくてずっと残る文字で伝えたいと思ってたんだ。


 私、カメさんを大切じゃないなんて思ってなかった。

 よかった。


 よかった……。


「こんなにたくさんラブレターもらってる人って、なかなかいないと思うんだ」


 自分で書いた手紙の束を握りしめ、俯く私に彼は得意げに言う。


「どんどん分厚くなっていく手紙見て、おれモテてるなあってよく悦に浸る」

「モテてるって、一人からしかもらってないじゃないですか」

「うん、だからミツルにモテてるって」

「なんだよ……それ」


 だけど、今日、この手紙を見せられて私は確かに救われたのだ。

 過去の自分のほんとうの気持ちを知ることができた。

 渦巻いていた迷いが薄れた。


「私、また手紙書きます」


 前の私がそうしたように、もう一度、残そうと思う。


 記憶がある日突然なくなったとしても、また大丈夫だって思えるように。


「うん、ちょうだい。待ってる」


 そう言って笑ってくれる彼の手を、私は強く握り締め頷いた。


 鉄橋に電車が入って来て、土と草の匂いを、風が運んだ。



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