第34話 デートですか。
電車に揺られ、およそ四十分で池袋に到着した。駅前も、スクランブル交差点も、サンシャイン通りも、どこもかしこも人の海が広がって――もう流石夏休みって感じで。バストを強調した大胆な服の女性。厳つい金髪のお兄ちゃん。小中学生ぐらいの男女の群れ。信号が青になりバラバラと動き出す。雑踏。高いビル。真夏の太陽。蝉の声。一定の方向へと流れゆく人波の中で、鵺ヶ原さんは私の腕を強く握って引き寄せて先導する。
経験したことのない異性との近すぎる距離感に私は早くものぼせて、彼が投げてくるそれとない話題にぎこちなく答えながら俯きがちについていく。
本日のメインイベント、『世界の多肉植物展』は大型商業施設の展示ホールで展開されており。その全容は区切られたいくつかのホールを一方通行に巡り見て回るという、予想以上に簡単な作りだった。美術館よりは広々としていなくて、むしろ狭いくらいで。来場客もこれといって多くもなく。だいたいが女性で、その半分にも満たない割合で男性がいる感じ。あとは家族連れが殆ど。
珍しい多肉植物の写真やパネルが壁に貼られ、砂漠をイメージしたホールでは、白砂が敷き詰められ、道なりに沿うように設置された背の高いサボテンや超巨大サボテンを間近で見たり触れたりすることができ。記念撮影コーナーなんかも設けられていて、内容としてはけして薄くはなかったものの、ただ入場料の1800円は取りすぎな気がした……。
期待していたほどでもなく、まあこんなものだろうと思っていたその中で、唯一充実していた所といえば出口付近の販売コーナー。サボテン石鹸だとかサボテン美容液だとかいうコスメから、サボテンソフトクリーム、キーホルダー、ガチャガチャ、栽培キット、マスコットといった妙にサボテン推しのグッズ売り場の真横に多肉植物の苗の販売ブースがあって、お菓子のバイキングみたいに陳列された、小さくて可愛い手のひらサイズの苗をお箸で摘んで、好きなだけトレーに乗せ、いくつかある中の鉢植えを自分で選び会計と同時にスタッフさんに植え替えて貰うという。
つまり、自分が選び抜いた苗で自分だけの多肉植物の鉢植えを作れるというのだ。
あー、そういうの確かに女、子供は好きかも。
案の定、出口周辺はそれのお陰で混雑していて、軽く列ができていた。
私もその光景に惹かれた一人。
正直なところ展示品よりお土産販売を期待していたと言っても過言ではなく。ああいう、自分でプロデュースする感じの企画は大好物。けれどネックなのはやはり列の長さ。進みもあまり良くなさそうだし。前の人が悩めば悩むほど後が詰まって列がまた長くなる。
一人で来ていたならばお構いなしに並んでしまえるのだけれど、今は隣に鵺ヶ原さんがいる、どのくらいで終わるかも知れないのに、付き合わせるのは流石に気が引けた。
列の真ん中辺りでは、カップルだろう男女が並んでいたが、トレーとお箸を持って嬉々として待つ女性のその横で、男性はそっぽを向いてうんざりした表情でいる。
あんなふうに気まずくはなりたくないし、残念だけど今回は遠慮しておこう。
そう思っていると、鵺ヶ原さんが私の背中をゆっくり押して、最後尾へと並ばせる。
「ほらほら並ばないと、いいのがなくなっちゃうよ」
「え!? いいですよ、並んだって時間かかりますよ!」
「剣木さん販売楽しみにしてたじゃない。せっかく来たんだからさ」
「でも私悩みまくって、長いですよ」
「大丈夫、大丈夫。それぐらい付き合うからさ、じっくり悩んで決めなよ、俺も見てみたいし」
などと鵺ヶ原さんが気前よく言うものだから、結局私はそれに甘えて、展示場を後にしたのはそれから一時間後のことだった。
それで解散だとは思ってはいなかったものの、なにがその後驚いたかって、鵺ヶ原さんがサンシャインビルの展望レストランの予約を取っていたことで。
多肉植物の鉢植えを手に入れた満足感に浸る間もなく。その数十分後。
私は、地上から50階以上も昇った場所にある、オシャレなレストランの、眺めの最高な窓際の席で緊張しながら、スパゲッティミートソースをフォークでくるくるしていた。
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