第55話 例の動画。
「そんな最初の時から相談してたんだ」
「ええ。面白かったわよあんた、そういう恋愛ごとって初めてだったのよね、無駄に警戒しまくって、アタシに色々聞いてきて」
「私、どんなだった」
「そうね、初めの頃は『職場に来る常連が毎回話しかけてきて、なんかうざい』とか、『いつもニコニコしてて調子狂う、苦手』とか、かな」
「ええ……」
「でもね、その報告がだんだん変化していったのよ」
『ああいうお気楽っぽくてオタクっぽい人、なんか無理、距離近いし、童顔だし、男らしさがない』
『なんかさあ……、意味不明なんだけど。あの人がさ、今度、ご飯行きませんかとか言ってきてさ。なに考えてんのかわかんない』
『断ったらめちゃくちゃ落ち込まれた、私そんなに悪いことしたの?』
『一回くらい? ええ? あの人と会話弾むか心配なんだけど』
『一回だけならってことで行ってきた、カレー屋さん、美味しかったよ。まあまあいい人だったかな、思ってたよりかは……』
『また行きませんかって言われたんだけど』
『行った方がいいの?』
『行きたいか、行きたくないか? うーん、ヒマル屋だったらまた行きたいかな。えっ? そういう意味じゃない?』
『連絡先交換しようとか言われたんだけど』
『うん、待ったかけた』
『なんでって……常連だけど、別にする必要なくない? そんな仲良くないし』
『鈍い……? 私が? なんでよ?』
「――って、こんな感じだった」
なんでこいつわざわざ通信アプリの会話を丁寧にスクショして保存してんだよ。
「だって大事な過程だから! あんたの成長記録だから! あとで見比べたら面白いでしょおよ!」
最悪……。
「とも言い切れないでしょ! 口で説明するより信じられるでしょう!」
悔しいけど否定しきれない。見えない言葉より、写真や画像の方が受け入れやすい。というか受け入れざるを得ない。そう思うと人間の作りは単純であると呆れる。
「ね、あんた初期の頃はこんな感じだったのよ。警戒心抱きまくりの犬みたいでさ」
「なによそれ」
「でも本当よ、ガード固いし愛想ないし、ここまでされたら大抵の男は寄りつかないわよ。それなのに、彼はたいしたもんだったわ、こーんなテコでも動きそうもないやつを根気よく根気よく根気よーく、距離詰めて手懐けたんだからね」
「手懐けたって」
「だってそうよ。見てて感じた」
「そうなの」
「ええ。その結果がこれ」
ウサは携帯の画面を変えて、動画を再生させる。昼間見させられた、あの短いムービーだった。
居酒屋の隅のお座敷。日付は三ヶ月前。撮影者はウサ。映っているのは顔を真っ赤にして気持ちよさそうに横になっている別人みたいな私と。若干困り顔のあの人。
『……ちょっと。ミツル完全にデキあがってない? あんまり強くないんだから、もう飲んだらだめだよ、吐いちゃうから――すいません! あったかいお茶下さい!』
『ワァアオ。カメちゃん気が効くぅ! 流石彼氏ィ!』
『冷やかすのやめて、ミツルにタッチパネル渡さないでくださいよ兎塚さん、また頼んじゃうから……』
『んもぉー兎塚さんじゃなくてェ、ウサさんって呼んでェん』
カメラに向かって苦笑する彼は、ゆでダコになった私の頭を膝に乗せて介抱しようとする。
『いやあああ~マジで爽快っすよぉ~、あの仏頂面店長がさあーぁ、「まあ、次もうまくいくとは限らないから。油断しないように」とか悔しそうな顔で私に言ってさぁあーあッ!! 素直に店舗売り上げ二位になったこと感謝しろっつうのお! くっふふっ、うひひ! ざまああああああああっはは! ヒィーハァッ!』
『ミツル。そのくだり多分もう二十回は言ってる』
『わ、たしだってさぁああ! 本気出せばこれっ、ぐらい! できんすよぉおお!』
私は空になったビールジョッキを振り回してたいそうご機嫌な様子で高笑いをしていた。ていうかヤバイよ自分だけど引くほどの泥酔具合。呆れ気味なウサの声に同情する。
『うんうん。嬉しかったんだよね。ミツル、今回ノルマに一番貢献したんだもんね。日頃の努力の賜物だよ。よく頑張ったね、えらいえらい。うん、ミツルは偉いよ』
頭を撫でながら、私の手にあるジョッキを外させて遠ざける。にこにことして、優しい言葉ばかりで。まるで子供をあやしているようだ。ていうか、本当にあやしにかかっているのか。
『もっといってくらさあーい』
『えらいえらい。ミツルはやればできる子』
『もっとお、もっとほめてくらさーい、お褒めの言葉が足りませええん、褒め不足です、褒め成分ちゅうにうください』
『はいはい。よくできました』
『むふっ、ぬふふっ、「よくできました」! いただきやしたああああー! ドンペリはいりやしたああああー! ぱちぱちぱちぱちいい!!』
ドンペリってなんだよ。おい。何故拍手。二度目だけど見ててヒヤヒヤする。
『ミツルあんた寝ぼけてんの!?』
『酔いすぎだよ、もう。これは家までコースかなあ』
『おお! 来たわね! それでお泊りコースいっちゃう!?』
画面が激しくブレる。ちょ、お泊りって……。
『ちゃんと布団に寝かしつけるよ』
『えー! その後は? 据え膳でしょう?』
ウサ……。
『いやー……流石にね。その辺の常識は、ね』
『んもぉカメちゃんってほんとカメちゃん! いいのよ時にはオオカミになったって!』
『ミツルが嫌がるから』
『あんたたちって……。だあああ! 羨ましいわねバカップルが! 幸せになれよ! 結婚式呼べよ!』
高い声からイケメンボイスに変換されたウサにまたも困り顔で笑い返す彼。
『えーっ、カメさんオオカミなんれすかぁ! あっはは、オオカミってぇ、犬の祖先なんれすよぉー、カメさん偉大っすねええ、かっこいいれすねえええー』
相変わらずな私は、寝転がったまま大胆にも彼の首を抱き寄せて近づけさせようとする。しかし軽くかわされて、頭をぽんぽん叩かれる。なんてだらしない顔で、なんて嬉しそうな顔しているんだろう。
『ほらミツルお茶きたから飲んで――はい起きて。……あの、とづ、ウサさん、それ絶対にミツルに見せちゃダメですよ。見たら発狂しますから』
『あーしそうしそう。わかったわ見せない、ま、永久保存にはかわりないけどね』
『やりますね……』
『んれぇえええ、かめさああああぁ――』
動画はそこで終わった。
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