第45話 ウサ登場。

 店内にいるお客、店員までもがこちらに視線を集中させるのは言わずもがな。

 ちょっと。え。なんなの……この人。

 いきなり。ほんと誰。

 なんで私を睨んでるの、人違い?

 ていうかこれなに、修羅場?

 いやほんと誰。なに――。


「おい……まじかよ」


 どのくらいそうしていただろうか。

 私が硬直していると、そのピンキー美人は首元のストールを緩めて、顔をぐいっと、こちらに近づけてきた。

 その白い首元にある男らしい喉仏を。

 その時確かに私は見た。


「俺のこと忘れてんのミツル」


 続いて聞き慣れた低音イケメンボイス。

 この声――。

 あっ、と口元を手で覆う。


「もしかして……ウサ!?」


 言った瞬間、正解と言うようにピンキー美人は両腕を広げ、数オクターブ高い奇声をあげて私に抱きついてきた。


「ミツルぅううう! 良かったちゃんと覚えてて! 誰? とか言われたらもう死ぬかと思ったわよアタシぃいいん!!」


 あー、このノリ、イケボからのこの声。やっぱりそうだ。


「ウサ!  声デカすぎ! 見られまくってるから! つーかあんた出会い頭になにしてくれんだ! びっくりしただろうが!!」


 あー、もううう、あー! なんて言いながら私の頭を撫で回しキスを降らせる、はた迷惑なそいつの腕から逃れようとすると。

 なんか泣きそうな顔で迫られた。


「だああって、メールも電話も繋がらないしィ、心配になってあんたの実家に電話したら、頭打って色々忘れてるって聞いたんだもんッ! ほんとマジで心配したんだからああッ!」

「えっ、そうだったの!?」

「そーよだって、先週映画見に行く約束してたのにあんたいつまで経っても来ないんだから!」


 え。あ……。


「それはごめん」

「いいのよ、聞いたわ。大変だったんでしょう」

「ウサ……ごめんね。大丈夫、忘れてないよ、ただいきなりだったし、前会った時は髪の毛、青海苔みたいな色だったから」

「もおぉ、それどんだけ前の話よお!」

「え……あ、そっかその情報は古いっけ」

「やっぱり記憶がまだちゃんとしてないのね、でも良かった、すごい大怪我じゃなくて」


 そいつは安心したように笑って私を解放し。向かいの席にどかんと座った。


「会いたかったわよミツル」

「私も……会いたかった、雪之丞ゆきのじょう!」

「ちょおお! だから下の名前で呼ばないでってばァ! ちゃんと可愛くウサって呼んでッ!」

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