第31話 二回目の。
しかし喉をごきゅっと鳴らして、拳を解くと。
「いや……、ど、どうだったかなあぁ」
そんな曖昧なことを言った。
「なんですかそれ」
「あー、いや、おれここのカレー屋さん好きで好きで、色んな人誘っては食べに来てるんですよお。だからえーっと、剣木さん誘ったのは初めてだったか、どうだったか、おれもあんまりおぼえてないなあー」
なんて笑いながら言って、そして。
「思い出したら、わかるかもしれません」
「えっ?」
「ああ、でも焦っちゃいけないですから。ぽろっと思い出してくれれば……嬉しいかな」
ぽろっとって。
「だけど……剣木さんが思い出したいって思ってるように、おれも……思い出してもらいたいって思います」
寂しげに小さく言われ、すぐにそれを払うように彼はまた子供っぽい顔で笑った。
「あ、あんまり気にしないでいいですよ。剣木さんには、剣木さんのペースがありますから」
「はあ……」
「あの、それで、もしよかったらですけど」
私がなんやかんやとカレーを食べ終えたところで、亀井戸さんは若干よれたチラシをパンツのポケットから出して私に見せた。
「今度、一緒に行きませんか……」
それは、本日二度目に見る『多肉植物展』の割引クーポン付きのチラシだった。
私の鞄の中にも入っている、全く同じもの。
「いきなり言ってびっくりすると思います。でも、おれと、良かったら行ってくれませんか、今度の日曜日、落ち込んでる剣木さんが元気になるように、必ず楽しい一日にしますから」
早口言葉のように言われた。なにかに縋るように、必死な顔つきだった。
でも。私は――。
期待に応えることができなかった。
「その日は、もう……先約が」
「……そうなんですか……」
がっかりした顔。
わかっていたのに、何故だか凄く見たくないと思ってしまった。
「一緒に行こうって、言われて……」
「誰と……男の人ですか」
「それは……、あ、いや、他にも沢山いる予定で、職場の人たちで」
「そう……ですか」
私たちは。それから少しだけ同じ時間を過ごして、駅前で別れた。
亀井戸さんは別れる間際まで私を元気付けようとするかの如く、明るい話題を振ってくれた。
結局、あの日抱きしめられた理由は今回もわからなかった。
だけど、チラシを受け取ってもらえずに、折り畳んでポケットにしまうその人の悲しげな顔を、私は忘れることができなかった。
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