第48話 真実と御対面。

 下りのエスカレーターを忙しなく駆け下りて、転びそうになりながら下の階へ急ぐ私。

 数分前にウサ見せられた――携帯の動画。

 一分にも満たないショートムービー。それが私をそうさせた。

 三ヶ月前。居酒屋に行った時に、ウサがふざけて撮影していたそうだ。

 内容がもう酷すぎて、こんな状態じゃなかったら、なんてもの勝手に撮ってんだと怒ったかもしれない。

 だけど――、その動画を見なければ私はずっと気づけなかった。

 虚偽に埋もれて、今も間違い続けていた。

 こんな気持ちにはならず、走り出すことができなかった。

 脳に叩き込まれたのは信じられない衝撃の映像、だけど――真実には変わりない。

 そう。覚えていないけれど。それでも映像は紛れもない真実を私に突きつけた。

 三ヶ月前の私はまるで別人のようで。

 顔を真っ赤にしながらお座敷で仰向けになってへろんへろんになって笑っていた。

 そして楽しそうにスピーカーから漏れるウサの笑い声と、そこに映って私を介抱していたその人は――私が、よく知る人だった。

 エスカレーターを降りて、転がるようにして一目散にお店に走る。

 早く早く、はやく、はやく、はやく――!

 なんて言えばいいか。目の前のお客さんを避けながらそればかりを考える。なにもかも今更な気がする。きっと、許してなんてくれないだろう。

 それでも、だめだ会わないと。言わないと、謝らないと――。

 欲しかったはずの真実は、あまりにも予想とは大きく違っていて、それが体の中で反り返って後悔という大波を呼んだ。


 私は今まで、一体なにをしていたのか。どれだけ自分を優先させて動いてきたんだろう。

 先の不安や、ついていけない自分にばかり気を取られ、苛立ってばかりで。もっと冷静になって深く一つ一つを見つめていられれば。

 気がつけたのかもしれない。

 あの人が向ける言葉の意味が、あの人が私に何度も見せた――表情の下に隠した気持ちが。


「亀井戸さん……っ」


 売り場に戻り、アクア、小動物、犬猫コーナーと順に見ていくも、亀井戸さんの姿はどこにもない。

 それでもしつこく私が息を切らして店内を見回していると、猫村さんが声をかけてきた。


「ミツル先輩どうしたんですか」

「あっ、あの猫村さん。亀井戸さん……は」

「あ。亀井戸さんならさっき帰っちゃいましたけど」


 そんな……。

 がくりと肩を落とす私に、そこでさらなる追い打ちが待っていた。


「亀井戸さん……もう、ここ来ないみたいですよ」

「え」


 どういうこと。

 呆気にとられた私に猫村さんはありのままを伝えていく。


「なんか、もう来たくないって言ってて……。亀井戸さん、なにか悩んでる感じでした。あっ、でも聞いてください先輩! わたしね亀井戸さんにアドレス、教えてもらえたんですよ! それでね今度食事に誘おうかと……」


 嬉しそうに打ち明ける猫村さんの言葉の先は、私にはもう聞こえていなかった。

 喉の奥が急激に渇いて。後頭部がじりじりと熱をもったように痛む。ちょっと前から体がきたしていた微かな異変。

 放っておけば治るものだから。そう甘く見ていたしっぺ返しと言わんばかりに。そこで頭痛は一気に酷くなり、続いて足下からおかしな浮遊感がやってきた。


「ミツル先輩――」


 心臓を耳元にあてがわれているみたい。

 そしてどんどん早くなる。

 高速回転するメリーゴーランドみたいに、視界も一緒になって回り出す。

 あの人はもう来ない。

 私のせいで。


 私が――。


 忘れてしまったから。


 信じなかったから。


 傷つけたから。



 もう。来ないんだ。


 陳列棚の角に手をつくと、もう立っていることすらまなならなかった。

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