第46話 相棒です。

「なにが可愛くだよ。そのポーズやめい、キモいわ」

「もおおおう! ミツル相変わらずシンラツゥ~! ぷちおこ~!」


 このテンポのよいコントじみたやりとり。随分と久々に感じる。でもなんか安心する。

 突然現れたピンク頭の美人顏は――私の専門学校時代の同級生、もとい相棒。

 化粧映えしたデカイ猫目に蠱惑的な唇、加えて187センチという驚異の身長に、着る服も髪色もいい意味でも悪い意味でも毎回目立つ。街中を歩かせようものなら即座に読者モデルのオファーだとか芸能プロダクションのスカウトホイホイと化すこいつ。

 名を、兎塚とづか 雪之丞ゆきのじょう

 名前からして察しがつくと思うけれど、勘違いされないよう説明しておくけどこいつは生物上、正真正銘の――雄である。

「ぷちおこ~」なんて言ってぶりっ子ポーズとってはいるが、マジで男。アレもついてる。

 彼女、いや彼はいわゆる。世間一般的にオネエと呼称される生き物で。喋らなければ、ほぼほぼバレないタイプの希少種。

 というかすっぴん顏、わりとカッコいいのに一体全体森羅万象、どうしてこうなったの一言に尽きる。こんな上質素材に神様もまた酷なことを……。

 まあ、下の名前で呼ばれることを嫌い、自らを「ウサちゃん」と呼ばせるこいつと友達な私もどうだかって感じだろうけど。


 高校を卒業して都内の動物専門学校に通い始めた時に出会った。

 私が専攻していた犬の訓練士を志望する学科。ドッグトレーナー科はちょっと特殊で、だいたい一学期の初めの頃にランダムでペアを組まされ一匹の子犬を卒業まで育てていくというシステムだったんだけど。

 そこで私とペアになったのがウサで、まあ最初は特に異色の存在感(その頃は頭の色が紫色だった……)を放っていたウサとは馬が合わず、色々と対立したこともあったけれど、共に過ごし悩みあい徐々に打ち解け意気投合したというわけで。卒業後もこうして気兼ねなく相談しあったりふざけあったり、平気で貶しあったりできる仲となっている。

 あの時はなんでこんな女装男と、なんて思ったこともあったけど。付き合い長ければ印象は変わるもの。女とも男とも言い切れない、かと言ってどちらでもあるウサのキャラクターはなかなか面白くて、底抜けに明るい性格であるため何度も助けられた。

 つまり、彼は私の一番の親友なのだ。


「映画、ほんとごめんね、ウサのことだからずっと待ってたんでしょう」

「だからそのことはいいのよォ、悪いのはあんたを投げ飛ばしたバカでしょうが。ったく何考えてやがんだ……もし陰茎骨いんけいこつが人間にも存在していたらアタシがブチ折ってやったのに……クソッ」

「ウサ。犬じゃないんだから、あと話がマニアックすぎるから。顔怖いから」


 ※犬の陰茎には骨があります。


「そういえば、ごましお(私たちが育てていた犬のこと)は元気?」

「あんた会うたびそれ聞くわねえ」

「だってごましお可愛いんだもん。大事な私たちの息子じゃん」

「相変わらず元気よォ。うちの病院の看板犬として貢献していますぅ」


 ウサはそう言って携帯の写真を私に見せてくれた。

 写っているのは、目をキラキラ輝かせた黒いラブラドールの男の子。口元に白い毛がちらちら生えているから名前が「ごましお」。

 この子をウサと二人で育て、訓練し、芸を仕込み、私たちは涙あり笑いありの濃い専門学生生活を送ったのだ。

 生徒が卒業すると共に基本的に犬も訓練犬を引退することになっており、ごましおは私たちが学校を去る時にウサが引き取り、今現在では彼の実家で経営している動物病院の看板犬、兼、事業拡大の為ウサが病院脇に立ち上げたしつけ教室で日々インストラクター犬として働いているという。


「そっか、しつけ教室うまくいってるんだ」

「まあね、ごまも良くやってくれてるし。まあ最近はちょっと助手が欲しいかなーってところよ、一人じゃ見るの大変で。ミツル、まだバイトなんでしょここって。こっち来てくれればいいのに。たまーに病院の方手伝ってくれれば給料弾むってパパ言ってるよお?」


 それは以前から何度も受けていた誘いだ。現在フリーターの私にとってはこれほど有難い話はない。でも。


「私じゃ仕事の足引っ張っちゃうよ」

「なにぃ? まだ前の職場んこと気にしてるの? あんなのはやく忘れちゃいなよ、うちはアタシぐらいしかいないし、看護師さんも獣医の先生もみんないい人だし、パパも歓迎って言ってるから大丈夫だって!」

「確かに、いつまでもこのままも良くないって思ってるよ。逃げてるって自覚してるし……」

「あそこほど酷いとこなんてそうそうないわよ。あんたも本当は訓練、やりたいんでしょう?」

「うん、また親にも金出してやったのにって言われちゃうしね」

「そうじゃなくて。あんたがどうしたいかが大事でしょ」

「うん……」


 足元を見ながら頷いたら。ウサは気まずそうに顔を強張らせた。


「あー、ごめんごめん! あんたは今それどこじゃなかったわね!」

「いいよ。誘ってくれるの嬉しいし。ただ今は、仕事変える前に、色々ともう一度見直さなくちゃいけないから」

「そうね。早く取り戻せるといいわね。でも無理はだめよ。大変かもしれないけど悩むくらいならアタシに相談しな」


 くう。やっぱいい奴だこいつ。

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